エイズ_note

『撃ち落とされたエイズの巨星』の序文を試し読み【無料公開】

ウイルス感染症の1つAIDSに立ち向かった、知られざる偉人、ユップ・ランゲ博士。死刑宣告に等しかったHIV感染を大きく変えていった科学者1人と言われています。
国際エイズ学会元会長、ファーマアクセス財団理事長など、ユップの肩書はたくさんありますが、そのなかにはオランダにある、貧困関連感染症センターを前身とするアムステルダム・インスティチュート・フォー・グローバルヘルス・アンド・デベロップメント(AIGHD)という研究機関の科学最高責任者も含まれます。その名誉所長にして、故オランダ王子オラニエ=ナッサウの妻オラニエ妃が、ユップのあまりに突然の死に、残されたものの覚悟を問います。彼の世界的な業績と、その根底にあった思いを端的に示す、追悼メッセージをどうぞ。

序文

 2014年夏のマレーシア航空MH17便撃墜の悲劇は、298名の男性、女性、子どもたちの命を奪い、遺族ははかり知れない喪失感に包まれました。また、世界のエイズ関係者も大きな衝撃を受けました。HIV/エイズと闘ってきた6名が、オーストラリアのメルボルンで開催される国際エイズ会議に向かう途中に命を奪われたからです。そのなかに、私の友人でもあり、エイズとの闘いにその一生を捧げたユップ・ランゲ博士と、パートナーのジャクリン・ファン・トンヘレンが含まれていました。

 ユップは、HIV治療薬の普及推進運動のパイオニアでした。抗レトロウイルス薬による治療法が導入されたのち、彼は先頭に立って、貧富の別や出身地を問わず、HIVに感染したすべての人の手に薬を届けようとしました。彼はまた、妊婦から胎児へのHIV感染が薬で予防できることを実証する臨床試験を初めて行った人物でもあります。

 ユップは厳しくかつ真摯な態度でリーダーシップを発揮してきました。権力者に対して率直に意見を言うことを恐れず、HIV問題に何ら対応しないこと、あるいは対応が不適切だったり不十分であることについて、彼らの責任を問いました。ユップの言葉は、ときに相手を困惑させたとしても、行動を起こさせる力を秘めていたことは確かです。アフリカのサハラ砂漠以南の地域に抗レトロウイル ス薬を普及させようとしても、お金がかかるし難しすぎると考えていた科学者や政策責任者は、今や有名になったユップの決まり文句に勇気づけられたに違いありません。

「アフリカのどんなへんぴな地域にも冷えたコカ・コーラやビールを届けることができるなら、薬を届けることも不可能ではないはずだ」

 問題に対して現実的な手段で取り組み、意外と思われる相手(ハイネケンやタンザニア軍など)とも協力関係を結びながら、ユップはつねに、最も必要としている人々に対して薬や治療を届けるという目標を見つめていたのです。

 ユップにとって、HIVは単なる感染症ではありませんでした。実態を知るうちに、病と貧困が切っても切れない関係にあることを彼は痛切に感じたのです。アムステルダムを拠点に飛びまわり、彼は世界各地の医療機関に足を運びました。カンパラのHIV専門の診療所から、バンコクの病院やナイジェリアの農村地域にあるHIV検査施設にいたるまで。どのような場所を訪ねても、ユップは現地の実情を知るために時間と努力を惜しみませんでした。HIVに感染した人々の話を直接聞き、より効果的な介入となるよう、革新的な解決方法を探ろうとしたのです。オランダの患者なら当然手に入るような薬さえ買うことができない人々の苦しみを目の当たりにするたび、彼は強い憤りを覚えるのでした。

 病気の流行は社会的不条理によって勢いを増すということをユップは教えてくれました。そして彼はHIV対策にとどまらず、果敢にもアフリカのサハラ以南地域の医療制度改革に乗り出したのです。彼がファームアクセス財団を立ち上げたときの目標は、最貧の暮らしをする人々でも医療保険に入り薬を飲めるようにすることでした。そこまでやれるはずがないと言われることもありました。しかし ユップはそのような声には耳を貸さず、ジャクリンとともに、あらゆる人の医療を改善する取り組みを進めていったのです。

 薬を最も必要としている人々に届けるというユップとジャクリンの取り組みのおかげで、おそらく何千万人もの人々が命を救われました。その努力は、2人の亡き後も続いています。将来を見すえた彼らの活動を今も引き継ぐファームアクセス財団、アムステルダム・インスティチュート・フォー・グローバルヘルス・アンド・デベロップメント(AIGHD)、そしてユップ・ランゲ・インスティチュートは、彼らが残した遺産のほんの一部にすぎません。

 やるべきことは、まだたくさんあります。ユップとジャクリンの思いやりと関心、そして強力なリーダーシップを失った今、私たち一人ひとりがHIV/エイズとの闘いに向けて、より一層努力しなければなりません。あまりにも多くの人が、日々新たにHIVに感染しています。それに予防や治療が可能となった今も、あまりにも多くの人がエイズで命を落としているのです。

 科学者として、医師として、そして活動家としてのユップの一生を、語りつくすことはできません。この伝記はそのほんの一部に光を当てるものですが、本書がエイズ撲滅に向けた新たな活動を活性化し、その闘いに挑もうとする次なる世代の研究者・医師・政策責任者に勇気と希望を与えることを心から願います。ユップが示してくれたとおり、何かを変えたいと思っても、行動しない限り何も変わらないのです。

メイベル・ファン・オラニエ妃(*)

(*)2013年に亡くなったオランダ王子ヨハン・フリーゾ・ファン・オラニエ=ナッサウの妃.2009年のAIGHDの開所には王子とともに立ち会った。




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