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期待

世間では、かなり盛り上がっていたWBCのお話、というよりむしろ大谷選手に関連する話です。うちの妻も、試合のある日は、スマホにかじりつき、実況中継を僕にしてくれていました。

ただ、世間が盛り上がれば盛り上がるほど、なんか気持ちが冷めていく自分がいます。なるべくぼくにコメントを求めないで欲しいなともおもっていました。熱く盛り上がっている部分に水を差すようで、申し訳ないなと思うのです。昨年から、テレビをほとんどつけなくなりました。
昨年、総理大臣が射殺された事件がありました。悲痛な顔をしていても喜んでいるようにしか思えないメディア関係者、うんざりしたのです。

でも、スポーツはいいですよね。
陰謀論も出にくいでしょう。何より大谷選手の活躍は多くの人たちに感動を与えたと思います。ただ、一度、見なくなったテレビが、かかっていると雑音に思えてしまう。
ところで、
大谷翔平選手のインタビュー記事興味深い文章を知人がシェアしていました。

このくらいはやってくれるだろうという想定とか期待ではなく、計算されている選手としてどういう成績を出すのかというところがプレッシャーになると思うんです。期待されているうちはプレッシャーはありませんからね。頑張ればいいし、期待してくれてありがとうございますというだけの話でしょう。やっぱり計算されるようになってくるとキツくなるし、なおさらちゃんとやらなくちゃという気持ちが出てきます

Number  WEB

期待されているうちはプレッシャーはないんですって。レベル高っ!!!

この話を聞いて、ちょっと思いました。
僕はずっと転職シーンに身を置いています。人材をスカウトすることもあるし、実際に採用としての立場でも至り、組織の人事のコンサルティングもしています。
自分自身の仕事しては、結果をある程度求められます。コストをかけてご依頼いただきますから。

転職支援をしてきた目線から見ると
ある一定の経験や年齢から急に、
「期待します。」という部分から、
どんな結果をこの人材は出すのか?
というように変わる境目があります。
この境目以降が大谷選手の言うところの「計算」ですよね。

自分自身が計算されている人材か、
期待されている人材か。

自分の企業は社会から計算されているか。
期待されているか。

そんな目線で見てみると面白いかもなあと思った次第です。

実は、僕は自分自身が作ってきたキャリアをかんがえると、
背中に変な汗が出てきて、
「どうぜ、いま、おれが、こんなことはじめても(無理)
このせかいにとびこんでも(無理)」
という無理のオンパレードが心の中にたくさん浮かび上がります。
が、それをぎゅっと押しやって、奮起しているのです。





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