見出し画像

37日目

タイトル、「37日目」は、今日(10月3日)が留学から37日目の日だから。
出発した日から1、2、3、、と数えて、まだ37日しか経っていなかったことに、少し驚いた。

というのも、毎日が、非日常のように感じる。
しっかり地に足がついている感覚はあるのに、まだ夢の中にいるようなふわふわした感覚もあるのだ。

今日は、風が強くて、雨の日。
せっかく買った flying tiger のドット柄の折り畳み傘は、壊れることを予想してリュックから出ずに終わった。わたしに必要だったのは、傘よりもフード付きのジャンバーだったんじゃないかと思えてくる。

今日は、初めてのインターンの日に、遅刻した日。
余裕をもって到着するはずが、予定時刻を過ぎてもバスが発車しなかったり、超安全運転だったり、最終的に故障で途中で降ろされたり。
「It's not my fault」を合言葉に、目的地まで背筋を伸ばした。遅刻しても。

留学は、思いがけないことばかり。って書くと、よくいるヤングなナウい感じのヤツになっちゃう気がして嫌だ。

わたしは、留学に対して目的も目標もゴールも意気込みも期待も持てずに、諦めモードだったし、持とうとしなかった反抗期の子どもでもあった。
小学生のころから憧れ続けた「留学」というものに対して、こんな態度でしか向き合えない自分のことを何度も嫌になったし、第三者に汚されているのか、自分で汚しているのかすら、こんがらがるほど、わたしの心は傷ついていたし、自暴自棄にもなっていた。

帰国しようとした。
でも、別に帰国する目的もなかった。
留学する理由もなければ、留学しない理由もなかった。リトアニアにいる理由は無いけど、日本にいる理由もなくて、だったら今さらあれこれ変更するのめんどくさいし、飛行機13時間とか疲れるし、流れに乗ってここにとどまろう。てなかんじで落ち着いた。

ちゃんちゃん。

そんなモチベーションでの異国生活。
授業がない初週を、おじいちゃんおばあちゃんのように規則正しすぎる早寝早起き模範生活で乗り切り、大学のコーディネータに「やりたいことがない」とごねた結果、次の日の Old Town 散策に(ほぼ強制的に)行くことになった。
今思えば、この日がすべての転機だった。
この日、集合場所までのバスで、乗り方がわからず(難しいわけじゃない)おばあちゃんに怒られ、途中下車し帰宅しようとしたものの、降りたバス停が集合場所付近だったため諦めずに済んだことは、そうなる運命だったのかもしれない。

この日、アルワと出会った。
彼女はカザフスタン出身の同い年の女の子。
スペインやらポルトガルやら、パリピな人が多い留学生の中で、その日アジア人はわたしたち2人だけだった。
アルワはたくさんのことを話してくれたけど、わたしは0.3%くらいしか彼女の英語を理解できなかった。今だから笑って謝れるけど、当時はこれでも真剣だった。

アルワは留学生のイベントすべてに私を誘ってくれた。
「一緒に行こう」って。
毎日がイベントの一週間をあわただしく過ごしたのち、初めて、ひとりぼっちで死にそうなくらい寂しかったことに気が付いた。

それからというもの、あれよあれよといううちに、毎晩毎晩UNOを飽きずに遊びまくる仲間ができた。
最初は全員、国籍がバラバラの5人だった。
カザフスタンから来たAlua、インドから来たDevika、ドイツから来たAlex、トルコから来たNuray。
その後、新たにトルコから来たMerve、カザフスタンから来たAdilya、ポルトガルから来たLuisaも加わった。にぎやか。

みんなで過ごす毎日は楽しい。
日本にいたときよりも近い距離に友達がいる生活は、毎日に刺激をプラスした。

いい刺激も、悪い刺激も。
日本にいたときは、それぞれ独立した家に住んでいたから、わたしの生活は誰にも邪魔されないし、また他者の生活も、わたしには何の影響も持たなかった。
でも今は、部屋の玄関とシャワーとトイレと洗面所を2人で共有し、キッチンを9人で共有する生活。わたしの生活が他者に影響を与え、また他者の生活がわたしに影響を与える。
それでも、もともと日本で海外の生活文化に触れる機会が全くなく、あったとしても日本側のマジョリティで乗り越えてきたので、そこまで感じることのなかった刺激は、予想以上におもしろく、笑えるものだった。

わたしたちがぶつかる問題、たとえば、シャワー後の髪の毛やら床がびしょびしょやらという問題。キッチン使用中の爆音の音楽。共有スペースで騒ぎすぎパーリーピーポー。キッチン汚すぎる。夜遅くまで隣人が遊んでてうるさいなどなど。
全部が全部、わたしがぶつかっている問題ではないけど、問題をあげればきりがない。共同生活だから、自分が改めるものもあるだろうし、相手にそれを求めることもあると思う。わたしの友達はちゃんと声に出して伝えていた。それでも、染みついた文化による行動や思考を簡単に変えることは誰にとっても難しく、彼女は愚痴をもらす。
国が違えば、文化も違う。
食べるものが違えば、好む音楽も違う。
清潔感覚が違えば、生活ルーティーンも違う。

