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駅のトイレ。【転】

未神は立ち上がり、逝上に訊いた。

「その、どんな感じなんですか?ここって。」

「んー。まぁ、見てみるのが、一番早いとは思うんすけど、まぁ、すごく不思議なんすよね、ここ。例えばこの部屋で言えば、ほら、床の間の柱あるでしょ。それっす。」

逝上が床の間の中心にある柱を指差す。
そして、未神さんその柱の匂い嗅いでみてくださいよ、と続けて言う。
未神は怪訝な顔をしながら柱の匂いを嗅いだ。見た目は普通の木なのに、なんだか、おばあちゃんのような匂いがした。

「えっと、おばあちゃんみたいな匂いがしますね。」未神が感想を言うと、逝上が少し笑いながら答える。

「ああ、なるほど。まあ、そうっすね。実はそれ、白檀なんすよ。高級な線香とか塗香とか、匂袋のもとになったりする木っすね。いわゆる香木っていうやつっすわ。ほんの少しで香るので、昔からかなりの高値で取引されてます。現在でも高級です。その香木を柱として使うって、かなり贅沢なんすよ。かなり。まあそんな感じで、すごく贅沢というか不思議な家なんすよ。とりあえずは、一通りみていきましょうか。なにかの手がかりになるかもしれないし。」

それから二人は奥へ続くふすまを開けた。
奥の間には囲炉裏があり、火が焚かれ、その上には鉄瓶の湯がひゃうひゃうと沸いている。囲炉裏の周りには光沢のあるウグイス色の座布団が四枚ある。春慶塗りの盆には、急須と湯のみが用意されている。
部屋の隅の段ボール箱ほどの大きさの漆塗りの箱には、黒塗りの椀がいくつか入っていた。さっきの部屋と違い、電球の明かりはなく、囲炉裏の火と、和紙を張った行灯の明かりが部屋を柔らかく照らしている。ふたりは頷きあって、次の部屋に移動する。


右隣の部屋へ移った。そこは土間になっていて、調理器具がある。台所だ。立派なかまどがあり、薪には火が灯っている。御釜からは、香ばしい匂いがしている。どうやら米を炊いている最中のようだ。

「うまそう。なんか、theニッポン!って感じで懐かしいっすよね。」逝上が言う。

「懐かしいっていうか、かまどとか御釜とか、初めてみましたけどね。あ、こっちには電気炊飯器もありますね。」

未神が食器棚の方を指差すと、銀色の蓋の、白い鍋のような家電製品があった。

「え?それって炊飯器なんすか?なんかただの圧力鍋かなんかだと思ってましたわ。」

「これは、東京芝浦電気という会社が世界で初めて開発した、自動炊飯器なんです。こんな新品な状態なのは珍しいですよ。だって戦後十年ぐらいで作られたんじゃなかったかなぁ。たしか。」

「東京芝浦電気って、聞いたことない名前っすね。」

「いや、絶対聞いたことありますよ。現在の東芝の前身です。」

「へぇ、あ、確かにTOSHIBAって書いてますね。すげえ。未神さんって、そういうの詳しいんすね。物知りだなぁ。なんでっすか?」

「一応これでも、電気メーカーで働いているので。」


未神は照れながら答える。
そんな話をしながら、ふたりで勝手口を出て、家の裏へ出た。


納屋のような建物があり、なかには車やバイクが停められている。そして少し離れた右奥には、木造の建物が2つ。牛が数頭と、馬が数頭飼われているのがぼんやりと見えた。

納屋の裸電球を点けると、どの乗り物も綺麗に磨き上げられていて、金属やヘッドライドがピカピカと裸電球の明かりを反射している。


「さて、未神さん、どう思われますか。これ。」

逝上が言うと、未神は腕を組んで考え始めた。それを見て逝上は続ける。

「この自転車なんですけどね、イギリスのロードスターっていう初期型の自転車なんすよ。これより前の世代の自転車って、ほら、車輪がやたらでかいやつっすよ。だから、やっと今の自転車っぽくなってきたぐらいの商品っすね。自転車が高価だった時代には、一家に一台あれば富豪!みたいな、そういうステータスみたいな感じだったらしいっすよ。」

逝神が語ると、なんども未神は頷いて口を開いた。

「お詳しいですね。なるほど。じゃあそれは大正あたりの自転車ですね。ちなみにこっちのバイクは、スーパーカブです。蕎麦屋とか新聞屋の。でもこれは、初期型のカラーリングなんです。最初に作られたスーパーカブですねおそらく。そしてこっちは、トヨタのカローラ初期型。えっと、たしかカブが1958年。カローラがたしか、1966年発売なんです。カブもカローラも、当時の庶民たちのステータスでした。だからこそおかしいんですよ。いくら環境がよくても、屋外の納屋なのに、こんな新品同様の状態はありえないですよ。」

「乗り物にも詳しいんすね、未神さんすごいっすわ。あ、あと俺も同意見っす。保存状態が良すぎなんすよ。そしてどれも、当時の時代の最先端を行っていたものばかり。さっきの炊飯器もそうっすよね。なんなら100年くらい経ってるのもあるって、やっぱり違和感しかないっすよ。まるで、経年劣化が起きないみたいな感じっすよね。よし、じゃあ次は、ちょっと風呂の方にも行って見ましょう。さっき俺が見た時は湯船に湯が沸いてましたわ。」

