見出し画像

reply 第5話 「彼の詳細」


――変な同居人が出来た次の日の朝

クラリ
「沙利ちゃーん!起きてるー?」

コンコココン、コンコン、コココン、コココココココココ…

沙利
「…な、うるさ…」

そう叫びながらクラリは寝室のドアをリズミカルにノックした。
あまりにうるさくて、夢の中から一気に現実へ引き戻された。



沙利
「ちょっと!」
「何なのよ、何時だと思ってるわけ!」

寝室のドアを開けて怒鳴りつけると、
しょんぼりとこぎつねの時みたいにうなだれる。

クラリ
「朝の6時。…だけど、」

あまりの落ち込みようで
それを見ていると、自分が何か悪いことをしたかのように思えてくる。

はあ、とため息をついてクラリを見た。

沙利
「あのね。私、今日会社休みなのよ。」
クラリ
「カイシャって。」
沙利
「会社、…知らないの!?」
クラリ
「そんなの。オレが住んでる世界では聞かない。」
沙利
「…そう。」
「会社ってのは、…私が出かけてるところよ。」

クラリ
「ああ、昨日も行ってた。」
沙利
「うん。」
「で、今日はそこに行かなくていいの。休みだから。」
クラリ
「ふうん。」
沙利
「わかった?ということで…、もう少し寝かせてね。」

そう言って寝室のドアを閉めようとすると
それを見たクラリが“ギャッ!”と騒いだ。

クラリ
「ご飯!お腹空きすぎてやばいって!」
沙利
「なんでこんな時間にお腹空くのよ!」
クラリ
「オレの家は毎朝4時に食べてる。」
沙利
「よ…、よじ…!」
クラリ
「もう6時だよ。空腹で倒れそうなのに、まだ待つなんて無理。」
「餓死する!」
沙利
「朝食抜いただけで餓死するって言うんなら、とっくにみんなあの世よ。」

そう言ったものの…この様子じゃ、ご飯を食べるまでずっと騒ぎそうね。

もう目が覚めちゃったし…、仕方ない。

クラリ
「作ってくれんの!?ありがとー、沙利ちゃん!」
沙利
「油揚げがいいのよね。」
クラリ
「んーん。それは狐の時だけ。」
沙利
「えっ」
クラリ
「なんでも食べたい!」






そう言われ、用意したのはベーコンエッグ、パン、各種ジャム。
飲み物は“甘いやつがいい”と言われたから、オレンジジュースを出すことにした。

クラリ
「うまい!このベーコン最高!」
沙利
「…そっちの朝食って、どんな感じなの?」
クラリ
「うーん、こんな感じかな。ほぼ一緒。」
沙利
「卵とか、パンとか?」
クラリ
「そーそー。」
「暮らしも、大体こんな感じかな。マンション、だっけ。こんな高い建物はないけど。」
「あと違うところは――」
「オレたちに特殊能力があることくらいかな。」


特殊能力…

沙利
「あのこぎつねに変身する能力のこと?」
クラリ
「そう。ってかビックリ。狐ってこっちの世界にもいるんだな。」
沙利
「そりゃあね。」
クラリ
「そいつらはただの狐なの?オレたちみたいに人間が変身してるんじゃなくて?」
沙利
「…えぇ!?」

…とんでもない質問ね。

沙利
「ただの狐…だと思う。私が知る限りでは…。」
クラリ
「ふうん、そっか。」
沙利
「…。」

まさか、狐を人間か疑う日が来るとは…思ってもみなかったわ。

クラリ
「で、オレたちのこの“狐能力”は変身する他にもいくつかできることがあるんだ。」
沙利
「へぇ。それってどんな?」
クラリ
「説明してもいいんだけど、ちょっと長くなるから。」
「まぁ、暮らしていくうちにわかるよ。」
沙利
「そう…。」

ちょっと期待したのに。

沙利
「それで?」
「なんで今日はこぎつねの姿じゃないの。」
クラリ
「室内は人間の方が過ごしやすいじゃん。」
「あ…でも今日はまだ試してなかったから。やってみようかな。」
沙利
「やってみるって…、」

クラリは目をつぶり、両手を机の上から膝に置き、目を閉じた。

沙利
「―!?」

クラリが光って見える…!

