いまさら真面目に読む『美味しんぼ』各話感想 第23話「接待の妙」
「初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素がある…そんなSNSの噂を検証するべく、特派員(私)はジャングルへ向かった…
*初期っていつまで?というのは実は決めていなくて、嫌いな回=栄養が摂取できない回が多くなってきたらやめようかなあと思っています。それはそれとして山岡さんの鮎はカスやの回はやりたい。
今回はホームレスの辰さん大活躍の回です。
■ あらすじ
もてなしとは、まず相手を知ることから
東西新聞社は慈善事業の一環として、アフリカの飢餓を救うための大々的な募金活動を行うことを決めた。こういったものの大きな金の出どころは一般市民ではなく大企業だ。各部に担当が割り当てられ、文化部が受け持つのは日本でも五指に入る石油会社、大日石油となった。寄付のお願いに罷り越した谷村部長・栗田であるが、大企業であるはずの大日石油の社屋のボロさにまずびっくり、そして掃除夫を雇う金もケチってか、社長の成沢自身が社屋の掃除をしていることにもびっくり。部長・栗田の抱いた第一印象は「ケチなやつ」これは間違いない。成沢社長はそれを見透かしたように露骨な接待の要求をしてみせる。
この要求を部長は呑んで接待をすることになる。部長としては、ケチで有名な成沢社長が寄付金リストの筆頭に載れば、ほかの支援者も気前よく払ってくれるだろうという目論見があった。実にしたたかだ。だからこそ、成沢社長の機嫌を損ねるわけにはいかず、こんな露骨な接待要求も呑むのだ。
そして、成澤社長を客とし、大原社主を亭主に立てての宴席を催すこととなる。選んだ店は立派なつくりの料亭・新川。「ケチの成沢社長が食べたことのないようなうまいものをずらりと並べて度肝を抜いてやれ」との大原社主の指示だ。大原社主は人間としての深みに欠ける言動がちょいちょい見られる。まあしゃーないことだ、大新聞社の社主は多忙で、一件の案件に深く関われないのだから。(注:多忙な様子はほぼ描写されない)
料亭・新川に招かれた成沢社長はその設えの豪奢さ、贅を尽くした料理の数々に「金がかかっていますな」と感想を漏らす。大原社主は我が意を得たりと「それは成沢社長に喜んでいただこうと…」と応えるが成沢社長がここでブチギレ。「私は少しも嬉しくなーーい!!」
へい、ごもっともでやす。
成沢社長は無駄金を遣うのが死んでもイヤだから結果としてケチに見られたのであって、彼自身は意義のあることにお金を遣いたいのだ。それが、飢餓にあえぐ人のために募金に協力してくれと言いつつ、接待で贅をこらした料理を提供するなんてことは矛盾のかたまりだ。「こんな馬鹿な金の遣い方をする人間に金をあずけたら、何をされるかわかったもんじゃない」と成沢社長は激昂し、席を立ってしまうのだった。もてなし、大失敗!
大日石油から寄付をもらえないとなると、部長の目論見も瓦解することになり、戦略を大きく見直さなくてはいけなくなる。頭を抱える部長、社主に山岡はこう言ってのける。
とにかく、もてなしをしようとして逆に怒らせてしまった償いと、成沢社長個人が気に入ったという理由で山岡はとんでもないことを言い出す。いや、これ仕事の一環だからそういう個人的なアレでは、その……
とはいえ、こと食い物絡みの案件では山岡に頼るのが上策である。大原社主も山岡の気風に感じ入るところもあり「私もあそこまでやり込められたのでお返ししたい気持ちもある」と山岡の背中を押すのだった。部長の焦燥も無視して…ではあるが。
山岡が提案したのは、第4話で世話になった浮浪者の辰さんにガイドをお願いしての、ニューギンザデパートの試食・試飲コーナーツアーであった。
これまでに山岡が培った人脈パワーが火を吹くぜ!
辰さんは成沢社長を連れ回し、数多ある出店の中から良いものだけを選んで、食前酒・前菜・メイン・食後酒までみごとにコースを組み立ててみせる。試食・試飲だからもちろんタダで。
さて、そろそろデザートといこうかというところで、成沢社長は「忘れ物だ、ちょっと待ってくれ」といい
「こんなものじゃ罪ほろぼしにもならないだろうが、アフリカの人のために遣っておくれ」と、ビッと小切手を切るのだった。その額1億円。
かっこいいー!
自分の欲することを相手に気分良く為さしめるのが接待の妙であるとするならば、この接待は100点満点、いや1億点だろう。
相手に思いを馳せ、この時この場を二度とないものとして真剣に考え抜いて、心から喜んでもらう。そうした茶道的な接待の真髄の一端を、この回は見せてくれた。私はそう感じていて、この回けっこう好きです。
◆ 理想の「金持ち」像としての成沢社長
成沢社長はアフリカの飢餓を救うための募金と銘打ちながら、スポンサーに贅を尽くした接待をすることを嫌悪した。一方で、辰さんプロデュースの試食・試飲コーナーツアーではタダで満足のいく飲み食いが出来て上機嫌…な話ではない!金の遣いどころをきっちり弁えているところが成沢社長のいいところなのだ…というのが、作者の「金持ちこうあるべし」という理想像の投影にも思える。純金のふぐちり鍋を自慢する成金なんて滅んでしまえと言わんばかりである。京極はんも山岡との出会いなかりせば「間違った金持ち」であり続けただろう。そういえば、京極はんを感動させ改心させた料理を出した「岡星」と山岡を結びつけてくれたのも、ホームレスの辰さんだったなあ…
◆ 「思想」の溢れ出る漫画は悪いものか?
時に押し付けがましく、くどく、脂っこい作者の思想だけれど、思想のない料理漫画なんてつまらないのかもしれない。『将太の寿司』も「寿司で面白いことしようぜ!」ではなく、根底にあるテーマは、味とはもてなしの心の結晶であり、ひとりひとりのお客さんに真摯に向き合うことが大事なんだと説いていると思う。だからこそ笹寿司界隈の人を人とも思わない暴虐ぶりが際立ちネタになる。エンタメ性と思想性のちょうどいい塩梅、それが肝要なのかもしれない。この回はとてもいい塩梅に思えた。
今回はここまで!
・ 今さら読む『美味しんぼ』
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・私の本業は…
私の本業は観光促進、移動交通におけるバリアフリーを目的とする組織のイチ職員で、食い物のことに関しては偉そうに話せる立場にないんです。
鉄道オタクではない 視点で、日本の鉄道はこれからどうなっていくのか、特にローカル線って維持するのがいいの?すべきなの?っていうところを考えるためのマガジンも作っています、お暇なときにでも、是非以下の記事もあわせてご一読くだされば幸甚です。
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