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檸檬狐と、ちんててちん。





先週、スタバでさぼっていた時の事。



最近はスーツで働いていると暑いから、テラス席でゆずシトラスティーのアイスを飲んでいた。スタバの向かいにある畑の、夏みかんの木の周りをアゲハチョウが飛んでいて、ようするに、どちゃくそに田舎でのさぼりの時間だったのである。

アゲハチョウかあ、夏がくるなぁ。そう僕はつぶやくと、なつはアイスクリンが食べたいちや、と、すぐ近くで僕のつぶやきに同調するような声が聞こえた。いや、アイスクリンって、さすがに売ってないでしょ。昭和にもほどがあるでしょ。と、僕はちょっとニヤつく。♯あのころ駄菓子屋で、の世界観じゃないか。あ、アイスクリンご存知ですよね?知らない方は今すぐ検索してそして戻ってきて!

このスタバにも、地元のおじいおばあがやってくるから、おじいおばあが呟いたのだとおもった。周りを見るけれども、テラス席には僕以外誰もいない。走ってる車の会話が聞こえたのかなぁ。そう思いながら、ゆずシトラスティーに手をのばす。ふにっとする。

ゆずシトラスティーのあたりがふにっと暖かい。ゆっくりと手元を見ると、二匹のとても小さな檸檬色の狐がゆずシトラスティーのカップに背を預け、オニキスのような瞳でこちらを見上げていた。トールサイズのカップと同じぐらいのサイズの狐。そして僕の右手は、右側の狐のお腹のあたりを、ふにっとしている。

腹触っとるぞなもし

右側の狐がいう。左側の狐が、けるかるけると笑う。いや、春風怪談じゃないですよ。

なるほろなるほろ、この子達は狐に見えるけれど、イタチかもしれない。狐にしては小さすぎるし。野生のイタチがゆずシトラスティーの香りにつられて集まってきたのかもしれない。そういえば、かばんの中にカラメルビスケットがあるから、それを与えてみよう。カラメルビスケットは、目に入れても痛くないくらい好き。そして、こんな近くで野生のイタチが見られるなんて、大変に俺得な状況だわい。カラメルビスケットの封を開けてイタチの前に置く。

なんぞなそれは

ええ匂いがするちや

左右のイタチたちは、ビスケットを見つめて鳴いた。そして右側のイタチが、それはそうとイタチじゃねぞなもし、とも鳴いた。

あ。

こりゃ。

なんかいよいよ仕事のストレスが真骨頂に到達している気がする。ポケモンの進化みたいに、肩こりが幻覚と幻聴に進化しているんだろう。カタコリーがゲンガグーに進化しとるわけだ。いやしかし、運転も仕事の一部だから、さすがに幻覚と幻聴はいかん気がする。

気づかないうちに、そんなに自分が疲れていたなんて、なんだかショック。けっこうショック。めっちゃショック。僕はスタバのカップをそっと取り、店を後にした。二匹の狐がごろんと転げてごっつんこして、

いたいぞな
いてえちや

と、聞こえた。聞こえないふりをした。


神社。
すこし冷たい風が本殿から参道を吹き抜けてきて、葉桜をさらさやさややと鳴らす。鈴みたいな心地よい音。石畳の参道をゆっくり歩き、本殿の前で、手を合わせる。自分の呼吸を感じて、ゆっくり目を開ける。だいぶ落ち着いてきた。参道を戻る。鳥居で振り返り、本殿に一礼。今日は、鍼灸に行ってゆっくり風呂にでも入ろう。よし、じゃあとりあえず会社にもど、手水舎に何かいるっ。

鳥居のすぐそばの、手水舎の縁に何かがいる。水のそばで、先程の檸檬色の狐が二匹、談笑している。いやいやいや、いかんと思う。こんなに落ち着いた状態でまた見えてはだめだと思う。落ち込む。

僕はどうしようもない気持ちで、鳥居のところから、その狐二匹をしばらく見つめた。左側の一匹がジェスチャーを交えながら、もう片方の狐に何かを必死に説明している。よくわかんないけど、たぶん好きな果物の話をしているような気がした。名前が思い出せずにああだこうだというふうに説明している。そして、その狐が好きな果物が、僕には分かってしまった。

