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◇不確かな約束◇第3章春夏



noteの人々と、リレー小説を書いています。



このお話は、しめじさんの序章から始まりました。

しめじさんの

◇不確かな約束◇ 序章

七海 / nanami さんの

◇不確かな約束◇第2章



さてさて、第3章春夏篇の始まり始まりです。




◇不確かな約束◇ 第3章 春夏


喫茶店で、ユキは僕に言った。

付き合い始めてほんの二週間くらいのことだったかと思う。昼時だったので、僕はしょうが焼きの定食、彼女は卵のサンドウィッチを注文した。

そして、食べ終わる頃、ユキは僕に言った。

「ごめんね、先に言っておきたいことがあるの。えっと、別にこれが友達だったらたぶん言わないと思う。でも、シュウ君には言っておきたいから、言う。」

ユキは息を整え、続ける。

「あのね、えっと、私のおばあちゃんは茨城でお米を作ってるの。お米農家なの。数年前まで、おじいちゃんと二人でつくってたんだけど、いまは、おばあちゃん、一人でつくってる。」

しょうが焼き定食を食べ終わって、お冷を飲み干している時にユキが神妙な顔になって話し始めたから、なにかと思えば、突然おばあちゃんの事を話し始めた。

えっと、なに、それなんの話?って訊こうとすると、ユキは手をパーにして、ごめん、と逆に僕の質問をさえぎった。あくまで話を続けるらしい。なんだかとてもまじめな話のようだ。

「ごめんね、えっと、そう、おじいちゃん死んで大変だから、お米作るの辞めたら?って家族も言ったんだけど、じいちゃんが大切にしとった田んぼだからって、町内の若い人たちに手伝ってもらって、一人でお米作ってるの。腰も曲がってて、大変なのに、辞めないの。」

ユキは俯いて水を飲んだ。

「なんか、勝手だけど、だから、シュウ君にはお願いしたいの。そうやって、ご飯汚く残さないでって。別におばあちゃんの作ったお米じゃないし、どこか別の農家さんのお米だと思うんだけど、なんか、残してほしくないの。なんか、めんどくさい女って思われそうで怖いけど、なんか、シュウ君は特別っていうか、まあいっか、で適当にしておきたくない。君に私のいうとおりになれっていうことじゃなくて、私が大事にしたいことを、君にも知ってほしい、っていうか。なんていうか、その、んー、あー、だめだ。自己中だよね、ごめん、あーないわー。ごめん!今のなしね!なし!なんか重いよね、こんなこと言われるの。ほんとごめん!エゴだ!」

ユキのころころと表情が変わっていく様子を見ながら、僕は話を聞いていた。食べ方に関してはたしかに、母親にも何度か注意されたことがあった。けれど、別に気にしてこなかった。

でも、こういう感じで付き合ってる子に言われると、なにかが違う。悪いことしたなって思った。謝るユキを尻目に、もう一度箸をもち、残った十粒くらいの米を食べた。

「いや、なんかごめん。気を付ける。」


「いや、なしだよ!今の話なし!だって別に私のおばあちゃんのことは君には全然関係ないもん!私の感情論だし、改めて考えたら、ただの押し付けだった。ごめんね。」

「なんかその話聞いたら、残せない。その話聞いた後で残せるってどんだけのメンタルだよって思うし。それに、一緒に食事してるときに、ユキが嫌な思いするのいやだし。」

ごく自然な流れで「ユキ」と初めて呼んでいた。

恥ずかしくなって慌てて水を飲んだけど、さっき飲み干したばっかりだったから、氷がからんと鳴った。ユキも「ユキ」と初めて呼ばれた事に気づいたらしく、彼女も少しぎこちなく水を飲んだ。でも、同じように水がなくて、氷が鳴る。二人同時にすみませんお冷くださいってお店の人に言って、二人で笑った。

その日から、僕は食べ方を気にするようになった。そして、それは今でもずっと続いてる。なんなら、茶碗に残った米を見ると、この時のユキの怒ったような困ったような悲しいような顔と、お冷を頼む時の笑顔を思い出す。

ユキはとても正直というか、まっすぐな子だった。そのうち、僕もユキのように、ユキには思うことをちゃんと言うようになる。

その分、お互いぶつかることも多かったけれど、喧嘩のたびに、どちらからともなく、少しづつ歩み寄れたような気がする。でも、ユキの方が「そういうこともあるよね」と、歩み寄ってくれた事の方が多かったのかもしれない。

そして僕達は、17歳の高校2年生になった。


梅雨の晴れ間。休み時間。屋上で、ユキが作ってくれた弁当を食べていると、彼女が話し出した。

「ねぇ、高校1年の美術の授業の時のこと覚えてる?シュウも私も同じオブジェ描いてたんだけど。」

少し考えて思い出した。確かに校内の石のオブジェを描いた。僕は、ユキのおばあちゃんの米を咀嚼しながらうなずいた。最近、米のうまさが分かってきた。

「私さ、あの絵をみて、シュウすごいって心の底から思ったの。私は、正しく描けるのかも知れないけど、あんなに面白くは描けないよ。だから、すごいと思った。あ、でさぁ、実はあの絵、こっそりスマホで撮影してたんだよ、付き合う前から。きもいでしょ。」

「うわっ、ストーカーじゃん」

僕は大袈裟におどけてみせた。

「うん。まあ、否定はしないかなっ」

ユキは笑う。

「でも、なんであんな風に描いたの?誰が見てもただのアッシュグレーの石なのに、なんでシュウは黄色や紫を使おうと思ったの?」

ユキはそう尋ねてきたけど、もう1年くらい前の話だし、なんでああ描いたのかなんて、あの時じゃないと分からない。

でも、ユキはずっと僕の答えを待っている。はぐらかしても、追求してくるパターンの時のやつだから、観念して思い出してみる。

あの日、校内を歩き回ってモチーフを探し、あの場所に行き着いた。なんの石なのか改めて石のまわりを歩いてみると、作品名が書いてある。たしか「五つかもしくはそれ以上の世界」みたいな名前だったと思う。題名長い。石で5つの大陸を表しているのだという。

大陸ってことは、あのあたりが日本なのかな、じゃあこのあたりがオーストラリア?これがアフリカで、あ、なんかアフリカの下のさきっちょに希望岬?ってあったっけ?なんかあったよな。スマホで調べてみる、喜望峰と紹介されてる。Wikipediaでさらに調べてみる、ポルトガル人の香辛料貿易の最短ルートがなんとかかんとかって、こんなこと調べてる暇じゃない。描かねば。

石を描きながら、貿易商たちの旅路や現地の人たちとの交流を想像していた。じゃあ、あの火縄銃もカステラもこの喜望峰を通ってきたんだろうか。信長はそれを知ってたんだろうか。でも大変だよな、毎日毎日来る日も船に乗って。陸地が見えたときは嬉しかっただろうなぁ、俺だったら叫ぶな。

「だからなんか、石描いてたら、自分が船旅を終えて他の大陸にやっと到着したような気分になって、で、なんか、こう、色がついちゃったんだと思うよ、多分。だからあれ、題名つけるなら、船員が見る世界、みたいな感じ?」

ユキは、プレゼントの包み紙を親に綺麗に開いてもらうのを、楽しみに待つ子供みたいな目をして聴いてくれていた。

僕が話し終わると、悔しそうな顔で、そして諦めたように言った。

「んー。やっぱり私さぁ、シュウのことも、あなたの見てる世界も、大好き。」





秋冬へつづく


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