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いまさら真面目に読む『美味しんぼ』各話感想 第5話「料理人のプライド」

 「初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素がある…そんなSNSの噂を検証するべく、特派員(私)はジャングル(LINEマンガで30話ほど無料!)へ向かった…


■ あらすじ

 ランチタイム、それは仕事の休憩の枠に留まらず、人生に潤いを取り戻してくれる貴重な時間…であると同時に、何を食べようか、オフィスの周りの飯屋はたいがい行き尽くしてしまった、どうしようと頭を抱える時間でもある。そんなときに助けになってくれるのは社員食堂。お手軽便利で安価、それが美味であれば何も言うことはない。今回の話は東西新聞社の社員食堂から始まる…

 東西新聞社の社員食堂はよそからも人が食べに来るほど評判がよく、栗田ら文化部女性社員三人衆も舌鼓を打っている。なんでも大里良夫という腕の確かな若いコックが入ったそうで、三人衆らが「いい腕してるわ」「いつまでもがんばってね」と褒めると少し気まずそうに下を向く…どうしたことだろう。
 ところは変わってとある料亭。文化部谷村部長、富井副部長、山岡、栗田がフランス人シェフのルピック氏をもてなしている。氏はパリでミシュラン三つ星のレストランのシェフを務めており、当然ながら大の食通である。今回の接待にあたって、東西新聞社側は松阪牛のサシミを振る舞い、ルピック氏もこれには感激。しかし富井副部長が松阪牛は世界一の牛肉だと吹聴するのは、フランス人ルピック氏はおもしろくない。お次はヒレの網焼き、箸でちぎれるほど柔らかく、これもお気に召したようだ。富井副部長の世界一煽り以外は。ルピック氏は松阪牛の旨さに脱帽したようで、内臓料理を所望するが、高級料亭でいわゆるモツを出すことはないと聞いて氏は大笑い。「日本人は肉の食い方を知らない」「一番美味しい部分を捨ててしまうなんて。」「内臓の味がわからないのに肉の味のことを言うな!」と富井副部長の煽りに痛烈なアンサーを返す。これまで静かに(しかし無愛想に)肉を食っていただけの山岡がそこでモツを食わせる店に連れて行ってあげると誘う。喧嘩腰ではない普通のお誘いだ。珍しい。
 山岡がルピック氏を伴っていったのは場末の大衆居酒屋だった。高級料亭からの落差が激しすぎる。注文したのはモツ煮込みとチューハイ、いかにも安い取り合わせだが、モツ煮込みには丁寧な仕事がなされており、ルピック氏も美味さに驚くが、日本人も内臓を美味く食うと認めてしまうと日本を世界一だと認めることになってしまって、それは氏のフランス人としてのプライドがそれを許さない。美味い料理を紹介したのに不機嫌になられるとは、まこと接待は難しいものだ。

This is フランス人ステロタイプ

 所変わって、ジャック・ルピック研修会。なんじゃそりゃ。あ、東西新聞社が後援している。そういうつながりで接待してたのか。ここで初めてわかった。この研修会とテストで最優秀と認められると、パリへ料理留学へ行けるのだそうな。その参加者の中には、東西新聞社の社員食堂で働いている大里良夫の姿があった。大里良夫は無事一次審査をパスし、最終審査へと進むが、大里が山岡の知り合いだとわかるとルピックはいきなり態度を硬化させる。

三つ星シェフ心が狭い…大里の「えっ…」が悲しい

 フランス料理の命であるソースでルピック氏を納得させられなければ、合格はさせてもらえそうにないし、氏はそもそも日本人には無理だろうと侮っている。ルピック氏は過去に何度か日本を訪れているから、偏見ではなく実際に物足りなさを物足りない経験をしたのだろう。(と思う。)山岡は自分の知人という理由で、社員食堂からより広い世界に飛び出したい大里の足を引っ張るマネは出来ない。そこで大里を牧場へ案内し、そこで選びぬかれた「グランプリもの」の牛から搾乳したての生乳を生クリームとバターをつくってもらう。
 大里はその生クリームとバターを使って、最終審査の課題に臨んだところルピック氏の心を打つ。「完璧だ!」とまで称される。ルピック氏は山岡の手引であることを察し「憎たらしい男だ。」というが、美味いものを紹介する度に憎まれる、今回の山岡は損な役回りだ。

