小さなあの人と、力強さ
2024.07.08
ぺぎんの日記#96
「小さなあの人と、力強さ」
あの小さな体から、あんなにも力強い音が出るとは思わなかった。
朝の学校は色んな音がする。みんなが来るより少し前、まだ人の少ない学校に入ると、一つ一つの音がハッキリと聞こえる。
廊下を歩く音、自販機でペットボトルを買う音、話し声。
そして玄関ホールで鳴るピアノの音。
私の学校の玄関ホールには、立派なグランドピアノが設置されている。
ストリートピアノ的に誰でも演奏できるようになっており、ピアノが得意な人が弾いていたり、男子が「猫踏んじゃった」の連弾をしていたりと、一種の即興エンタメの場となっている。
ちなみにこのピアノの最低音の鍵盤は、上の白い部分が欠けていて触るとすぐに外れる。
ただ調律はされているようで、私には違いが分からなかったけれどピアノをやっていた友人が「あれ、音、直ってる」と言っていたことはあった。
今日の朝はその場所で、私の知り合いがピアノを弾いていた。
その人は、小さい体に、小さな手。長めの前髪で目は隠れ、そのうえマスクをしているから顔色を読みづらい。何度か話したことはあるのだけれど、イマイチ人柄は掴めた気がしない。そんな小さくて弱そうで、素性をよく知らない同級生が、今日はピアノの前に座っていた。
彼女がピアノを習っているとは聞いていた。だから余計に、なんか大人しくておしとやかな人だと思っていたのかも知れない。
でも彼女の演奏は、私の予想とは相反していた。
響板を閉めているのに、彼女の力強いタッチに合わせて、リズミカルに音が飛び出してくる。
朝の玄関ホールに、彼女の音が響く。でも、朝だからってわけじゃないと思う。このピアノの音がこんなにも圧を持って聞こえるのは。
彼女の全身が、ピアノの鍵盤を押し込むために躍動する。
私は上靴に履き替え、でも、そのまま教室に向かう気にもならず、立ち止まってその演奏を聴く。誰も玄関から入ってこないから、しばらくそこで立って彼女の演奏を背中側から見つめる。
彼女は今何を考えているのだろう。
私が見て、聴いていることには気付いているんだろうか。
彼女は一体、何のために弾いているのだろうか。
誰もいない玄関ホールで。
普段の彼女を知らない。でも少なくとも、そのピアノを弾く姿は、今まで私が見てきた彼女の姿からは想像できないものだった。
音楽のことは分からない。音楽をやるひとの感性も、音楽の知識も、私には無い。だから「驚いた」という平たい言葉でしか表現できないのだけれど、それでもやっぱりこれは日記に残しておきたい。
彼女の小さな体から、あんなにも力強い音が出るのだと、驚いた。
表現の媒体が変わると、こんなにも人の印象って変わるのだと、驚いた。
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