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長編/pekomogu/紫陽花と太陽 中

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創作長編小説の三部作(上中下)の中巻のお話を集めました。全13話。上巻が終わり次第更新予定です。高校に進学した遼介とあずさと剛。さまざまな出来事を乗り越えながら「優しい」に深みを… もっと読む
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【紫陽花と太陽・中】プロローグ 入学式

 会場の中は大人たちだけなのにまるで学生のようにガヤガヤとざわついていた。ペタペタとスリッパの音をさせながら、僕は青いシートの上を歩き会場へと入って行った。  近くを通り過ぎる大人たちは僕たちに気が付くと、一瞬物珍しい視線を送る。  それはそうだろう。  僕と、隣りにいるあずささんは、学生服を着ていたからだ。  つい数日前に買ったばかりの学ランはごわごわとしてまだ慣れない。お祝いの席ではあるが、ワイシャツの首周りがパリッとしすぎて痛いので、僕は第一ボタンを開けて着ることにした

【紫陽花と太陽・中】第一話 死に際

こちらはオリジナル長編小説の続きとなります。 登場人物などの簡単な内容は下のプロローグでも触れております。 小説は既に完結しておりまして、noteで一話ずつ公開していく予定です。 中巻の冒頭はやや暗いスタートとなりますが、よろしければお読みいただけると嬉しいです。  もう、この目は光を宿すことはないようだ。  皆、どれくらい大きくなったのだろうか。元気……では、きっとないと思う。  心配かけてばかりだな。  真っ暗な闇の中で俺は小さく呟く。  ……いや、呟くことすら叶わな

【紫陽花と太陽・中】第二話 一人旅

こちらはオリジナル長編小説の続きとなります。 登場人物などの簡単な内容は下のプロローグでも触れております。 小説は既に完結しておりまして、noteで一話ずつ公開していく予定です。 中巻の冒頭はやや暗いスタートとなりますが、よろしければお読みいただけると嬉しいです。 「おはよう」 「おはようございます」 「おはようございます」  俺がリビングの奥の和室から起きてくると、遼介くんとあずさちゃんはいつものように起きて忙しく朝食の準備をしていた。淡いクリーム色のエプロンを着た遼介

【紫陽花と太陽・中】第三話 縁田さん

「あ」 「おぅ」  朝、家を出たところで剛と会った。  僕と剛の家は徒歩二分の、それこそお互いの玄関に立つとお互いの部屋の明かりがついているかどうか分かるくらい、近い家に住んでいる。  僕は学ランを着て、少し暑かったので黒い上着の前とワイシャツの第一ボタンも開けて、リュックサックを背負って家から出てきたところだった。 「久しぶりだな」  剛が目を丸くして言った。確かに、久しぶりだった。高校が別になってしまったので登校などで顔を合わせることは皆無になった。疎遠になったものだと思

【紫陽花と太陽・中】第四話 バイト

 ガヤガヤと騒がしい教室で、俺の前に座っているクラスメイトが唐突に話しかけてきた。 「五十嵐は、第一中学だったよな」  英語多読をやってみようと最近手を付け始めた、英語で書かれた短編小説から視線を上げ、俺は目の前の男子を見た。 「そうだ」 「ならさ、一組の霞崎さんって、知ってる?」 「知ってるよ」 「えぇ、マジか。彼女さ、中学の時も頭良かったのか?」 「むちゃくちゃ良かったよ」 「そうかぁー、やっぱりそうかぁー」  目の前の男子は、なぜそんなに……というほど、激しいリアクショ

【紫陽花と太陽・中】第五話 分岐点

 縁田さんの喫茶店で働きだしてから一ヶ月半は経ったかと思う。  あくまで、学生の本業は学業だから、ということで勉強はしないといけない。もうすぐやってくる期末試験。高校一年生の一学期全ての範囲が出題される、大事な試験だ。  店長の縁田さんには試験のことは既に伝えてあり、勉強を優先するために一週間はシフトから外してもらっていた。 「では、始めるか」 「あずさ先生、よろしくお願いします」 「真面目だな」  自宅のダイニングテーブルに教科書や参考書などを広げ、勉強会が始まった。とは

【紫陽花と太陽・中】第六話 紫陽花の店で

「好きです。俺とお付き合いしてください」  中庭に突然呼び出され、私のどこが好みだとか自分はこういう性格だとか、そして思いの丈をとつとつと伝えられ、私は困惑する。  今初めて名乗られてようやく本人の名前が判明したというくらい接点がないにも関わらず、どうして私が付き合って良いと答えると思うのだろうか。  こういうことは高校に入ってから何度もあった。毎回慣れず、毎回困惑する。  丁重に辞退をし、そそくさと教室に戻った。優しい眼差しのさくらと日向に迎えられ、ようやく私は人心地ついた