一方でわたしはというと、本当に、本当に違うんだなぁと、その違いにぶつかったからこそ、違いを違いとして認識して、楽しんでいる。たとえばシャワーの後、髪の毛が大量に落ちていて、床が濡れていても、「、、なるほど」と、逆に感心した。
わたしは、平和主義者なところがあるので、揉め事とか基本したくない、揉めるくらいならひっそり姿を消します、という性格なので、「あれしたら嫌がるかな」「傷つくかな」を何重にも考えてしまう。相手が本当にそう感じるかは、一切知らないのに。
だからこそ、言い方が雑かもしれないけど、相手のことをそこまで深く考えず、とりあえず好きにやって、何か問題が起これば対処する、このような考えが自分にとって新鮮で、毎日触れることができて楽しい。
いいなーこの考え、と思いつつも、まだまだ周りの目は気になるし、わたしのように傷つけば傷つくほど、嫌になればなるほど、相手にそれを伝えられないっていう性格の人もいるとは思う。
なるべく周りにも気を遣って、でも好きにやりたいことを完全に我慢する必要はないよね。

わたしが人の文化にあれこれ思ってみることもあるとして、わたしが言われる立場になることもしばしばあって。
それ面白い、それはダメ(注意)、それ不思議、それ良いねとか。
日本っていいねって思うし、日本ってダメだね、と思う。
海外に行く醍醐味、五感でいっぱい感じてます。

自分が感じるだけじゃなくて、他者から日本ってこうだね、ああだねって言われること、自分の国はこうだよ、ああだよ、って話してくれることで、たくさん気づけることがある。
くだらない話もできる仲の友達が、ふとしたときに話してくれたこと、咄嗟にする判断や行動、日常的な振る舞いや生活習慣が、大きな発見につながることもある。
このチャンスは、ただ旅行に行くとか、数週間の研修とかに比べて断然多いと思う。だって生活を共にしているんだもん。毎日会うんだもん。

驚きと発見に満ちていて、違いに苛立ったり、うまくいかないことをどうにかしようとすることはないかも。けっこう平和に過ごせてる。
わたしのなかでは、留学生含め周りにいるひとりひとりの行動が「あ~なるほどね、そうなのか。ふむふむ」で処理されてることが多いので、ぜんぶ面白い。interesting の方ね。

てことは。
今までにもけっこうな頻度で、自分は関与していない問題や物事にかなりイライラしてきたんじゃないか。
たとえば、今日、バスが途中で故障して途中で強制的に降ろされたけど、その時点でもう遅刻確定だったから、これ日本だったら「なにやってんの、も~(怒)」となっていた。
でも今日はわたし自身冷静だったし、驚きはしたものの、「こういうことって本当にあるんだ」と、この事件に遭遇できたことをちょっと喜んじゃうくらい、そして先述の通り「It's not my fault」を合言葉にしていたおかげで、自分自身には余裕があって、気持ちもちゃんと落ち着いていたな、と。

日本では自分でどうにもできないことにイライラしたり怒ったりしてたな。
おそらく、一回の遅刻だけでいちいち怒られたり厳しくコントロールされたり、それだけで自分のすべてが決まってしまうみたいな風潮がここにはないことも、わたしが楽に過ごせている要因としてあるとは思う。

みんな汚いし、みんなうるさいし、みんなだらしないし。だからとりあえず好きにやって、何か問題があればそのとき対処しよう。(再放送)
そういうことなんだと思う。
その価値観や、そういう風があるのは、今のわたしにとってすごくありがたいことだった。

こんなに長く書くつもりじゃなかったけど、長くなりました。
価値観とか、文化とか、日本人同士でも難しいのに、って思ってたけど、むしろ「日本人」っていう共通事項があるからこそ難しくなることもあるんじゃないかなと思ったりなんかして、、。
わたしはここに来てその「違い」とか「常識・非常識」ということを、いい意味で吹っ切れて、フラットに、客観的に考えられていると思う。
ここに書いていないいろんな出来事がわたしの周りでたくさん起こっていて、たくさんのことを経験して、感じて、学んで。
そして、これからも。
あと3か月くらいは留学は続くと思うから、今後自分がどうなっていくのか、どんなことを経験してどんなことを考えていくのか、自分でも楽しみにしながら、また一か月後、気が向いたら&時間があればnoteに書こうかなと思います。

長い!(いつも)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?