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手を伸ばすと届きそうだから
2024.06.07
ペぎんの日記#66
「手を伸ばすと届きそうだから」
冷蔵庫の中の食材は、美しい光を放つ。
家族がみんな寝静まった時間帯。
コソコソと部屋を出てキッチンの冷蔵庫に向かう。
暗闇の中、手先の感覚を頼りに冷蔵庫の扉を探し出す。
扉に手をかけ、そっと開ける。
冷蔵庫の中から、ヒンヤリとした心地よい冷気が流れ出す。魚や、肉や、野菜や、それらが混ざった匂いがする。
同時に、美しい光が目に飛び込んでくる。
冷蔵庫の後ろの照明。そしてその光の中に浮かび上がる食材たち。
そこは異世界であった。
真夜中に踊りだす玩具や、本の中に広がる物語が異世界であるように、冷蔵庫の中もまた、現実から生まれた異世界の一つではないだろうか。
冷蔵庫の中の綺麗な世界に目を奪われ、そしてその中の1つが欲しいと思った。ガラスの容器に入ったライチ。
手を伸ばすと、その世界に届く気がして、冷蔵庫の中に手を入れてみる。冷えた空気の中を滑るように、私の手はスッと奥に伸びる。
触れた。
硝子のヒンヤリ、スベスベした感覚が手に伝わってくる。
自分の手の中で、冷蔵庫世界の硝子がキラキラと光り輝く。
その輝きを、もっと間近で見たくて、グッと引き寄せる。
冷蔵庫世界から現実世界へ。
ガラス容器に入ったライチが飛び出す。
期待とともに、冷蔵庫を閉め、ライチを容器ごと部屋に持ち帰る。
部屋の電気をつけ、ガラス容器に入ったライチを見る。
あれ…。
それはもう、あのときの光も、不思議な魅力も、持ち合わせてはいなかった。ただ、ただ、ガラス容器に入ったライチとしてそこに存在している。
ショックだった。あんなに美しかったのに。
幸せの青い鳥の話を思い出した。
チルチルとミチルが異世界から持ち出した青い鳥は、違う世界に入った途端、それはもう青い鳥ではなくなってしまう。
冷蔵庫から持ち出してきてしまったばっかりに、この物が持つ美しさを損ねてしまった。
あの夜の冷蔵庫が持つ不思議な美しさ、魅力って何なんだろう…。
あ、それでもライチは、すっごく美味しかったです。
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