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失われた感情を求めて<好きへのプロセス3>愛の告白が怖い

私は、自分の感情探しの為に、期間限定でマッチングアプリを試していた。ある男性とマッチングして初めてのデート。

彼のプロフについていた、追記コメントを見て、私には珍しく共感するところがあり、自分からいいねしてみた人だった。

「節度は守るけど、人に迷惑をかけない範囲で、自分の好きな様に生きてます!」ってところが好感ポイントだった。

すぐにいいねが返ってきて、リラックスした感じでメッセージを重ねたが、あまりに共通点が多いように感じ、とても不思議な感覚を持った。

デートの当日は、リモートワークの日を選び、きちんと女子っぽいワンピースを着て抜けがないように全身チェックして、そわそわしながら目黒駅に出かけた。

夜の時間だったが、初回はお茶と決まっているらしく、あっちもこっちもCafeの席が空いてないから、一旦アトレ前で落ち合いましょう。とMessageがきた。

待ち合わせ場所に向かうと、ソワソワしている彼らしき人が立っている。彼はキレイめスエットのような、ラフな格好をしていた。私はアプリを初めて初のデートだったので、へぇこんなもんなんだ。と思った。

「こんばんは〜」
「あっこんばんは!初めまして!」

スタバでドリンクを買って、夜の小さな公園でお話しする事にしたが、店内を見ると席が無いことはない。ただ彼の気に入る席がないのかもしれないし、色々彼なりのこだわりがあるんだろう、と思って黙っていた。

「写真より全然素敵ですね〜びっくりしました!
 アパレル関係にお勤めなんですか?」
「いえ、まさか違いますよ〜半導体系です。Mさんこそ、こなれた感じが素敵ですね。」
「ありがとうございます。半導体とは斜め上からきましたね。」

45歳同士、初対面の二人が夜の公園でベンチに座るなんて、酷く気恥ずかしい事だが、彼はそんな事も忘れさせるほど、滑らかに淀みなく、キラキラした目と白い歯を武器に、会話を進めていく。

「お住まいこの辺なんですね!近くの人に絞って検索してるんですが、引っ掛からなかったんですよ?!寧ろ、僕の方からいいねしたかったくらいです✨」

あれこれ質問されては、共感や賞賛の言葉を浴びせられて、こしょばゆさを感じつつも、私も頑張って初対面の面子を崩さないよう、テンポ良く応対して、絶妙な均衡を保ったトークを続けた。思えば、SEXでもこんな時があるように感じる。そんな時、これまでの私ならば、その均衡を保ち続ける気力がなくて、耐えきれず逃げ出してた。

彼は、会社員からスタートして、ベンチャー企業の経営側まで経験して、もうやるだけのことはやったと思ったので、独立して人材開発関係の仕事をしているという。今は、目黒の職業訓練校でWebデザインをガッツリ学んでいるとの事。ちょうど私も、本職を辞めて独立する為の収入の柱としてWebデザインの勉強をしてる所だったので、その学校について興味深く話を聞いた。

「一度、ご離婚されたんですよね?」
「はい、そのストーリー聞きたいですか?」
「もしよろしければ…」

10年前ほど前、Mとワイフは都内3LDKの新築マンションを購入し、新婚生活をスタートさせた。同棲当初からどうもワイフの様子がおかしいと感じていたが、ある日Mが起きて朝ごはんを食べていると彼女が起きてきて、
「最近、足りないんじゃない?!」と面と向かってぼやく。
「え?」
「だから!足りないんじゃないの??!!」
「……… 。」

「一体何が足りなかったんですか??」
「彼女をもっと褒めなきゃならなかったんです。」
「え”〜〜〜〜?!嘘でしょ」

よっぽどセレブなワイフだったんだろうと想像された。
Mも初めはマリッジブルーか何かだろうと軽く捉えていたが、それがどんどんエスカレートしていき、毎日責められる様になった。もう家に帰りたくなくなり、家の前のマックで23時まで時間を潰してから帰宅する様になった。しかし帰宅すると夕飯が用意されており、目の前にニコニコ不敵な笑顔で見張られながら、たんまりと夕飯を食べさせられるので、今より10kgも太っていたとのこと。そんな日々に耐えきれなくなって、とうとう1年も経たないうちに、両親も巻き込んで離婚をお願いすることになったが、先方はなかなか受け入れず、多額の慰謝料と新築マンションを譲ってやっと離婚することができたという。

「そんなストーリーは初めて聞ききました!」
「そうでしょう。やっと笑い話にできる様になりました。」
「結婚がトラウマになりますね…」
「パマルさんは結婚しようと思った事はないんですか?」
「若い頃に数回ありますね…」

記憶の中に紛れ込んでいた数人が蘇り、ご両親に紹介された場面や、ラスベガスでドライブスルー結婚しようと企み話し合った場面が、ゆっくりとスクリーンに映し出された。

『いやあ結婚しなくて良かったなぁ。もししていたら、今の私はないんだなぁ。』

私も同じく、異性に翻弄されて酷い目にあった話をしようと思った。
中途採用で入社当初、社長(当時 営業本部長)に寵愛され、どこへいくのにも連れ回されていた。下ネタにも積極的に乗るタイプだったのが祟ったと思っているが、そのうち個人的に誘われ、セクハラを受ける様になった。

