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いまさら真面目に読む『美味しんぼ』各話感想 第13話「日本の素材」

 「初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素がある…そんなSNSの噂を検証するべく、特派員(私)はジャングルへ向かった… 


■ あらすじ

 フランスから高名な料理批評家ジャン・モレル氏が来日し、日本国内の各界著名人等を集め歓迎パーティを催すこととなった。モレル氏の著書の中で三ツ星の評価をもらうことが料理人にとって「最高の名誉」というほどの権威だ。そんなパーティでは自然と話題は料理のことになり、モレル氏には日本の料理店の評価を聞いてみたくなる。しかし、モレル氏はジョークではぐらかす。第5話「料理人のプライド」で登場した三ツ星シェフもそうだが、『美味しんぼ』に出てくるフランス人は非常に日本人に対して辛口である。恨みでもあるのか?
 パーティのメインテーマは、日本を代表するフランス料理シェフたちが集い、一品ずつ特別な料理を振る舞うというもの。自ずと「日本のフランス料理の水準」が試されるという趣向である。しかし、これは相当な自信がないとやってはいけないのではないだろうか、リスクが大きすぎる。場合によっては日本で得た名声が一夜にして吹き飛ぶまであるのだが、シェフたちはよほどの勝算があるのか、それほどモレル氏に認められるのが栄誉なのか…うーんわからん!しかし、客は「こんなぜいたくな会は、フランスでも開けないでしょうね!?」と大喜び、モレル氏に絶賛されることを確信している。

驕ってんなあ~

 今から見れば、というか漫画的に見ればフリにしか見えない発言を「バブル期の日本」「ジャパン・アズ・ナンバーワンを信じている日本人」という時代背景に沿って展開している著者の腕は見事だ。シェフたちが次々と、自分のスペシャリテ(得意料理、必殺技)を振る舞う、エクルヴィスのサラダ、鴨フォアグラ・鶏肉・兎肉のテリーヌ、スズキのパイ包み焼き…一皿ごとに顔が曇っていくモレル氏とは対照的に日本人客はひたすら美味しい美味しいと盛り上がっている。そして講評、となるわけだがモレル氏は
「実に美味しい、見事としか言いようがない」と絶賛…?客は「日本のフランス料理もこれで本場に認められたことになる!」と大興奮。しかしモレル氏は続けて
「大変に美味しい…がしかし最低の料理です」と上げて、落とす。それも奈落の底まで。モレル氏の酷評の理由はこうです。

要するに「お前らのはうまく出来たコピー品だ」ということです

 しかし、鬱屈とした感情が一旦爆発したモレル氏はこれで収まらない。「今日の一件で日本人の味覚がどの程度のものかよくわかりました」と侮辱・挑発。『美味しんぼ』のフランス人はこれだからよぉ…戦闘民族なのかお前らは。日本人シェフへの苛烈な批評は「そらそうでしょ」と流していた山岡も、この一言で静かにブチギレる。「今度は俺にモレル氏を招待させて下さい」
"日本人の味覚"に喧嘩を売ったモレル氏、その喧嘩オレが買った!ということだろう。「モレル氏の味覚に挑戦です。日本人の味覚を賭けて!」

 山岡がモレル氏に対抗する料理人として指名したのは行きつけのマチのビストロのシェフであった。高名なシェフたちが散っていったというのに、フランスで修行したこともない若造、関上くんでほんとに大丈夫なのか?山岡は前回のパーティでモレル氏を感動させられなかった要因のひとつを「食材選び」と「技法」と分析した。確かにパーティの席でシェフたちはフランスでは最高とされる食材を集め、空輸までし、フランス料理の技法を巧みに駆使して美味しい品を作った。でもそれだけだ。フランス人のモレル氏にとっては、やはりコピー品にしか思えないのも無理はない。しかし関上くんは
・江戸風蒸し鮑の技法を使ったアワビの白ワイン蒸し冷製
・すっぽんのコンソメスープ
・アユのホイル焼き、スダチを絞って
という日本の食材・技法をエッセンスとして取り込み、日本ならではのフランス料理を提供してみせた。一品ごとにモレル氏は驚き、喜び、そして圧倒される。 

「大事なのはフランス料理の材料じゃない、その精神です」

 何をもって◯◯料理の精神とするか、ものすごく抽象的で掴みどころがない話ではあるが、モレル氏はこのようなその土地ならではのフランス料理を求めて日本にやってきたのだ、ということがわかる。モレル氏は相当高い期待をしてくれていたんだろうな、と物語る一コマである。その期待が裏切られたらそりゃあ「日本人の味覚がどの程度のものかよくわかりました」なんて憎まれ口がその反動として出ちゃうのも無理からぬことでしょうね。
 そして、メインディッシュは
・山岡が無限の経費を使って手に入れた長崎の短角牛のモザイクステーキ
モレル氏はこの肉の質にも圧倒されたが、肉の味を最高に高めているソースに特に心を奪われる。居ても立ってもいられず厨房へ押し入り、「このソースの秘密を明かせば三ツ星をあげます」「さあ教えてくれ!」と迫る。
 この食の権威・モレル氏に我を忘れるほどの興奮を提供しながらも、マチのビストロのシェフ・関上くんは静かに「ノン、教えられません…ソースの秘密だけは…」と断る。モレル氏の授ける三ツ星は料理界のスターとなることを約束する手形であるのに!関上くんのお断りにも感銘を受けたモレル氏は正気に戻り「ふーむそうか、そうだろうな」と引き下がり、改めてこの席を設けてくれた山岡に感謝して楽しい宴席は終わる。
 ちなみにソースの隠し味は醤油一滴、だそう。今となっては「普通じゃね?」と思うけど、当時としては画期的だったんだろう。そして日本の食材に日本の調味料が合うのも道理。今でこそフランス料理というのは和食のテイストをふんだんに取り入れたり、和食に限らず世界各地の料理や食材を取り入れて再解釈・再構築・ミックスアップするのが当たり前になっているが、1980年代には奇抜な発想だったのだろう。

