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【紫陽花と太陽・上】第二話 試合観戦

「えっ? つよし、次の土曜日、試合なの⁉」
 前にも試合の日時を聞いていた気がしたが、すっかり忘れていた。
 びっくりしてつい素っ頓狂な声をあげ、それを見た僕の親友、五十嵐剛いがらしつよしが苦笑いした。
「別に、去年も見に来ただろ? 今年だってまだ他に試合の日くらいあるよ」
「でも……。いや、次の土曜でしょ? 絶対行きたい!」
 剛の剣道部の試合を見に行くのは僕の大事な予定になっている。普段、剛の部活の日は帰りが別々になってしまい昔ほど一緒に遊べなくなっていたので、こういうイベントはとても楽しい。剣道は全然分からないけど、たった数分だけの試合時間に流れる緊張感は手に汗握るドキドキする瞬間だった。

 その夜、僕はさっそく姉たちに相談した。
桐華とうか姉! 次の土曜日なんだけどさ……」
 桐華姉は暑いのかポニーテールにしていた。今日は初夏にしては気温が高く、姉はお気に入りの苺のついたヘアゴム(二十代後半のくせに)で髪を結い上げていた。
「あれ? 二人とも、いつの間にか予定入れてる……」
 僕は壁のカレンダーを見て絶句した。
 姉たちが二人そろって、ちょうど試合の日に予定を入れていたのだ。
「ん? なぁに? この日だけはダメよ、大事な女子会があるんだから」
「ジョシ? そんな歳で……」
 うっかり口から漏れ出たせいでギロリと睨まれてしまった。思わず首をすくめる。
 梨枝りえ姉にも聞いてみたがこちらもすでに予定を入れていたため、その日僕が椿つばきの面倒をみるしかなかった。五歳の妹を連れての試合観戦は僕には重すぎる任務だと思う。
「椿ー、僕さぁ、剛の剣道やってる姿、見に行きたいんだよね……」
「つよし兄ちゃん?」
「そうそう。すこーしの間、一人でお留守番してくれると助かるんだけどぉ……」
「やだっ! いっしょにいくっ!」
 最近の椿は遅れての自己主張期だ。言葉もしゃべるようになってこちらの話す内容もかなり分かってきてくれているとはいえ、一人で留守番はさすがに厳しいようだった。
 問題はトイレだった。
 椿は、女子トイレでしか絶対に用を足さないと言い張るのだった……。

 *  *  *

 翌日、教室の机にだらしなくもたれながら、僕は剛に困ったと伝えた。
 今日も暑いが少しだけ風が吹いているのが嬉しい。僕らはもう夏服になっている。遠くでセミの鳴く声が聴こえてくる。

「剛ー、試合の日、延期とかないかなぁ?」
 剛は苦笑しながら「そんなことは未曾有の震災が起こらない限り、ないと思う」と言った。剣道の試合は雨とは無関係の屋内競技だ。
 剛と、剣道の防具は暑いので夏は死ぬほどつらいだの、ぼーっとしていてこの間顔面に棒(竹刀しないというらしい)がぶちこまれただの、たわいない話をした。たくさんしゃべった。久しぶりだった。

 昼食時。僕の通う中学校は学食か弁当持参となっているのだけど、ふとあずささんが教室にいないことに気が付いた。剛は剣道部の人とミーティングがあるとかで、今は僕一人だ。
(どこで食べているんだろう?)
 今日の僕のお弁当は簡単サンドイッチとお茶だ。生ハムとレタスときゅうりを入れた、たまたま冷蔵庫にあるもので作ったサンドイッチ、そしていつものほうじ茶だ。
 のんびりと僕は教室を出た。