終業後に食事に誘われて、人目を盗んではキスされるとか、出張に行ったら彼の部屋で添い寝をさせられるとか。そこまでなら何とか耐えられるレベルだったが、更にエスカレートするのが恐ろしくなって、「彼氏ができた」と嘘をついて、何とか逃れたのだった。

彼はその後、取締役、専務、副社長、社長とメキメキ昇進したが、ある時、糖尿病が悪化して入院・手術をし、一度は死にかけていた。お見舞いに行った時、しきりに「死にたくない。死んで何もかも失いたくない。」と言っていて、若い頃苦労して、やっと上り詰めた上場企業の社長という言う座布団を、どうしても守り抜きたいと言う、強烈な執着を感じたのだった。

そんなことを2、3度繰り返してから会社に戻ってきた社長は、以前と180度変わっており、酒・タバコ・主食の大食いを全てキッパリやめて、ほとんど飲みに行くことも無くなった。趣味は山登りで、毎週末地元方面の秩父の山に登っては、その話をするのでややウンザリしていた。

私が何か気に触る言動をしてしまったのか、彼はある時から私に全く口を聞かなくなった。挙句のはてに、もう直接話しかけるのは止めて、全てMailで連絡するよう手書きのメモで宣言され、ほぼ無視状態になったのだった。

セクハラがパワハラに変わった瞬間だった。

私の後に人事部に入ってきた元スッチーが代わりに気に入られ、現在次長にまで昇進している。一方の私はまだ主任というほとんどヒラの身分のままだった。昇進の道が断たれた事も会社を辞めたい理由の一つである。

「そんな…ひどいですね!!!」
Mは眉をしかめて同情するように言う。
「そんな事もあって、会社を辞めたいんです。もう昇進の進路を断たれたも同然ですので。」

2人が経験してきた事や、ステージ理論的な現在のステージが似ている事から、共鳴するところがあり、私は初日『こんなに自分に似ている人がいるなんて!』と感じ、彼も『何故だか自然体でいられる』とラインでシェアし合ったのだった。

2度目のデートのお誘いはすぐにあり、1週間後に設定した。
目黒の鶏を専門とする居酒屋のようだった。彼がわざわざデートに選ぶのだから、何か目を見張る点があるのだろうと期待していたが、単に早くて安い居酒屋であった。

「正面で向き合うと緊張しますね💦」
「そうですか?私は横に並ぶ方が緊張しました。」

彼は饒舌で、友達のことから親のことまで色々と話してくれたが、インパクトが薄くあまり覚えていない。私がたまに話すと、全てに大絶賛されてまたこしょばい気分を味わった。

食事が終わって5−6千円のレシートが置かれると、彼はそれを奪い取り、お会計を始めた。そしてチラッと財布を持った私をみて「じゃあ2千円で!」とテキパキ言った。

私はこの時、違和感を感じずにはいられなかった。年収600~800万円とプロフにあったが、実質失業中の彼だから、自分で会計を持つのに負担が少ないよう安居酒屋を選んだのではなかったのか?しかもなぜ、こんな少額なのにわざわざ割り勘にするのか?不思議としか言いようがなかった。

そういえば、初回のスタバでも自分の分だけさっさと買って、私がもしブラックだったら、僕の2杯目としてもらえます!ってレシートを差し出されたんだったな。

もし本当にお金がないとすると、どうなんだろう。それでも初デートの時って、大抵みんな印象を良くしたいから、男らしく支払いを済ませてくれるのが普通。わざわざこんなマイナスポイントになることをするからには理由があるのだろう。

①男女対等のポリシーを持っている(フェミニスト?) 
②女性の反応をテストしている
のどちらかが考えられるが、テストされている可能性も考慮し、ひとまず忘れておく事にした。

店を出て歩いて帰る準備をしていると、彼は「ちょっとそこまで送ります!」と言ってママチャリ風の自転車を押しながらついてきて、話の続きを始めた。私は家まで来たらどうしようと警戒しつつ、慎重に歩を進めていた。

途中、彼は自然教育園の前で立ち止まって「あああぁ閉まってる!」と嘆き出した。どうやら夜の公園のベンチに座って話しこもうとしていたようだ。一方の私は、『閉まっていて良かった〜』と胸を撫で下ろした。暗い公園で手を握られて告白されでもしたら…

好き嫌いの前に恐怖心が立ちはだかっているのがはっきりと感じられた。愛を告白され「付き合う」という一種の契約を結ばされるのだ。逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。彼は別れ際、正面に向き合って両手で私の手を包み、アツい握手をする。

「ありがとうございました!ではまた!」
「こちらこそ、ありがとうございました。」

忙しいなか時間をやりくりして、普段着ない服を時間をかけてコーディネートして、全身隙がないように身だしなみを整えて来たのに、居酒屋でご飯して、しかも自分の分は自分で払うなんて、酷くアホらしく思えた。

しかもこのロマンチストなINFP♂さんに、告白され、付き合ってくれと言われた時に、傷つけないでうまく断る自信がなかったし、仮にもし付き合ったとしても、そのうち彼を傷つけ、悲しませることが目に見えていたのだ。

私は、お礼のメッセージの返しを気のないスタンプで、しかも2−3日遅らせた。それを彼は敏感に読み取ったようで、楽天パンダがロケットで打ち上がるスタンプが返ってきて、The ENDとなった。


つづく




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