パッションフルーツ。僕は呟いた。

そう、あの種がちぷんちぷん弾けるが、たまるかっ

必死に説明していた左側の狐は、僕のつぶやきに反応してパッションフルーツを称賛する。

おんし、そのぱっしなんとかちゅうええもんちくと買うてきてはくれんかいのう

左側の狐は、僕に向かって言う。もう一匹も僕を見つめている。どう答えたらいいのかどうか、そもそも答えていいものかどうか分からずに、僕は黙る。なんなんだいったいこれは。なんなんだ。どういう感じのやつなんだこれは。ちょっとよく意味がわからん。意味わからんなりに、一歩づつ手水舎に近づいた。それを、二匹は何事もないかのように見つめてくる。あくびすらしている。

のう、そのぱっしなんとかちゅうのは高いがやろうか

左側の狐が、僕を見上げながらもう一度訊いてきた。右側の子は、手水舎で濡れた右手を丁寧に舐めている。檸檬色の透き通るような黄色の毛色。てのひらに乗るには、すこし大きいぐらい。

まあ、今の時期だと、まだ出回ってないと思います。季節じゃないので。

僕は二匹をじろじろ見ながら、なぜか敬語で応えた。

じゃあ、あとあれはもってはおらんのかのう、あの、ましゅめろうというやつは

手を舐めていた右側の狐が思い出したように言った。そのましゅめろうに左の狐も反応して、そうじゃそうじゃましゅめろうもたまるかっ と、言う。

えっと、ま、ましゅめろう?えっと、その、人ですか?

ちがうちがう、白くて真綿の布団のような西洋の菓子のこと言いよんよ

ましゅめろう、、あ、マシュマロかな?

ましゅめろうぞなもし

あ、まぁ、はい、えっと、英語の発音だと、たしかにマッシュメロウなんですけど、日本語だとマシュマロが一般的なんですよ。

しらんわい、それで、ましゅめろうは高いんか?

多分100円くらいだと思いますけど。いや、っていうか、いいですか、その前にちょっと、いいですか。

なんぞな

えっと、その、幻覚なんですかね、あなたたちは。

わしらは、ましゅめろうが食べたい

いや、その、ましゅめろうは今はないんで。まず、いいすかね、まず、その、あなた達はその幻なんですよね、おそらく。触ったら消えるタイプの。

さっき腹に触ったぞなもし

まあ確かに、ふにっとはした。確かに。僕はもう一度右手で恐る恐る二匹の狐の背中を撫でてみた。思ったより柔らかい毛。高級な筆みたいな、生まれたての子猫みたいな、不思議な感触。

イタチじゃの、筆じゃの、猫じゃの、おまんらはなんでも別のもんに決めつけんと気がすまんのか、忙しいのう、そんなこたどうでもかまんき、ましゅめろうが食べたいちや


あーもう、なんか無理。幻と見るほうが説明が難しい。とりあえず触れるし。柔らかいし。温かいし。なによりしゃべるし。昔ファービーっていうぬいぐるみのおもちゃがあったけど、ファービーよりも正しくよく喋る。そういえばファービーって電池無くなってくると片目ぱちくりさせてたな、きもいおもちゃ、きもちゃ。

とりあえず僕は、車でマシュマロを買いに行くことにした。車に乗ると、いつの間にかダッシュボードに二匹が寝そべっている。いつの間に。5分前行動にも程がある。

コンビニで、100円のマシュマロと自分のコーヒーを買った。車に戻ると、狐たちが大興奮で僕を待っている。よくこういうチワワがスーパーの駐車場におる。車の窓よだれだらけにするチワワ。あ、また別のもんに例えてる。確かに忙しい。

コンビニのすぐそばの、住宅地の中にある小さい公園に来た。ベンチの上にマシュマロの袋を開けて置き、僕はその横に座る。

どうぞ、ましゅめろうです。そう言って僕は、珈琲を飲む。やっぱりセブンイレブンの挽きたての珈琲が一番美味しい。

ひっさしぶりじゃのうっ
そうじゃっ、へえさしいわい

おもむろに、マシュマロに飛びついて、両手で掴むと、二匹は立ち上がってマシュマロをふにふにしながら円を描くように回り始めた。

マシュマロをふにふにしながら高く掲げたり、ふにふに低くしたりふにふに右にふにふに左に、ふにふに回してふにふに振って、な、なんなんだろうこれは。マシュマロアコーディオンふにふに盆踊り。なんかきまずい。なんか謎の儀式が20センチくらいの距離で行われるのはきまずい。転職した会社の出社初日の朝礼で紹介されないくらい気まずい。

あのぅ、えっと、食べないんですか?