 青い空にぷかぷかと雲が浮かんでいた。どこからか小鳥のさえずりも聴こえてくる。こんなのどかな場所が、学校にあったなんて知らなかった。

 あずささんは、中庭のはじっこの中学校にしては珍しい『茶室』(古い建物を学校が譲り受けて移築したと言われている)の隣にいた。ちょうどいい高さの石垣にハンカチを敷いて座っていた。
「あずささん、ここにいたんだ」
 あずささんが肩をビクッと震わせて振り返った。お弁当は食べ終わっていたようで、今まさに弁当箱を包み直しているところだった。細く長い髪が風に吹かれて顔にかかった。
「……どうして、ここに?」
「んー、たまたま?」
 あずささんを探して、それとクラスの中で一人でお弁当を食べることが何だか気まずくて、フラフラとこんなところまで来てしまった。自分でもよくあずささんを見つけられたと思う。
「あっ……りょ、りょうすけ……」
 モゴモゴと名前を呼ばれてキョトンとする。でもすぐに意図が分かった。
「名前! 呼んでくれたんだ。ありがとう!」
「……」
 出会ってから数ヶ月。この間やっとあずささんから僕をどう呼んで良いのか聞かれて答えたことを思い出す。なんだかちょっと、嬉しい。
「あずささんはなんでここにいたの?」
 逆に聞いてみた。庭とはいえ、手入れはそこまで行き届いていないこの場所は見るとけっこう雑草が茂っている。夏なので草も一気に成長しているのかもしれない。
「ええと……ここは、落ち着く。……あれは、茶道部の部屋か? 時々、お茶の香りがするんだ」
 あずささんは茶室を指差して言った。
(お茶の香り……?)
 もうこの学校に通って一年とちょっとになるけど、そんなこと全く知らなかった。
 僕は入学当初から家の事情で部活をすることが叶わないから、どんな部活があるのかすらよく調べなかったということもある。サドウブ。茶道部。お茶を飲む部活なんてあるのかな?
「今日はお茶の匂い、したの?」
「この前は、していた。今は……」
 あずささんは目を閉じて黙った。お茶なら僕も好きだ。もしかしたら漂っているかもしれない匂いを探して、僕も目を閉じて鼻をくんくんしてみた。

 どのくらい時間が経ったんだろう?
 けっこうずっと目を閉じて、ぼーっとしていたように思う。
 お茶の香りは正直よく分からなかった。でも、時々誰かがこの部屋を使っているのかもしれない。運が良ければお茶の香りも楽しめそうだ。
 僕はいい場所を知ってとても嬉しくなった。
 ……と、呑気に思っていたら「ぐぅ……」と腹の虫が鳴ってすごく恥ずかしくなった。慌ててあずささんの隣に腰掛けて包みを広げた。ぐびっと持ってきたお茶を飲み、サンドイッチをほおばった。
「あっ、そうだ、あずささんに聞いてみたいことがあったんだ」
 僕は恥ずかしいのを隠したくて慌てて話題を探す。何を話そうか。話し始めたはいいけれど実は何も考えていない。でもすぐに見つかった。聞いてみたいこと。
 にっこり笑い、今ふと思いついた素敵なアイディアを言ってみることにした。
「?」
「あのね、今度の土曜日、もし空いてたら、一緒に剛の試合を見に行きませんか!」
 そしたら椿のトイレ問題は解決だ。

 ◇

 私、ひいらぎ翠我遼介すいがりょうすけのことが好きだった。ずっと、小学生の頃からだ。
 小学四年生で一緒のクラスになり、五年生の春に告白をした。好きだということを伝え、彼からも好きだと言われた。嬉しかった。
 でも、彼の「好き」は私のそれとはまったく違った。
 告白をして有頂天になっていた私だったが、彼の自分への態度が今までと何も変わらなかったので、ついに付き合ってほしいと言った。付き合うとはどういうことかを聞かれたので、一緒に登校したり帰ったり、放課後一緒に遊んだり、二人だけでどこかにお出かけしてほしいと言った。
「そっかぁ、それはちょっと難しいなぁ。ごめんね」
 そう言って彼は困った顔でふわりと微笑んだ。いつもクラスでみんなに見せている、穏やかな笑顔で。
 私は悲しんだ。
 数日ほど、悲しみのあまり学校を休んでしまったほどだ。それでもなんとか学校に行くと彼が心配してくれた。今までと同じ、あの笑顔で。
 一年後、六年生になりクラスは別々になってしまったが、どうしても私はあきらめられずにいた。それで、また告白をした。返事は同じだった。

