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おめぇの胸ん中にも、灯りになるような思い出があんだろうが

大正2年。

正月の、大雪の夜。



酒に酔った父が息子の義照を蹴りながら言う。


正月から葬式みてぇな顔すんな
出てったお前の母親に
そっくりじゃねえか
辛気臭えんだよっ
そんな顔してる暇があったら
薪のひとつでも売ってこいっ
この役立たずがっ

十歳の義照は、薪を背負って簑笠をかぶり、黙って家を出る。


夜の雪は灰色だ。
灰が里を灰色にする。


そっと、民家の戸を叩く。

家族団らんの明かりと温もりが、戸の隙間から溢れてくる。


薪なんかいらないよ


どの家の者たちも、申し訳なさそうに、そう言う。


義照は頭を下げて戸を閉め、次の戸を叩く。


そうやって里中をまわる。


けれど、薪はひとつも売れなかった。





義照は、いつものあの場所へ行く。

里の寺。

本堂の縁の下。

そこで、黙って膝を抱え、夜の砂を見つめる。








…おい   おまえ しぬぞ







背後から声がした。

ご、ごめんなさいっ、すぐ出ていきます

義照は飛び上がり、慌てて謝った。


誰が出て行けなんて言った
お前死ぬぞって言ったんだよ


野太い、不機嫌そうな声。
義照は振り返り、暗闇に目をこらす。しかし、相手の姿は見えない。


正月だろ、早く家に帰れよ


いえ、帰れないんです、薪売ってこいって、父ちゃんが


こんな日におめぇのおやじがそう言ったのか?


はい


…こんな雪の日にこんなとこいたら、お前、死ぬぞ


は…はい


いいのか?


い、いや、だめです


じゃあ帰れよ


か、帰れないです


沈黙。


おふくろさんはどうした?


いません


…そうか、おやじと二人暮しか?


はい


しばらくの沈黙。


…寒いだろ


はい、さ、寒いです


…待ってろ


すると義照の傍に、
ころん
と石が転がってきた。
拾うと火打石だった。


火を焚け、寺は燃やすなよ、いいか

はい、あ、あの、どうもありがとうございます


義照は、薪を小さく裂き、その上で火打ち石を何度か弾く。


ぽっ


小さな火が灯る。

手をかざす。

かじかんだ手にじわじわと温かい血が通い出す。


義照は、笑顔で声の主に礼を言う。


小さな灯りで、声の主と目が合った。


義照は、固まる。






なんだおまえ、怖くねぇのか


…え、こ、怖いです、あ、でも、優しいから、怖くないです


…どっちだよ





声の主は、大きな白い犬だった。





義照は、この犬を見たことがある。

本堂のご本尊の不動明王像のとなり。

木彫りの犬。

その昔、
猿の化け物の狒狒を倒したと伝わる
霊犬早太郎。




は、早太郎なんですか…


…んなことどうでもいいだろ

白い犬は、座ったまま小さな火を見つめて言う。




おい

は、はい…


凍えそうな時は、火を焚くんだよ


あ、は、はい…


こんな暗いとこで、ひとりで座ってんじゃねえ


は、はい…ごめんなさい


心のなかに、灯火があんだろうが


え?


お前の胸んなかにも、灯りになるような思い出があんだろうがっ


…え…は、はい、あ、あります




そう答えると、義照の目から、ぽろぽろと涙が零れだした。





その灯りが消えねぇように
守んだよ
わかるか



寒い寒い大雪の日。

ふんわり暖かい白い犬と灯りが、義照に寄り添う。

とある寺の、縁の下での出来事。

寒い寒い大雪の日。














(1199文字)


ピリカグランプリ審査員のみなさま。
どうぞよろしくおねがいします、と、拝啓あんこぼーろの本体が申しておりまする。


#冬ピリカ応募



ちなみに、長野県出身の清水の父親、清水義照のお話です。

ちなみに学徒清水は、清水忠義というお名前!






もしサポートして頂けた暁には、 幸せな酒を買ってあなたの幸せを願って幸せに酒を飲みます。