小説【紫陽花と太陽】番外編 愛の自動販売機

こちらは私のオリジナル長編小説「紫陽花と太陽」の番外編のお話です。 現在長編小説を公開中。 「紫陽花と太陽・中」最初のお話はこちら↓ 登場人物は知らなくても番外編となりますので、お読みいただける内容かと思います。第七話へ進む前に一呼吸。 お好きな飲み物片手にどうぞごゆっくり。 お楽しみくださると幸いです。  スマホを買い替えた。  ずっと充電の接続部分の調子が悪かったのをだましだまし使っていたのだが、先日ついに落とし、派手に画面が割れてしまった。心置きなく新しいものに買い

【紫陽花と太陽・中】第七話 賽は投げられた

 あらん限りの力を振り絞って、僕は全速力で走っていた。  いつもは自転車で出勤しているのに今日に限って朝小雨が降っていた。自転車を使えばたった十分で店から自宅まで帰れるのに、どうして今日に限って……。  奥歯を噛み締め、両手を強く握りしめて走った。  あずささんから電話をもらったのは、今からほんの五分くらい前だった……。  家に着いた。背負っていたリュックサックからチャックを開けるのでさえもどかしく家の鍵を取り出した。手が震えて鍵を開けるのにいつもより時間がかかってしまい、

【紫陽花と太陽・中】第八話 伝書鳩

 僕が仕事から帰宅すると、ついこの前一人暮らしをするために引っ越しをした梨枝姉が、いつも通り自宅にいたので驚いた。  ダイニングテーブルで梨枝姉と桐華姉、そしてひろまささんが座って話をしていた。 「ただいま」 「おかえりなさい」 「あぁ、おかえり」 「あは、驚いた顔してるね。もうすぐ帰るところ。ちょっと相談したくて寄ったのよ」  梨枝姉が笑って言った。どうやら泊まるつもりはないらしい。 「あずささんは?」  あずささんの姿が見えず心配だったので、尋ねた。疲れて先に寝ているとの

【紫陽花と太陽・中】第九話 遺言付きの写真

 縁田さんから相談された。もう一人採用してみようと。  僕は、今ちょうど休憩を取っていて、キッチンに併設されているカウンターテーブルで縁田さんと向かい合ってサンドイッチを食べていた。  どうしてここで休憩をしているかというと、この店には店長の縁田さんと、ホールスタッフの僕しかいない店だからだ。僕が休憩している時に急にお客さんがワッと来て混んだり、電話とお会計が重なってしまったりした時に、僕が二階の控室にいたのでは店が成り立たない。 「もう一人⁉︎」  僕はちょっと驚いて声を上

【紫陽花と太陽・中】第十話 告白

 あずささんが好きだ。  それを、きちんと告げたい、と思って、覚悟を決めて、数日たった。  いろいろな出来事が重なって、僕は人を特別に好きになるという感情を知るのが、とても遅れた。他の人が幼い頃に自然と知るであろうことを、僕は全然知らなくて、話を聞いてもピンとすら来なくて。他人事だと思っていた。  ようやく好きだと分かっても、遺言が邪魔をした。  いや、それは嘘だな。  ただ、自分に全然自信がなかったからなんだ。  自信は、今もあまりないけれど。  伝えるか、伝えないか。

【紫陽花と太陽・中】第十一話 報告会@剛宅 高校二年生/七月

以下、本文 「や」 「おう」 「久しぶり」 「そうだな。あ、適当にそのへん座って」 「はぁい」 「よっ……と、一応お茶かカルピスあるけど」 「カルピスもらおうかな」 「好きだよな、カルピス」 「前ほどは飲んでないけどね。最近は、水か、珈琲ばっかりだから」 「少し痩せたんじゃね?」 「そうかも。立ち仕事だし、けっこう動くからね」 「そっか」 「剣道も筋トレとかするの? 棒を打ち合いするばかりじゃないんだよね?」 「棒。竹刀な、竹刀。……筋トレより、走ってるな。毎回走る。それが

【紫陽花と太陽・中】エピローグ 拝啓 父へ

 どうだい、父さん。そちらでは元気にやっているだろうか。  母さんとは無事会えたんだろうか。出張の帰る日を間違えちゃうくらいおっちょこちょいの父さんだから、もしかしたら待ち合わせ場所を間違えてしまうかもしれないね。  父さんが亡くなってから、いつの間にか一年が過ぎたよ。もう僕も背がすごく伸びて、桐華姉たちを追い越すほどになったよ。あっという間だよね。  ひろまささんとも仲良くやってるよ。桐華姉はひろまささんとの子を授かって、予定日は十一月だって言っていたよ。十一月は誕生日ケー