 しばらくたってから私はうわさを聞いた。
 私が告白をした頃、彼の母親は病気で入退院を繰り返しており、看病や妹の世話で忙しかったのだと。……そして二度目の告白をした頃、母親が亡くなっていたことを。

(他に男子はたくさんいるのに……)
 天気が良かったので私はぶらぶらと歩いていた。いつも一緒にいる友達の一人は風邪で学校を休んでおり、もう一人は好きな先輩から昼食を一緒にと誘われて階段(!)——そんな生徒たちが行き来する場所で食べるなんて!——へと向かうために先ほど別れた。私は野菜ジュースだけの昼食を済ませ、歩いていた。すれ違う人、人、人。友達としゃべっていると気にも留めないのに、一人になると途端に他の人の話し声がよく聞こえてくる。
 教室がずらりと立ち並ぶ廊下を抜け、体育館の手前で階段を下りる。二年生の教室は二階だ。うっすらと靴の臭いがする冷たくて暗い玄関ホールを横切り、美術室(私は美術部だ)に行こうとしたところ、中庭に彼がいたような気がした。
 三歩戻り、中庭を見た。やはり彼がいた。
 どういうわけか彼の歩き方、後ろ姿が遠くからでも分かるのだ。私は心の中で少し微笑んだ。
(あの人は誰だろう……?)
 でも彼の隣に座っている女子に気が付いた時、すっと身体が冷えたような気がした。よくは見えないが、二人とも同じ方向を向き、何か見ているようだった。

 私はその二人を見てまるで一枚の絵みたいだと思った。ちょうど今、美術部で油絵を手がけているせいだろうか。風が二人の髪を撫でている。話しているようではないのに、不思議と、二人が同じことを同じ場所で感じているように思った。

(苦しい)
 心の奥で何かが噴き出した。
(あんなふうに私も一緒にいたいのに)
 目を逸らしてもなお、先ほどの二人の場面が頭から離れない。

 あれは本当に彼なのだろうか?
 再びさっきの場所を見やる。
 何度見ても男子生徒は翠我遼介くんだ。
 座って食事を始めたようだ。
 そして隣にはまだあの女子がいる。

 ——嫉妬。
 これは嫉妬だ。
 あの女は誰だろう。
 私には手の届かないところに、既にいる。

 私は彼のことをどうしてもあきらめられずにいる。苦しかった。

 ◇

 遼介が俺の剣道の試合を見に来た。
「はいこれ! おやつね! 小腹が空いた時の!」
 ずいと差し出されたのは遼介が時々くれる軽食の包みだった。おそらく俺の好きな「たまごサンド」が入っているはずだ。奴は料理が得意で、まぁ実際家族の飯も毎日作っているくらいだから、差し入れを作るのは朝飯前らしい。中学生男子にしては稀な部類だと思う。
「つよし兄ちゃん! がんばってね!」
 妹の椿がにこにこしながら応援してくれた。剣道の防具が珍しいのか、なでてみたり後ろに回って見たりしている。
 その後ろであずさが所在無げに突っ立っていた。
「おぅ、来たのか」
「……誘われたから」
 相変わらずの無表情だ。周りの喧騒に驚き、上目遣いでソワソワと遼介を見ている。確かに試合会場は人でごった返していた。小雨が降っているせいか室内はむわっとしていて、防具姿の俺には厳しい湿度だ。何をしていなくとも汗が出る。
 簡単に試合時間を伝え、遼介たちが観戦用のベンチへと移動して行った。

