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【紫陽花と太陽・中】エピローグ 拝啓 父へ

 どうだい、父さん。そちらでは元気にやっているだろうか。
 母さんとは無事会えたんだろうか。出張の帰る日を間違えちゃうくらいおっちょこちょいの父さんだから、もしかしたら待ち合わせ場所を間違えてしまうかもしれないね。
 父さんが亡くなってから、いつの間にか一年が過ぎたよ。もう僕も背がすごく伸びて、桐華とうか姉たちを追い越すほどになったよ。あっという間だよね。
 ひろまささんとも仲良くやってるよ。桐華姉はひろまささんとの子を授かって、予定日は十一月だって言っていたよ。十一月は誕生日ケーキの苺が出回らないからって、苺が大好きな姉はぶつくさ文句を言ってた。かぼちゃでも乗せればいいのにって言ったら、睨まれた。この調子じゃ息子か娘の名前を「苺」にしかねないねってあずささんに言ったら、笑ってた。やっと笑うようになったんだ。あずささんが。


 僕から父さんに、報告があります。
 なんと、僕はあずささんに好きと言うことができました。

 すごく緊張したよ。だって想い始めてからかれこれ三年くらい経っているからね。
 あずささんから返事ももらった。ついこの前、お付き合いを始めたばかりだ。
 父さんとの「あずささんのおやくそく」と「遺言」はずっとずっと守りたかったけど、破ってしまった。というか、遺言という言葉を辞書でもっと早く調べておけばよかったと思った。辞書では、最後の最後に伝えたかった言葉のこと、とあった。僕がメモした時は中学二年生の年末だったから、父さんが亡くなるより一年以上前の話だ。だから、本当はこれは父さんの伝えたかった言葉じゃないのかもしれないって思ったんだ。自分に都合のいいように捉えてしまったかな。でもいいや。僕は嘘をつくのが苦手なんだ。
 遺言では、あずささんが仕事や結婚して家を出る日まで守ること、とあったね。でもね、あれからいろいろな出来事が重なって、もちろん父さんが亡くなることも大きな出来事なんだけど、あずささんの身にものすごく悲しいことが起こってしまったんだよ。空から見ていたのだろうか。見ていたら、きっと父さんも辛く思っただろうね。見ることしかできないって、悔しかっただろうね。あずささんは結婚を諦めてしまった。仕事は、目標となるものを見つけることができて、それに向かって大学進学を頑張っている。頑張るあずささんを後ろから支えたいという気持ちと、この先もあずささんとずっと隣で一緒にいたい気持ちとが混ざって、僕は悩んだ。ずっとずっと悩んでいた。
 ある時あずささんは僕に言ったんだ。幸せになってほしい、喜んでほしい、自分の人生を大事にしてほしいと思っている、とか。他にもいろいろ。
 これって、僕があずささんに対して思っていることとまるで一緒だったんだよ。不思議だね。こんなこと、姉にさえ言われたことはないのにさ。
 僕は素直に、自分が幸せになること、喜ぶことは何かを考えた。自分の望む人生を真剣に考えた。それには、やっぱりどうしてもあずささんが必要だった。隣で一緒に笑ってほしかった。父さんが母さんを選んだ理由は、何だったんだろう。そういう話も、できたら良かったなぁって今は思っているよ。

 そうだ、仕事も始めました。
 喫茶店のホールスタッフです。来月から「ホールスタッフ 主任」という肩書にするって、店長の縁田さんが言ってました。アルバイトスタッフをまとめることもするみたいです。お客さんにきちんとサービスが行き届いているかも見ないといけないようです。常連さんがとても多いお店なので、全てのお客さんと話した内容を覚えていられるようにメモをとるのだけど、とりすぎてメモ帳が何冊も溜まってしまい、整理しないといけないです。
 それをポツリと呟いたら、次の日あずささんがさっそく整理術の本を買ってきてくれました。ものすごく真面目です。僕は頭が上がりません。


 何の話だっけ。ええと、父さんに近況報告をするつもりで出す宛のない手紙を書いているんだった。お仏壇にでも隠しておくので、姉だけには絶対に読まれないように気を付けて、また明日からも楽しく暮らしていこうと思っているよ。

 病院のお別れの時間では、結局何も言えないまま終わってしまったけど、今僕から父さんに言うのは、これだと思う。


 おつかれさま。今までありがとう。


 翠我遼介すいがりょうすけ



(中巻 END)


長い長いオリジナル小説をご拝読いただきまして本当に感謝いたします。
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次のお話はこちら(下巻のプロローグへリンク)
COMING SOON…


(紫陽花と太陽・中 第一話はこちらから)

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