激賞される大里、よかったねぇ

 果たして、大里は最終審査にひとり合格し、早速パリへと旅立っていった。そしてルピック氏は山岡に一つ置き土産を残していく。それは生ハムの塊肉だ。一口食べた栗田はその味、香りに圧倒される。山岡は「本当に、肉の食い方については、日本は、フランスには及びもつかないのさ。」とルピック氏に乾杯を捧げ、この話は終わる。

■ 問題提起っぽさのない回?いやいや富井副部長が…

 と、思いきや富井副部長が「酒乱」「舌禍」キャラの片鱗を見せ始めている。その根幹にあるのは、当時の典型的な「世界の嫌われ者としての日本人像」(著者の解釈においての)だ。1964年の東京オリンピック、1970年の大阪万博、バブル経済高度成長期の頃、日本人は「エコノミックアニマル」と呼ばれていた。金儲けはガッツリやる、儲けた金で欧米の文化遺産(絵画、美術品)、はてはNYの土地まで買う。大勢の団体で海外旅行に押し寄せて行っては、マナーのない行動で顰蹙も買う。買えるものなら何でも買い、プライドだけが肥大していった。そうした行いを指して「アニマル」と呼ばれ(著者解釈において)、経済規模では一時アメリカを抜いて世界一の国にさえなったというのに、ついぞ国際社会の信用や尊敬を得るには至らなかった。最近でも似たようなことをしている国が嫌われてるね… 富井副部長はそういう意味でとても「エコノミックアニマル」的日本人である。この話が連載されていた1980年代中盤はバブル経済の真っ盛りで、一言で言えば日本人全員が調子に乗ってた時代、富井副部長もお調子者だ。
 日本の肉食文化は当時からかなり高い水準にあったことが伺えるが、やはりフランスとは歴史が違う。WAGYUが広まる以前に、肉食の本場であるとは当時思われていなかったのは仕方のないことで、「日本人は肉の食い方を知らない」というルピック氏の認識は一般的だ。しかし、ルピック氏は偏見に凝り固まって物事を判断する人物ではない。美味いものはきちんと認める。なのに、富井副部長が「日本の牛肉は世界一でしょ!」「世界一でしょ!」なんて一口肉を食うたびに騒いではしゃいでいたら、そりゃあ気分はよろしくない。

谷村部長はほんとうに苦労人、そして理想の上司

 しかし富井副部長が際立ってクソな人物なわけではなく、当時の調子乗り日本人の典型であったのではないだろうか。富井副部長の行動にイヤなものを感じたら、我が身を振り返ってみようぜという著者のメッセージなのかもしれない。

■ 牛乳の生産と供給

 最近…といってももうだいぶ前、コロナ禍などで需要がなくなった牛乳が大量に廃棄されているニュースを目にしたことがある。その牛乳ってどういう経路をたどって、我々の食卓に届いているのか。
 大里と訪れた牧場の主が、こんなことを言っています。

 これは農協出荷に関しては本当のことで、今もそうです。
 Jミルクという、牛乳の情報サイトの資料がわかりやすかったので引用します。まず集乳という段階で、牧場すべての牛の生乳が集められ混ぜられます。牧場もひとつの牧場だけでなく地域の牧場すべての牛の生乳が混ざることになります。その後、ホモジナイズ(脂質を細かく分解し均質化する)殺菌加温、冷却…と様々な人の手が加わってスーパーに並んでいます。

https://www.j-milk.jp/findnew/chapter2/0201.html  Jミルク 牛乳生産の知識より

 このときの『美味しんぼ』はかなりマイルドで、「だから日本の牛乳はニセモノだ!」とか「ダメだ!」とか言わない。牧場主がちょっと悲しそうな言い方をするだけだ。そういう余白の良さが逆に問題意識を刺激する、良い作りになっていると思う。今は自分の牧場でEC等直販を行うこともできますし、良い牛を育てて良い牛乳を売りたいという酪農家の方の思いに技術(主にIT)がついてきたのかなというふうに感じています。たぶんここの牧場はECやりそう。アイスクリーム作って、カフェとかも出しちゃったりして。

■ 今さら読む『美味しんぼ』

 今回も問題提起的な話ではなく、ひとりの青年の旅立ちと、それを手助けし見守る山岡を描く「いい話」でした。このあたりはハードボイルド的なつくりを意識しているのか、山岡は無頼だがカッコイイ。特に今回の話ではこのコマが印象的。

 また次の話も、こんな感じで感想を載せていきます。それらをまとめたマガジンをつくっています。『美味しんぼ』はいいぞ、初期は。

 



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