 ◇

「五十嵐は……五十嵐くんは……」
 剛の名前をなんて呼んでいいかまだ決めかねているあずささんは、今日はとても大人っぽい。剛でいいと思うよ、と僕が言うと、あずささんはホッとしたようだった。
「……剛は、強いのか?」
 ツヨシハ、ツヨイノカ? 面白くて思わず笑ってしまった。剛の両親はどんな気持ちを込めてその名前にしたんだろう? 確かに剛はとても強い。剣道だけでなく、昔から僕を守ってくれる。
 笑われて困った顔のあずささんは、今日、淡いピンクのブラウスに薄紫色でフワッとしたスカートという格好をしていた。てっきり制服で来るんだと思っていたけど、私服姿は大人みたいで僕はうらやましいなと思った。僕は出かける前にバタバタしてしまい、いつものクリーム色のパーカーをTシャツ(胸元に『SUN』と書かれた紺色のやつ)に羽織ってきてしまった。なぜ僕は朝にこのシャツを着たんだろう? 今日の天気は雨だというのに。
 椿は、あずささんが前に木の絵本を貸してくれた人だと言うとすぐに懐いた。いっぱい話しかけている。借りた絵本はほぼ毎日椿は読んで(眺めて)いて、画用紙に木の絵を描くほど好きになったようだった。

 剣道の試合はあっという間だ。竹刀を相手の身体に当てるべく、お互いに一歩もゆずらない鋭い気迫を感じる。剣道ができない僕もその真剣さが伝わってきてドキドキする。剛が出ている試合は特にだ。
 だん! とどちらかが踏み込み、振るわれた竹刀が胴に当たった気がした。
 速すぎるのとびっくりしすぎて、剛が当てたのか当てられた側なのか、よく分からない。
「……勝ったな」
「えっ? そう、なのかな」
「やったー、つよし兄ちゃん、かったー!」

 残念なことに僕は剣道のルールをよく知らない。あずささんが勝ったと判断したのは、今日の観戦のためにルールを勉強したからだと言っていた。すごい勉強家だ。
 審判も剛が勝利をしたと判断した。
 僕は勝ち負けより、剛が怪我なく試合ができたらいいなと思っている。
「あのひと、つよし兄ちゃん?」
 椿は部員みんなが同じ防具を着ているせいで、すぐに剛を見失う。あずささんに何度も確認し、その度にあずささんは丁寧に教えてくれていた。

 ◇

 結局、剛は三試合目の時に負けてしまった。
 外は雨足が強くなっていた。会場は蒸し暑く、人も多い。
 あまり外出経験のない私は少し具合が悪くなってしまい、遼介と椿ちゃんに迷惑をかけてしまった。
「……すまない」
「気にしないで。今日無理に誘ったのは僕だし。ごめん。これ、お水」
 遼介が筒状で常温の水を差し出してくれた。受け取ったのはいいが、実は私はペットボトルというプラスチック製の飲み物容器が初めてだった。蓋の開け方が分からなくて困っていると、すぐに開けてくれた。
 なんとか水を飲むと少し落ち着いた。吐くほどではないが、においや光、そして人の多さにうまく歩くことができない。閉じていた目を少し開けると椿ちゃんが心配そうに私を覗き込んでいた。
「いっぱいひとがいるねー……」
 遼介は椿ちゃんのことも心配していた。幸い椿ちゃんの具合は悪くならず、人通りの少ない場所で休んでいる私の隣で、足をぶらぶらさせて大人しく座ってくれていた。

 静かに三人で雨の音を聞いていた。雨は止む気配がない。
 こっそりと遼介を見た。椿ちゃんのこともあるし時間がなくなって困っているだろうか、剛に会いに行きたいのにできなくて、怒っているだろうか。頭の中が不安でいっぱいになる。同行しているのが兄なら、今頃予定が狂ったことで怒鳴り散らしている状況だ。
 ふいに遼介が私を見た。
「あずささん、息、してる?」
 彼は全く怒ってはいなかった。ただ、心配をしていた。
 深呼吸しよう、スーハー、スーハー。椿ちゃんも面白がって深呼吸している。言われた通り息を深く吸って、吐いた私を遼介は眺め、それからふわりと微笑んで言った。
「タクシー呼んでくるから、落ち着いたら帰ろうか。楽だよタクシー」
 拳を振り上げ、タクシーの歌を(おそらく自分で作った)椿ちゃんに歌いながら、遼介はその後私を家まで送ってくれた。