ふたりが暗闇の中、風呂の方に歩いていく。風呂は納屋と同じように、家屋とは独立して作られていた。厚い板で囲われた二畳ほどの広さの建物に、木の引き戸がある。そこを開けると、人がひとり入れるほどの木桶があり、温かで心地よい湯気がたちのぼっている。五右衛門風呂だ。桶の下部は土で塗り固められていて、外で薪を炊いて湯を沸かしている。湯船のそばに置いてある手桶には、湯が入っていて、湯船の湯も少し揺れている。たった今だれかが湯加減を見て、湯を汲んでちょっとその場を離れた、というような雰囲気だった。

「風呂場は、なんか、案外普通ですね。」未神が言う。

「まあ、僕たちからみるとそうかもしれないですけど、家に風呂があるっていうのは150年くらい前の人間からすると、贅沢なものだったかもしれないっすよ。」逝上が答える。未神が、なるほど、と言う。


「あとは、あの、便所です。」逝上が、風呂場を出て、20メートルほど離れた土壁の小さな建物を見ながら言った。そして少しだけ黙ったあとに付け加える。
「でも、悪いことは言わないので、夜はあそこには近づかない方がいいっすわ。」


「え?なんでですか?なんか手がかりあるかもしれませんよ?」

「いやあ、あそこはマジでやめたほうがいいっす。坊主が真面目に言う言葉は聞いとく方が得っすわ。いや、徳を積むのほうの徳かなぁ。ははは。」

「いやいや、ただでさえわけわかんない状況なんで、ちゃんと理由聞かないと納得できないですよ。僕、実は駅のトイレからここに迷いこんだんです。だからトイレ繋がりで、あっちに戻れるかもしれないし。」
そう未神が言うと、逝上はきつねのようなにんまりした笑顔のまま語りだした。

「ほら、さっき俺言ったじゃないすか。俺、ヒトとか、獣とか、モノノケとか、そういうのしょっちゅう関わりがあるんすよ。ヒトっていうと、生きてる人間も、死んでる人間も、霊体も、幽体も魂も全部含めたヒトってことっすよ。でね、世の中の怪異みたいなものって、いろいろ混ざってるんすよ。砂鉄みたいにいろんなものが寄り集まって怪異が出来上がるんすよ。で、俺はそういうのを浄霊したり、除霊したり、封印したり、滅したり、まぁなんか、いろいろやるんすよ。でも、ほら、それ以外のもんもおるんすわ。ヒト 獣 モノノケ それ以外が。」

未神は、笑顔のまましゃべる逝上のことを薄気味悪く感じながら話を聴いていたが、結局なんで行ってはいけないのか、それを言わないので、逝上に問いかけた。

「いや、じゃあ、あの便所には何がいるんですか。」

逝上は、笑顔を消して、真顔で言った。

「……神です。おそらく古代の。…あの、ちょ、ちょっとこれ以上は、ちょっとやめましょう。まじで。」逝上の態度が変わり、便所から目をそらし始めたので、未神も怖くなってきた。とりあえず、部屋に戻りましょう、と逝上に提案する。


ふたりで囲炉裏のそばに座り、沸いているお湯で茶を淹れながら話す。

「マヨヒガって、えっと、僕は2ちゃんねるで見たんですけど、元ネタがあるんでしたっけ。」未神がゆっくりと茶を湯のみに注ぎ、逝上に湯のみを手渡しながら訊く。

逝上は合掌して、茶を受けとり一口すすり、話し始めた。

「マヨヒガは、柳田國男が集めた昔話“遠野物語”に出てきます。柳田は岩手県の遠野市でこの話を聞いたらしいんすわ。山の中ではありえないぐらいの、大きな造りの家で、黒塗りの門まであります。で、一般の東北の家庭にはありえないような備品の数々が並んでいて、まるで、理想郷みたいな書かれ方をしてるんすよね。当時の人々の“理想の家”みたいな、そんな感じだったのかなぁと思うわけです。」

「なるほど、理想の家か。たしかに、そんな感じはしますね。それぞれの時代の、最先端を集めたような、そんな感じの備品ですよね。自転車にカブにカローラに、自動炊飯器、鉄瓶、黒塗りの椀。あとは、風呂も牛馬も。」

「そうっすね。だから、俺が思うに、なんか、ここ、時間という縛りがないように思うんすよね。で、現代のものはないじゃないですか。液晶テレビもタブレットもスマホも、最先端を集めるわりに、ないんすよね。だから、俺の予想なんすけど、たぶんここって、現代の人間が来てないってことなんじゃないすか。おそらく、カローラ、えっと1969でしたっけ?それを最後に、人間はここに来ていないように思うんすよね。」

「カローラの発売は1966年です。たしかに2000年代の備品は見当たりませんね。っていうか、スマホとかタブレットとか、めちゃ古くないですか?まだそんなの使ってる人とかいます?」未神が少しだけ笑う。

逝上は不思議な顔をして、未神を見た。未神の言葉の真意がわからなかった。スマホやタブレットが古い?そうなのか?俺が遅れてるだけなのか?いや、でもiPhoneも売れ行きは依然好調で、転売のやつらも、YouTuberのやつらも買っている。古いという感覚は、逝上にはない。

逝上は、なにかに気づき、驚いた顔をして、慌てて未神に質問をした。

「あのう、ちょっとつかぬことをお聞きするんですけど、未神さんって、何年生まれっすか。」

「え?2021ですけど。え?逝上さんもだいたい同じぐらいですよね?」

「まじすか…2021っすか。…東京オリンピックの。」

「そうらしいですね。もちろん僕はリアルタイムで見たことないですけどね。」

「あの、えっとね、あの、ちなみにね、あの、その、俺は、その、2021からここに来たんっすけど。」

逝上がそう言うと、未神は目を見張って彼を見た。







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リレー小説 駅のトイレ。【転】です!
カラスどんにパス!
ノールックなのに全力キックでパス!!!!

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