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初恋は、初恋のままがイイサァ。

その夜ボクは、世田谷の住宅地の夜道を1人歩きながら、沖縄の『おばあ』に言われたセリフを反すうしていた。それはそれは染み染みと。


時が経っても色あせない初恋の記憶 。

幼い日の記憶は、時間が経つにつれてぼやけがちだが、初恋の記憶だけは鮮やかに心に残る。

しかし正しくは、今のボクには「残っていた」過去形になる。


ボクは保育園時代、クラスメイトのアイコにひと目惚れをした。

保育園のクラスの中でボクは少し特殊で、ヒト前では一切、声を出すことが出来ない子どもだった。(場面緘黙症) 入園してから卒園までの3年間、担任先生の出欠確認に対してさえも、無言の笑顔でアイコンタクト。

ほぼ誰とも、一言も「声」を交わさなかった。

そんなボクが、熱い秘めた思いを募らせた女が、アイコだった。

彼女の笑顔、彼女が奏でる鍵盤ハーモニカ、そして彼女の優しさ。それら全てがボクの心を捉え、時が経ってもその想いは色褪せることがなかった。

幼き日の出会いと別れ

ボクは卒園前の「おわかれ遠足」で、アイコにプレゼントを渡す決心をした。

数日前、保育園から帰った際に、いつも通る大きなクヌギの木の下で見つけた、みたことないくらい大きな どんぐり。

遠足で向かった水族館、チャンスが来た。昼食のお弁当を食べ終わったアイコが、一人で芝生に生えたシロツメクサを摘んで遊んでいる。

なんて美しいんだ…

ボクは勇気を出して、でもやっぱり無言で、一緒に花摘みを手伝い始めた。卒園後はアイコとは別の小学校になり、二人が離れ離れになることが分かっていたし、ボクにとって、その時それが最後のチャンスになることを知っていた。

ボクは出し抜けに、ポケットに入れていた どんぐり をアイコに無理矢理手渡した。

「えぇ!?どんぐり ⁈ おっきくてキレイやなぁ。どこでひらったん??」

ぼくは恥ずかしくなって、とりあえず芝生の上を、無言で指さした。そこには どんぐりの木なんて一本も生えてもないのに。

アイコへの想いは初恋の甘酸っぱい記憶として心に残った。

時を経て変わる自分、変わらぬ想い


成長するにつれ、ボクは多くのことを経験したが、アイコへの想いだけは変わらなかった。

専門学校を卒業し、仕事を転々としていたボクは、友人に勧められて、その当時流行り出したFacebookをはじめた。

するとFacebookを始めてから1週間後、20年前の初恋の相手、アイコからの『友達申請』が届く。胸が高鳴った。ウソだろ。そして間髪入れずDMが来る。

「久しぶり。ワタシも東京にいるんだ。こんど夜、ご飯でも行かない?」

ぼくの人生はここがフィナーレなのか…。ここがどうやらクライマックスらしい。ありがとう。ほんまにありがとう。神様。人生はなんて素晴らしいんだ!!

友人の前で実際そう叫んでいた。

そして、20年越しの初恋の、決勝弾どんぐり返しを叩き込む決心をした。

再会への道

Facebookでアイコの現在の様子を知ることができた。

アイコは東京で美術館キュレーターとして働いており、地域の子供たちに絵も教えていた。

ボクは、アイコに連絡する勇気を出し、二人は数週間後に中目黒の割烹料理屋で会うことになった。

20年の時を超えた再会

再会した日、ボクはアイコを見た瞬間、幼い日の記憶が鮮明に蘇った。菅野美穂か?と見間違えるくらい美しい女性になっていた。

アイコもまた、ボクを覚えており、二人の間にはすぐに昔のような親密さが戻ってきた。

ボクはアイコに、20年間の想いを告白した。アイコは驚きながらも、ボクの真剣な想いに心を動かされ、二人はゆっくりと流れる中目黒の夜を堪能した。

ボクは20年前の、どんぐり坊やの悔しさを忘れてはいけなかった。ここで絶対ゴールを決めるんだ。

(ボク)「…朝まで、一緒に過ごせないかな?」

(アイコ)「!?…。きょうは、今日はだめだよ…。来週、ワタシの部屋に来て。…ね?」

アディショナルタイムはスコアレス。
しかし延長戦突入! いやもうこれはサドンデスPK。 

決めればいいだけだ。

時を超えて、腐る愛


それから1週間後の金曜日。
いつの日も決戦は金曜日である。

夜、ボクは伝えられた住所のマンションまで向かった。アイコの部屋だ。

駅を降りて、途中のスーパーでシャンパンを買った。

扉のインターホンを押すと、エプロン姿の菅野美穂が出てきた。いやアイコだ。

どうやらボクのために手料理を準備してくれていたようだった。
なんだ、ただの幸せか…。今日ボク、死ぬのかな?と本気で思った。

お土産のシャンパンを手渡し、ボクは迎えられたリビングのソファーに腰をかけ、心を落ち着かせるように部屋を見渡した。


美しく整った部屋だった。

だが、少しだけ、違和感があった。

めちゃくちゃデカい、65インチのテレビよりもまだデカい、ホワイトボードがあったのだ。

(アイコ)「ご飯の準備もうすぐ出来るからね!ごめんね! あと、今日、会ってほしい人がいるんだ!もうすぐ帰ってくるから」

ん? 帰ってくる?

「ガチャ」「ただいまー!」
「あっ おかえり!もう来てくれてるよ。」


ええ⁈
えと、 ええと、ええ!?

ボクは うろたえた。

(男)「アイコの彼氏です。こんばんは。今日はありがとうございます。さっそくですが、食事の前に、先にセミナー始めさせていただきますね。」

(ボク)「は、はぁい。」

そこから先は、よく覚えていない。

さっき違和感を感じたデカいホワイトボードがどうやら大活躍していて、そのアイコの彼氏というやつがぼくに何やら、ピラミッド構造の理解のなんちゃらかんちゃらを熱弁してくれている。

ぼくはまた言葉を失って、声を失っていた。
ただニコニコしていた。あの頃のように。


彼のセミナーが終わり、ぼくは言われるがままに書類にサインした。

アイコも、アイコの彼も、すごく喜んでいた。

食事は、まるで味がしなかった。いや、きっとすごく美味しかったんだと思う。


すべてが終わり、2人に見送られ、部屋を出るとき、アイコが何か言い忘れてたのを思い出してボクに声をかけた。

「あ、今日の会費、2,000円やねん…。」



帰り道の風が清々しく、今思えばサウナ後の「外気浴」のようだった。

まとめると…


落ちた実は、拾って食ってはいけない。

初恋がくれる純粋な想い出は、時を超えても色褪せることなく、大樹から落ちた実として、時々思い出しては、愛でて眺めて…。しかし食ったらアカン。
その果実の甘味の期待を、一生、脳内だけで味わせてくれる。

それだけでいい。それだけでよかったのだ。


最後に名シーンを。

⚫︎NHK連続テレビ小説「ちゅらさん」
78話「おばぁの秘密」ネタバレ

おばぁ「恵里。」

恵里「ん?」

おばぁ「初恋はね 実らんでもいいさぁ。」

泣けてくる

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