「今日は、剛の試合見に付き合ってくれて、ありがとね」
 礼を言うべきは私の方なのに、遼介と椿ちゃんは揃ってありがとうと言った。兄妹だからか、やはり似ている。
「私の方こそ……すまない。具合が悪くなってしまって……」
「何言ってるの!」
 遼介が大きな声を出した。
「そんなのあずささんのせいじゃないよ。しっかり休まないと……!」
 謝る私に、遼介はきっぱりと言い放った。
(——私のせいじゃ、ない)
 今まで、そんなこと、言われたことがなかった。驚いて顔を上げると、遼介は視線を逸らすことなく私の目をまっすぐに見ていた。泣きそうな顔に見えた。
 剣道の試合は初めてだったし、椿ちゃんとの会話も新鮮で楽しかった。今日は初めてのことばかりを経験したから、身体も驚いていたのかもしれない。

 自宅に戻り、脱衣所で服を脱ぎ捨ててから手早くシャワーを浴び、私は布団にくるまった。
 今日は透明な膜を感じることはなかった気がした。
 そして目を閉じても、心配そうな——まるで私が死んでしまうのではないかと思っているような——遼介の顔が頭から離れなかった。


 兄が不機嫌なことに気が付いた時には、既に全てにおいて遅すぎた。
 おそらくは私が試合観戦のために外出をしたからだろう。私が外出をする際には前もって兄の許可が必要なので、今回も確認はしたのだが。

「剣道?」
 血の繋がりがない私の兄は、長く伸ばした前髪をかきあげて、いいよ、と言った。
「お前にとっても良い経験になるだろう」と。確かに言っていた。
 だからてっきり本心から了承してくれたと思ったし、帰宅時間、試合会場も事前に伝えておき、兄が帰宅したときも食事の支度は十分すぎるほど間に合っていたのだが。
 なのに、兄は機嫌が悪い。
(私が体調を崩して帰宅してしまったからか……?)
 細くつりあがった目で静かな怒りを込めて私を見る。兄は何も言わない。ただ私を睨みつけるだけだ。
 仕事がうまくいっていない時の怒り方でないのは明白だ。私を非難する行動をあからさまにとっているので、怒りの対象が自分だと分かる。

 家の、あらゆる空気までもが私を責めているように感じる。
(本当は外出をしてほしくなかったということか……? それとも他に何か理由が……?)
 なんとなく自室の整理でもしようとした。机の上は、教科書類と電子辞書、時計(小さな卓上用のものだ)、借りている本が二冊だけ。すぐ下の引き出しには、黒猫のワンポイントが刺繍された薄い長財布、必要な量だけの文具類、黒いヘアゴム、が整然と収納されている。
 私はベッドではなく布団で寝ている。父親が茶道家だったので、昔住んでいた家や暮らしぶりは昔ながらの純和風(と百合さんが教えてくれた)という類のようだった。今年の春に旧宅を離れ今の四角い建物に住み始めたのだが、シンプルな室内にあるのは何十年も歴史を持つちゃぶ台、座布団、そして重厚な和ダンスといった家具で構成されている。
 私の部屋にも小さな桐のタンスが置いてあり、そこに全ての服が収まっている。

 整理する必要がないほど部屋は小綺麗だったので、私は布団の上に寝転がった。
 スーハー、スーハー、深呼吸をしてみた。遼介がやってみせてくれたように。
 やっぱり、息苦しい。
 私は自分の両手を持ち上げて眺めた。指先が冷たくなっていたのに気づき、後でお風呂でも沸かそうかと思い立つ。念のためお風呂を沸かしてもいいかどうかも兄に確認した方がいいかと思いながら、どこか違和感を感じている自分がいることを否定できなかった。


(2024.7.14  一部修正)


(つづく)

(第一話はこちらから)

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