やかんしーわい、ましゅめろう知っとん?

あー、まぁ、知ってますけど、まぁ、あの、ちょっと、僕とはちょっと、違うっていうか、はい、まぁ、いいです、大丈夫です。

狐たちは首を傾げてマシュマロの踊りを再開した。僕は珈琲を飲みながら、しばらくそれを眺める。





いや、意外に、実に、長い。

もう十二周目。






ちん ててんちん てんちちちん



ちん ててんちん てんちちちん




ちん ちちんてん ちちてんちん




ちん ちちんてん ちちてんちん




あまりに長いので、心のなかでマシュマロ踊りにぴったりなリズムの、小太鼓と鈴を演奏していたら、

変な拍子はいらんけん

と、注意された。思うだけで注意をされるという不条理。しかも結構ぴったりリズム合ってたし!変ではないと思うし!僕は無言で珈琲を飲む。もう何も考えない。けれども、視界の端にはマシュマロアコーディオン盆踊りがちらつく。ちんててんちんって思いそうになる。いかん、考えてはいかん。だめ。だめよ、だめだめ。思えば思うほどちんててんちんてんちちちんなのである。たまにマシュマロの袋を踏んでカサッて鳴って、かさっかかかさかささささって鳴って、やっぱり、てんちちちんじゃないか、合ってるじゃないかと思って、僕は笑いをこらえながら、空の高いところへ視線をそらす。

通りすがりの人が見たら、会社で辛いことがあって、ベンチで涙をこらえている男性に見えたかもしれない。マシュマロ散らかして泣いてるサラリーマン、何があったのだろうか、と僕なら思う。



しばらくして、踊りを堪能した狐たちはマシュマロを置いて足をだらんと前に投げ出して腰掛けた。そして、お腹の上においたマシュマロを、両手で抱え、もすもすもすもすもすと、かじって食べている。僕は珈琲を啜る。

にーよ、だんだん

まっことたまるかっ

二匹は感謝や感想を述べた。

いや、はい、喜んでもらえてなによりです。それで、その、おふたりは、何なんですか。一体その。

まあ、いろいろあるがやけど、いまは、おまんと一緒におる。そういうことやき。のう、おまんは願いはあるが?

そういうことやきって、、え?願いですか?え、なんか、叶えてくれるとかそういうのですか?

願いは、あるが?

いや、いきなり言われても、分かんないですね。

あんねや、あんたは命をしよんよ、したいこと、ねがいごと、いっちしんから大事ぞなもし



命をしよる。確かに。したいことが一番本当に大事。確かにっ。でもすぐには、自分の願いが出てこないことに驚いた。不平不満はたくさんあるのに、願いがない。そんな自分にいまさら気づいた。


人は、あの雲見たら願い事するけんど、
おんしゃあ、何願うがで?



マシュマロを置いて、今までとは違う声色で、狐が言った。二匹は、空を手で指し示している。





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虹色の雲。彩雲が出ている。さっきまで出てなかったのに。この子達が出したんかな。


にーよ、あんたがしたいこと手伝おわい

おんしのちかくにおるき



風が吹いて、ましゅめろうの袋が飛びそうになって、あわてて袋を押さえる。

あれ、

え?


檸檬色の狐は、いなくなった。

食べかけのましゅめろうが、ふたつ転がっている。





























🤘    🤘




noteの友人の娘さんには、様々なものが見えるらしいです。樹木の精だったり、様々なものが。

その娘さんがnoteの僕のアイコンを見てくれたようです。そしてどうやら、見えたそうです。娘さんいわく、僕の頭の上には、2匹の黄色の狐が居るらしいのです。

その狐たちは、僕がしたいことを、させてくれる狐だそうです。マシュマロが好物の狐だそうです。

コメント欄でその話を読んでから、ずっとそのことを書きたかったのですが、なぜか全然書き進みませんでした。

満月の昼に、やっとかけました!
たのしかった!





ましゅめろう見たら思い出してねっ


だんだん

おおきに








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