■ 何故かモテる栗田

 モレル氏が栗田を気に入るシーン、速攻でseppun!!(*実際に唇をつけるわけではない、念のため)
 この語句は「こんにちはお嬢さん、いやなんと可憐な!」と訳すのが直訳だけど谷村部長はモレル氏のテンションや心情を汲み取り粋な意訳をする。
*Bonsoir じゃなくていいんか?

谷村部長ォ!フランス語ペラペラなんですねえ!惚れるわ…

 気に入られた栗田はパーティの際、モレル氏の隣に座るよう誘われる。大原社主も悪気はないのは100%わかるのだが、現代ではもうちょっと迂遠な言葉のチョイスが必要になるだろう。ちなみにこれから栗田はモテにモテまくる。そりゃあそうだ、と現段階では誰もが思うだろう。だってかわいいもん。*でも回を追うごとになんでこんな女が…と思う一幕があったりして複雑だ。

事実かもしれないが現代ではセクハラになるかもしれない

 まあ実際、大原社主が隣りにいるより22歳新卒カワイイ栗田が隣りにいたほうがテーブルの雰囲気も和らぐだろうし、間違ったことは言っていないのだが、間違っていないことと社会的な正しさは決してイコールではなくなった現代では背筋が凍る発言だらけだが、まあこれくらいの軽口とワガママなら許してやるかなっていう懐の深さをお互い持っていたいものだ。

■ 本物とそうでないものとは…?単純二元論への導入

 パーティの最中、「究極のメニュー」づくりの進捗がはかばかしくないことを大原社主に尋ねられての栗田の一言。

多分、「本物」なんて失われ続け、改良され続け、そして今があるんですよ

「いい加減な食べ物が氾濫している今だからこそ、本物の材料というところに重点を置くべきだと思うんです。」
その提起に大原社主は「本物は一度失われたら二度と戻ってこないからな」と肯定し、時間がかかってもいいから後世に継承する価値のあるものを見つけて、取り上げなさいと言うのであった。
 ここが『美味しんぼ』の将来の路線を決定づけるもので、本物vsニセモノ・いいかげんな食べ物、という単純な二元論世界にすべてを落とし込んでいくことへの宣言であるように思う。

■ 本物とはなにか

 皮肉にも、本物とは本場で評価されている食材・技法を指すものではない、とモレル氏が語る回で「究極のメニュー」が考える本物の定義があらわれてしまった。今後の回でより明確になるのだが、「究極のメニュー」的な本物とは、昔ながらの製法・材料で作ったものであって、安価・大量+安定生産でつくったものは悪なのだ。(第10話「舌の記憶」のブロイラーの話しかり)この時点では絶対にダメとまでは言わないが、養殖等の生産性を重視したものは味が劣り、養殖の過程で自然環境にダメージを与えているという前提で物語が動いている。ではその昔ながらのやりかたで1億3千万人の胃袋を満たせますか??という疑問はスルーして、美食や健康を追い求めることが出来る比較的裕福な特権層だけが『美味しんぼ』イズムについていくことができる、という構図はものすごく不穏で、もしかしたら『美味しんぼ』価値観戦争が起きるかもしれない。
 というジョークはさておき、栗田らが「本物」と認めるものも、おそらく過去には別の「本物 -1.0」なんかを駆逐してきて地位を確立しているわけですね。技術のブレイクスルーってそういうもんです。口噛み酒やどぶろくから長い年月から諸白そして澄酒が生まれ、今日に至る清酒の原型が作られたわけだが、じゃあその最鋭たる純米大吟醸なんかは「本物」ではないと言うのだろうか。あんな化学的芸術を極めた酒は世界にもそうそうないだろうが…

色々考えさせられることの多い回でした。やはり初期の『美味しんぼ』はいいぞ。そして今後の展開につながっていく「本物」論争の始まりも少しずつふくらんでいき、目が離せません。
ということで、今回はここまで。


◆ 今さら読む『美味しんぼ』

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◆ 私の本業は…

・実は、本業は…
 私の本業は観光促進、移動交通におけるバリアフリーを目的とする組織のイチ職員で、食い物のことに関しては偉そうに話せる立場にないんです。≠鉄道オタク の視点で、日本の鉄道はこれからどうなっていくのか、特にローカル線って維持するのがいいの?すべきなの?っていうところを考えるためのマガジンも出しています、もしよろしければ是非以下を…
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