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私のすきなもの

「ああ、俺今日の東京の湿度嫌いだわ」
そう不機嫌になる彼の横顔のラインは、
田代から見ればこれ以上ないくらい完璧で
彼女をいつも幸せな気持ちにした。


一般的に言えば、彼は整った顔というより
平均的な顔であり、友達に一人は居そうな顔だろう。

一方で例えば、何か秀でた特技や仕事をそなえていれば、
”イケメン〇〇“とメディアは
宣伝のために持ち上げるかもしれない。

もちろん、彼の外見におぼれる層もいる。
田代だけではなく、これまでコミュニティが
変わる度に恋人がいたと聞いたから
少なく見積もっても四、五人は沈んだとはずだ。

おそらくおぼれない層には大きく二つのパターンがある。
映画や文学に触れることが得意ではないリアリストか
乗っている車や身に着ける時計などにステータスとして
強く関心があるか。
前者は、彼がまるでイメージ通りのイタリア人かのように、
ディズニーアニメの王子かのように香ばしい台詞とも言える
言葉が全身を巡ることなく肩透かしに終わるだろう。
後者は、彼が車に興味なく(必要に応じてレンタカーでいいと思っている)
また、時計も三万もする機能性を押し出した物で満足しているからだ。

田代は、そのどちらにも該当しない東京に程近い郊外に住む人間だ。
同県でもより車社会で地元愛の結びつきが強固な地域の人間なら
異なる価値観が育まれたかもしれない。

彼と連絡をとっているうちに気持ちのいいテンポで会おうとなった。
根底でそれを求めている二人にそれは自然なことであったし、
少なくとも田代のなかでその欲求はかたちになりつつあった。

だから彼が2月13日の19時を提案した時には、
不安という落ち着きのない獣が寝静まったような感じを覚えた。
「侑芽の家にしよう」という緑のテキストボックスには、
違和感もべったりだが田代の仕事を配慮してと
添えられたそれっぽい理由も含め、
もう気に入ってしまっているのだから抗う余地など
なかった。

2月13日、田代は早番の仕事を欠勤し、
今日体調が悪くて。と彼にも連絡した。
嘘偽りなく、内臓が正常に機能していない。
昨日放り込んだ、賞味期限切れのヨーグルトが
菌を育てていたのだろう。
それに家で会うという事実に怯えた自分もいた。

彼からの返信は、
OS1買ってくね。だった。
急ブレーキが効かなかったので
全てを諦めて責任も少し未来の自分に押し付けると決めた。
そこから横顔のラインに幸せを感じるまで
1時間とかからない。

「会ってみて印象違った」
答えを聞くのが怖い質問を最初にする。
不安がるのではなく、強い意志を持った目をして。

間髪入れず、
「聞いてたより、可愛くて好みだよ」と表情を変えない。
「ミーヤキャット、だっけ似てるって言ってたの。
絶対、動物園で人気者だね。」
恥ずかしがるでもなく、田代を刺すためにと思えるくらいの
微笑みを見せた。

田代は大きく息をした。
そして直感に間違いはないと自分のなかの自分と
確認をとった。
「そんな素敵な表現、されたことないわ」
出来る限りの冷静を装い、言葉返した。


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