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ユトリノヒトリ【04】 #ドライブと敗北

ユトリノヒトリ【03】▶︎▶︎


あれからすぐにまた携帯が鳴った。

私は一呼吸置いてから通話ボタンを押す。


電話に出ると、彼は嬉しそうに話し始めた。
最初に言われたのは、電話を一方的に切らないで欲しいということ。それから、無理に喋らなくていいから話を聞いて欲しい。


私は結局、無言を貫く訳にもいかず、相槌は打ったけど、それ以上の反応はできなかった。それでも彼は他愛も無い話をずっと続ける。

気がつくと30分くらい通話していて、私は早く切らなきゃと焦り出す。なんせあの頃は通話代が定額では無かったから。

でも「そんなん気にせんでええよ」と言われて結局約1時間強……つい先日会ったばかりの人と電話をしていたのだ。


「また明日な」


そう言って彼は電話を切った。私は呆然としていた。すごく変な感覚。ふわふわしているのに何かパワーと言うか、圧倒的な何か……

そうか! これは彼等の仕事なんだ!
そう思うと何だかわからない好奇心が湧いてきて、もっと知りたいと思うようになった。


次の日アキとお昼から合流し、ランチをしながら夜の仕事について話し合った。私の中で、夜の世界が突然眩しいくらいに輝き始めたのだ。

それからお決まりのカラオケに行くことになり、2人で熱唱していた頃、アキにメールが入る。それを確認するなりビックリした顔でこちらを見て、叫びながらこう言うのだ。


「〇〇さんが4人で遊ぼーやって!!!!」


アキが言うにはプライベートでお気に入り君と会えるなんてありえないらしい。しかも仕事があるのに夕方からなんて普通はできないと興奮気味に私を説得した。

この時、アキに協力するカタチにしたものの、あの人に興味を持っていたからOKしたんだと思う。

こんな私でも心を開きかけている、人の心を動かしてしまう彼にも、彼の仕事にも魅せられてしまったのかもしれない。


それから、アキが一度メイクをやり直したいと言い出したので、一旦私の家で準備をすることになり、私は自分の部屋の本棚にある、人の心理についての本をギリギリの時間まで読んだ。

アキが今まで以上に気合いを入れているとき、私は色々な感情が渦巻いていた。


あの人はあんな絶妙な言葉の使い方がどうしてできるんだろう?
何が目的で、これからどんな風に私を顧客にしていくんだろう?
私は一体どうなっていくんだろう?
まず、お客さんって何?


そんな事をグルグル考えているうちに時間が迫ってきた。アキは急いでヘアセットしなきゃと私を急かしたが、私はあえて地味で行こうと思った。

上手いこと言えないように、思い付く限りを逆に行こうと考えたのだ。


何がしたかったのか?
私はこの得体の知れない感情と好奇心の意味を探していたのだ。このワクワクとドキドキと少し窮屈な不安は、ザワザワッと私の胸を熱くさせた。


そして、待ち合わせの時間。


梅田駅の大きい横断歩道で私たちは彼の車に乗り込み、最初で最後になる、4人でのドライブが始まった。


必然的に私は助手席で、彼は運転席からこちらを覗き込み、屈託の無い笑顔で迎え入れてくれた。


読めない。


何故そんなキラキラした笑顔ができるんだろう?私はずっと疑心暗鬼で彼の言葉や顔色を一瞬も見逃さないように、ずっと疑いの眼で見ていた。


でも彼からは何の悪意も読み取れない。ただ単に私が見落としていただけかもしれないけど、本当に普通だった。会話の内容も……

寧ろ別人かと思う程にチグハグな話をしたり無言になったり……挙句にしりとりを始めてきた。


肩の力がスーッと抜けていくような感覚を今でもハッキリと覚えている。


私は彼の隣で笑って居たのだ。どんな凄い話術やテクニックで誘導していくのか見極めてやる!ぐらいの意気込みが滑稽に思えるほど、私は既に彼の術中に居た。

この表現は私が彼に対してずっと対抗心があったから、そう思っていた。


結局4人で夕飯を食べた後、ずっとドライブをした。皆で話したり、前と後ろで話してたりと、拍子抜けするほど普通に楽しんでいた。


そして帰り際に携帯のアドレスを悪用しない約束で交換したのだ。ごく自然な流れで……


耳元でこっそり「次は2人で会いたい」と言われて、満面の笑みで「嫌です」と答えるのが唯一の私の反撃だった。


何故なら……あえて地味にして褒めるところを潰していったし、あれだけ作戦を考えて話術にハマらないようにしようってギリギリの時間で本まで読んだのに……


「俺、黒が一番好きやって知ってたん?」

「黒が似合う子好きやで」


と、ひと蹴りされた挙句……
最終的に彼は、高校の部活で舞台に立った時、派手に転んだけどアドリブで乗り切ったという話まで私から引き出したのだ。強過ぎた。


ただ、ただ、悔しかった。
敵わなかった。


ダンスという自分の居場所を失くして、空っぽになった10代最後の年。もしかしたら私はまた何かに夢中になれるかもしれない。

止められない好奇心と諦められない自分。そして希望にも似た輝く光。

このネオンの中に、私の居場所ができるかもしれないという甘い夢を抱いて……



因みにアキは私とは違う世界へ自分の居場所を見付けていく。私はこの後、数えきれない程の過ちを繰り返し、失敗をしていくことになる。


だけど、その全てに意味がある。きっと今もどこかで皆、幸せに暮らしていると信じて。



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主人公はゆとり第一世代のマコ(一ノ瀬真琴)アラサーになったゆとり世代が歩んできた、デコボコ道をほぼノンフィクションで小説にしました。



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こちらも再編しました。この辺りからどんどん知らなかった世界に足を踏み入れていきます。人物名、団体名、場所など一部フィクションですが、ほぼノンフィクション小説になっております。




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