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いまさら真面目に読む『美味しんぼ』各話感想 第4話「平凡の非凡」

 「初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素がある…そんなSNSの噂を検証するべく、特派員(私)はジャングル(LINEマンガで30話ほど無料!)へ向かった…


■ あらすじ

 来ました、みんなだいすき京極はん初登場回。
 京都の長者・京極万太郎氏の所有するルノアールの絵画を、東西新聞社が主催する「印象派美術展」に出品してくださると言うのでお礼の席を料亭で設けることになった。有名な料亭なので、「究極のメニュー」づくり担当の栗田・山岡も後学のためにと同行を命じられる。
 有名な料亭で美味いものを、ということで大変な食通でもある京極氏もご満悦だ。ただし実際に料理を口にするまでは… 品が進むにつれどんどん京極氏の表情は曇り、栗田も「おかしい…」と感じる。時は5月であったが、旬や産地を外した品々に、ついに京極は激昂し「あんたらみたいな無神経な人間には芸術がわかるわけがない。ルノワールをお貸しするのはお断りじゃ。」と席を立ってしまう。
 そこで山岡が「ケツの穴の小さいじいさんだ…」と独りごちて(本人曰く) それが京極はんの耳にも届いてさらに激怒。

第4話より 独り言は一人でいいましょう

 山岡はもう一度、京極はんを納得させる席を設けると申し出るが京極はんは「納得できんかったらルノワールの絵を貸さんだけでは済まさんでぇーッ!」と凄みながらも了承する。第3話の感想で「言わずにはおれないのが山岡イズムだ」としたが、京極はんはものが分からないわけでもない、至極真っ当なことを言っているのに、それにケチをつけるのはただ喧嘩っ早いだけなのでは…とさえおもう。
 紆余曲折はあったものの、山岡の提案でもう一度チャンスをいただいた形。山岡はぶらりと裏路地へ進物の酒をもって入っていく。そこには飲食店のクズかごを清掃しながら、店の余り物をもらって暮らす浮浪者の辰さんがいた。

美味しんぼ初期に活躍するサブキャラ、辰さんはここで初登場

 山岡は駅の地下道で、酒を振る舞い辰さんと席を囲む。辰さんは銀座の料亭やら何屋やらの余り物ばかり食べていて、大変舌が肥えている。そして山岡曰く「店の裏事情にも精通している」。大の食通京極万太郎をもてなすのにふさわしい店はどこか、浮浪者の辰さんに聞きに来たのだ。辰さんから紹介されたのが、『美味しんぼ』作中で山岡と切っても切り離せない関係となる店「岡星」だ。

辰さんのおすすめ、「岡星」これから贔屓になるお店だ

 さて、辰さんのおすすめにしたがって「岡星」にて京極はんをもてなすことになった山岡。しかし京極はんの第一印象は最悪である。「何やチッポケな店やな。こんなところでうまいもんがほんまに食えるんかいなッ。」と、前回の喧嘩腰(しかもその喧嘩は山岡が売りました)を引きずってもいる。大富豪であり、大の食通でもある京極万太郎にとっては店の調度や雰囲気も「食」を形成する要素であるだろう。なんせルノワールの絵を所有しているんだから、美的センスの自己評価も高いだろう。京極はんが町場の小料理屋みたいな趣の「岡星」を見て、訝しむのも無理はない。
 しかし果たして、山岡&「岡星」が用意したのは、「メシ・味噌汁・イワシの丸干しの焼き物」であった。

栗田もびっくり、山岡以外の人間はみんな心臓が潰れるほどびっくりしたに違いない

 みんなが「もうおしまいだ」と大騒ぎするなかで一人、京極はんだけはこの膳を険しい顔をしながらもしっかり検分していた。メシを味わい、産地品種まで当ててみせると、炊き方まで当ててみせる。今度は味噌汁。いい材料を使った心尽くしの品であることをきちんと汲み取る。イワシの丸干しは「ほんまもんの土佐の丸干しや!」と破顔一笑がっつく。
 山岡は京極はんがどのような来歴を持った人物かを調べ、米相場で成り上がった身の上から極上のメシを、そして鰹節、イワシの丸干しに京極はんの故郷高知のものを使い、大いに感動させたのだった。「ここまでうまいメシは何十年食うたことがない、ルノワールいいように使うてくれ」とまで言わせるのであった。この上ない成功に周囲は浮かれ「大手柄だ!今夜はとことん付き合ってもらうよ!」とザギンでシースーの勢いであったが、ふらりと山岡は姿を消し、「岡星」を紹介?してもらった辰さんらと酒盛りをし、独り物思いにふけるのであった。

みんな寝てる。でも山岡は少し思案顔だ。

 物思いしてしまうのは、京極はんに「あんた、海原さんの息子さんちゃうか?」「そっくりなんやけどなあ…」などと言われたからだ。京極はんも遠慮のうガンガン聞くのう、なんで山岡姓名乗っとるんか少しは気を遣わんかい。
そんな展開でこの話はおしまい。 

■ 京極万太郎について

  •  京極万太郎は見た感じは、絵に描いたような成り上がりの金満野郎だ。剃髪メガネ和装という成り上がりでカッコつけたいやつの記号がこれでもかとちりばめられている。しかし実像の京極はんは真贋を見抜く目は確かで、5月にタイ、じゅんさいを出されても一口は食べてみる。これらは地方によって旬が異なるため、急ぎ取り寄せた旬の逸品であるかもしれないからだ。特にじゅんさいについては、5月といえば秋田・青森南部の白神じゅんさいの旬の走りであり、その風味はじゅんさいらしからぬ鮮烈で清純な香気に満ちている。1980年代にそのじゅんさいが、東京まで鮮度を失わず輸送できたかどうかはわからないが、京極はんが一口にせよ舌の上に乗せたのは、そういった可能性を排除せず、味を試す心意気や見識を持っている人物だということを描写しているのかもしれない。しかし実際に供されたものは京極はんのお眼鏡に叶うような品ではなかったため、激昂するに至る…というわけだ。

  •  結構なトラブルメーカーではあるものの、京極はんを憎めない点はこういうところだ。成り上がりものであるのに、食べもせず頭でっかちな知識だけで眼の前の料理を拒絶することなく、まずは味わってみる。それってとても難しいんじゃないかなと思う。成り上がりものは、知識を吸収するのに必死だ。すごく意地悪い席では、季節を外れたものを供されて、口に運んだのは京極はんだけ…みたいなこともあったろう。ほんとうに上流階級の席というのは意地が悪いのだ。京極はんだけが劣った品を口にし、ほかの者はニヤニヤとそれを見て愉しむ。そんな経験だってしたかもしれない。でもまっすぐに自称「食い意地」(しかしハイレベルな)に沿って一口は賞味してみるというところに京極はんの真心を垣間見ることが出来るのではないかなと想像を豊かにしたい。

■ 今さら読む『美味しんぼ』

 とうとう「海原雄山」の名前があたった今回、山岡のリアクションも含めて今後が楽しみなヒキで終わっています。
 岡星での食事後に浮浪者達はみんな酔いつぶれて寝ているのに山岡は独り物思いにふけっているシーンなど、因縁が加速するぜ!
 こういう無言のコマを挿入するセンスは、やはり筆舌に尽くしがたいものがあるのではないかとおもう。

 また次の話も、このテーマで感想のマガジンをつくっています。『美味しんぼ』はいいぞ、初期は。

 



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