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こんなふうに P7(jの花びら)

絵を掛け変え終えた頃にちょうど他のゲストも入ってきた。

「オニオンスープが美味しかったからまた来たの」
おじさんの描いた絵がさっそくゲストの関心を集めている中
女性が紙袋を持って入ってきた。中には近くのパン屋さんのカラメルデニッシュが入っているようだ。蜂が蜜を抱えてとろけているような香りが漂う。

「昨日も来てくれたんですねありがとうございます」
「盛況だったわね。喫茶店のつもりで過ごしちゃったんだけれど、帰りにもらったメニューを見たら驚いちゃってね。とりあえず今日はゆっくりさせて。」

お店で配っているメニューはちょっと変わっている。

MENU
price・・・・・3,000円~1,000,000円
金額内訳・・・50%アーティストへ
       50%目的資金(食べられない人の食料になります)
絵の価値・・・購入金額の50%になるか100%になるかは
       あなたの想い次第です。
レンタル・・・月に5000円
       事務所や会社のロビーをギャラリーにして下さい。
       絵の交換可能です。
コーヒー・・・・・100円
オニオンスープ・・100円

女性はデニッシュを頬張って
1時間ほど「舞い上がる花びら」を眺めていた。

真っ黒な背景に
あらゆる花びらが一同に舞い上がる80号の画には
100万円の値札が付けてある。

店内に入ってクルヒトノ目を奪うのは
値札のおかげか
はたまた存在か

・・・・・・・

「値段を付けることの善し悪しはあるよな」

準備中に交わした会話だ。

けれど自分たちが値段を聞かれてから金額を言い、交渉していくなんてとても出来ることじゃないと思った。それにこれはjの超大作でどこまでも必要なこれからの活動になくてはならない象徴だった。

・・・・・・・

早朝5枚の絵を持ってきたおじさんは鉛筆を握って店内をうろうろしていたが続々と入ってくるゲストが自分の作品に興味を持って近づくのを見てソワソワしだした。

中でも空を泳ぐチンパンジーの絵が人気で6人ほどが眺めていた。おじさんが最初に見せた「アンチヒューマン」と言う題名の絵には人と自然の逆転が描かれているのに対して「goチンパー」と言う名のそれは、色合いもタッチも迫力のある物だった。

・・・・・・・・

オニオンスープを飲んだ女性はロングジレをひらりとさせて立ち上がると、カウンターでオニオンスープを作っていたpにカップを渡しに来た。
「美味しいわ。もう1回頂きます」
パンツのポケットから100円を取り出してカウンターに置く。
ブラウンのリネンシャツとセットアップで涼しげだ。
「それでね。私が買ってもいいんだけれど、それじゃあ・・・
ちょっとつまらないわよね」
pはスープをすくったばかりのお玉を落としそうになるくらい驚いて
「えっ?あの絵を?買えるんすか?」
と聞いてしまった。女性は柔らかくカールした髪をひと撫ですると、
「でも自分の家に飾るのがもったいないのよ。どこか、たくさんの人の目に触れるところがいいわよね」
と言って後を振り返り店内を見渡した。
なじみの良くなった音楽が壁を伝ってゲストの体にまとわりついていた。yuukiが慎重にスピーカーを調節している。
「待っててください」
pはそう言うと慌てて人混みに入りjを連れてきた。
女性はすぐにあの絵の作者だとわかり、
「私は麗子です。あなたは?」と聞いた。
「ジェイです」
カタカナで応えるj。
「あなた女性みたいね」
「よく言われます」

真顔で立つjの瞳は美しかった。短パンから覗く、がに股に骨張った足と、しゃがれた声以外には、男性的な要素がないくらいにjは色白で小綺麗な顔立ちをしていた。細く長い髪を後ろで束ねているが小さなおでこの生え際から覗く産毛まで女性ホルモンを感じさせた。

jは他にも数枚の絵を出し、昨日のうちに売れていたことを聞くと麗子は、「みんな、あなたに会ってから絵を買っていった?」
と聞いた。
「そ、うですね。一応、挨拶はさせてもらいました」
「そう」
・・・・
「あなたに会った瞬間の、変わる感情を確認したんだけれど・・・」
「はあ」
「あ、小説でも音楽でも、作った人の顔を見ると感情が変わるじゃない」
jの表情が厳しくなった。
「ごめんね。でもそれってあると思うのよ」
「・・・・・・」
「どんな人の絵でも気に入れば買うわ。でも、
あなたに会わなければ、この絵は買わないかもしれないな」
「・・・・・・・」

言葉を出す気のないjの気持ちに寄り添ってpが質問をする。
「どうしてですか?」
「う~ん。なんか怖いのよ この絵。いつの時代の人か分からないけれど
そばにずっといるみたい」
「わっホラー」
通りかかったパコが思わずはしゃぐ。

「花びらの色を毎日確認した方が良いわよ。勝手に変わるかも」
女性は二マッと笑って絵に会釈をした。

「あなたの情熱と、揺らぎがココに転写されているのね」
「・・・・・」
jの口は開かない。
「優しい花びら」
女性は左の指で線をなぞるように空(クウ)を撫でた。

「jさんの心の絵なのよ。独り占めすると怒りそう」
「誰が怒るんすか?」
「この絵がよ。だから買うのは止めるわ。ここはいつまで?」
「この絵が売れたら3ヶ月は活動できたのに」
気を持たせた大人への文句をパコが言ったがpは
「適当な試算をするなよ。明日です」と言った。
「その後は?」
「・・・jの家に・・・帰ると思います」
「どこに飾って欲しいのか、この絵にちゃんと聞いた方がいいわよ。
闇雲に売らないこと」
「ちゃんと聞けと言われても」
pはjに視線を向けるが、jはもう背中を向けている。
「じゃあどこならいいんですか?」
パコがムキになって麗子に近寄る。
・・・・・
「そうね。。。。空とだったら。。。見合うかも」

桜・藤・シクラメン・クリスマスローズ・カサブランカ・カーネーション・薔薇・向日葵・キキョウ・アヤメ・マリーゴールドにハナミズキ。
春夏秋冬の花盛り。
現実には出会わないはずの花びらたちが一同に地上から暗黒の空へ舞い上がり、すれ違いざまに言葉を交わしている。

メンバーは神妙に顔を見合わせ

そして

「舞い上がる花びら」を見上げた。


「ちょっと誰か手伝ってくれよお」
朝からいるおじさんの方は絵の説明に追われてパタパタと忙しそうだった。


P1から⬇

P8⬇



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