そして段々小さく…、

――光が消えて現れたのは、あのこぎつねだった。

…かわいい。

やっぱりこっちの姿で居てもらいたいわ。

沙利
「…喋れる?」
クラリ
「…、」

フルフルと頭を振る。
この状態だと、喋れないんだ…。

沙利
「人間には、すぐに戻れるの?」

静かに獣の目を閉じた。

すると、また光に包まれ…さっきよりも早く人間に戻っていた。

沙利
「…すごい。」
クラリ
「狐になる時が大変なんだ。調子さえよければ、すぐに変身出来るんだけど。」
沙利
「それは、見習いだから?」
クラリ
「そう。まだまだひよっこ。」

“ふうん”と相槌を打ち、二人とも椅子に腰掛け直した。

沙利
「他にも色々聞いて大丈夫?」
クラリ
「なんでも聞いて。」
沙利
「じゃあ…、そうね。」
 
色々聞こうと思ってたことがあったはず。

沙利
「向こうでは一人で暮らしてるの?」
クラリ
「ううん。お父さんとお母さんも一緒に暮らしてる。」

沙利
「クラリの無事は、伝えてあるのよね?」
クラリ
「もちろん。お父さんに。…あれ。伝えてないかも。」
沙利
「ちょっと!」
クラリ
「やっばー、心配性だからな。すぐ伝える!」

そう言うとクラリは目を閉じた後、急に話し始めた。

クラリ
「――わかってるって。ん、じゃあバイバイ。」
沙利
「どう?」
クラリ
「大丈夫。ちょっとパニクってたけど。ちゃんと伝えた。」
沙利
「…よかった。」
「その電話みたいなのも能力?」
クラリ
「デンワ?今の会話のこと?」
沙利
「うん。道具とか使わないの?」
クラリ
「何もいらないよ。」
沙利
「…充電も電波の心配もなく話せるなんて。」

画期的だわ。
ものすごく欲しい…。

クラリ
「?」


沙利
「そもそも、なんで私たち言葉が通じてるの?」
クラリ
「あー。それはオレの能力。」

さっき言ってた、狐能力の内の1つってわけね。

クラリ
「便利でしょ。」
沙利
「とっても。」


沙利
「秘密を話してよかったの?」
「そっちの世界のこととか、狐能力のこととか。」
クラリ
「もちろん、ダメだけど。」
「沙利ちゃんだから。話しても大丈夫ってわかってるから。」
沙利
「…そう。」


クラリは残ったオレンジジュースをごくごくと飲む。

私もつられてマグカップを持ち、コーヒーを口に含んだ。

沙利
「昨日言わなかったけど」
クラリ
「なに?」
沙利
「ここに住むにあたって、いくつか守ってもらいたいことが。」
クラリ
「うん、どうぞ。」
沙利
「まず、狐のまま外出しないこと。」
クラリ
「どうして。」
沙利
「この街の人達は狐を見慣れてない。大騒ぎになって、保護される可能性がある。」
クラリ
「変なの。わかった。」
沙利
「能力も同じ。人前で変身したり、さっきのデンワ…テレパシーを使わないようにね。」
クラリ
「うん。」

沙利
「あとは、ここに来る時にお父さん達から言われた事を守ること。」
「…それくらいかな。」

クラリ
「了解!」

沙利
「それじゃあ…」
「これから買い物に行かない?」
クラリ
「買い物?」

沙利
「クラリの日用品、揃えなきゃ。ついでに街案内もしたいし…。」
クラリ
「オッケー!んじゃ、準備してくる!」

◇彼の詳細◇End  …続く。

この記事が参加している募集

忘れられない恋物語

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?