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君の役割

2024.05.01
ぺぎんの日記#31
「君の役割」


日記を始めてから1ヶ月が経った。どうなることかと不安だった毎日更新も、今のところ続いている。
ぺぎんの日記を何とか軌道に乗せることができて慢心していた矢先、事件は起きた。

ヘッドホンが折れた。

愛用していたヘッドホンの、伸縮する部分(って言って伝わるかな?)のプラスチックが中でバキッと折れてしまった。
それはいつものようにヘッドホンを頭に付けようとしたときのことだった。いつも通り優しく外に広げて耳にかけようとしただけなのに、左のアーチからバキッと音がして、アーチはいびつに曲がった。一瞬の出来事だった。
すぐに状況を理解して、はずせる部品をはずして折れた部分の内部を見てみる。どうやら中に入っていたプラスチックの板が真っ二つに割れたようだった。幸いというべきか、皮肉にもというべきか、配線は一切傷ついていなかった。このヘッドホンはまだ使える。使うしか無い。
折れた部分にガムテープをギッチギチに巻き、なんとかヘッドホンとしての形を保てるようにする。ちなみにボンドは折れ方が折れ方なだけに上手くいかなかった。
壊れて包帯を巻かれたヘッドホンを、慎重に頭にかけてみる。変なところが頭に当たってはいるけれども、家で使う分には十分使えそうな感じに仕上がった。音もちゃんと左右から聞こえる。

久しぶりにこのヘッドホンを意識的に触ったことで、これを買った2年前のことを思い出した。

中学3年生になる春休みのこと。私は友だちと家電量販店のヘッドホンコーナーに立っていた。今までヘッドホンもイヤホンも、何かの付属品しか使ってこなかった私の、始めての音響機器購入。友だちは手取り足取り、私にヘッドホンの選び方を教えてくれた。
ノイズキャンセリング、重さ、掛け心地、音質、耳が蒸れるか、耳に当たって痛くないか、充電はどれくらい持てばいいのか、有線か無線か、価格の上限はいくらか。
選ぶときに見るべき項目を提示し、私の理想のヘッドホンを探してくれる。友だちは音楽のプロフェッショナルだった。何か楽器をやってるとか、そういう人じゃなかったけど、音楽を聴く行為には特段のこだわりを持っている友人だった。ヘッドホン・イヤホンはもちろん、自分の部屋にはスピーカーををいくつも置いて立体音響を作り出していた。
そんな友人とあーだこーだと言いながら選んだヘッドホン。結局、まずは日常にヘッドホンがある生活に慣れないとよいモノとは出会えない、ということで一番スタンダードだという安めのモデルにした。
会計を済ませ、店の外に出る。自転車のかごの上で早速ガサゴソとヘッドホンを取り出し、友人に渡す。彼女が持つ、今は私のものになったヘッドホンの方へ頭を差し出す。友人が、ヘッドホンを私の頭にスッとかけてくれる。耳がすっぽりと覆われる。冷たい春風で凍えていた耳がフワッと暖かくなった感覚を、今でも鮮明に覚えている。ヘッドホンの上から両耳を抑え、「うわあ…!」と声が漏れる。すかさず友人がヘッドホンにスマホをペアリングし、音楽を流してくれる。ここまでの流れは予め友人にそうしてくれとお願いしていた。ドラムスの音がトンッという振動と共に伝わってくる。今まで知らなかった沢山の音たちが、耳の周りで踊っている。
私とヘッドホンの始めての出会いであった。

ヘッドホンの感覚を十分に味わったあと、私は友人に尋ねた。
「なんで〇〇は家にスピーカーも置いてるの?」
ヘッドホンを付けて、新しい音楽の世界を知ったからこそ湧いた「そこまですると何が変わるの?」というシンプルな疑問だった。
私の問いに友人はこう答えた。
「スピーカーで大音量で音楽聴いてたらさ、親とか兄弟に『あ、今は関わっちゃダメなんだな』って思ってもらえるじゃん。感情表現?かな。スピーカーを使うのって」
へぇー!と思った。音楽をより楽しむためのヘッドホン。周りに感情を伝えるためのスピーカー。音楽の役割ってこんなところにもあるんだなって思った。

そんなことがあって、この2年間生活を共にしてきたヘッドホン。彼は私の生活を音楽によって豊かにし、そして耳を温め続けてくれた。
ここまで書いてようやっと決心がついた。今がきっと、お世話になったヘッドホンに勇気を持ってお別れをして、自分好みのヘッドホンを探しに行くタイミングだ。次はアーチが折れない丈夫なものを探そう。そして何年も、大事に使いたい。

今までありがとう、私のヘッドホン。
これからは君を卓上スピーカーとして使わせてもらうことにするよ。意外にも最大音量にすると小さなスピーカーレベルの音なら出る君だから、きっと大丈夫。これからもまた、よろしくね。

音楽機器の持つ役割って、すごくたくさんある。

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