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言霊よもやま話 Vol.18 〈独楽〉 其の四

原典:『世界維新への進発』(小笠原孝次 著)
編集:新谷 喜輪子 / 監修:杉山 彰

みずから生命の言霊の独楽となって 廻転する者を普ねく全世界に募る

生命の独楽は物体の如くに客体として客観だけの宇宙に廻わっているわけではない。今此処に生きている人間の中に、老若と賢愚と階級と人種の差別を問わずすべての人間の中に、すなわち各自の我みずからの中に廻わっているのである。此の内面の言霊の独楽を自覚し操作する者は我みずからである。これを転輪聖王と云う。仏陀であり、救世主(キリスト)である。天津日継とその御手代武甕槌神(タケミカヅチノカミ)である。宇宙と文明の中軸である言霊の独楽の自覚が再び人間に蘇返(よみがえ)って、その廻転が既に人間によって、明白な言葉と文字を以て操作され始めた。現在第三文明会がその操作を担当している。転輪聖王と云い救世主と云っても何も特別なものではない。人間自体であって、これを神の一人子と云う。この一人子は一人に限るわけではない。その人員は多々益々弁ずる。中枢の政庁教庁とも云うべき高天原の標準(スタンダード)の⻭車にリンクされた時計の如く多数の⻭車が世界の各地域と部署を担当して廻転する事を要する。この故に黙示録は十四万四千人の受膏者(キリスト)(アノインテッド)が出現すると説いている。

人類は三千年間積(つみ)(罪)重なった宿業の赴く儘に越し方も行末も分らぬ空しい彷徨を続けて来た。時が来て「神の小羊」が子音(しおん)Sion、Zionを統卒して、その山に立って顕わな言葉と文字を以てその運転の指導操作を開始したからには、世界から今日迄の空しい迷いと悲しみが悉く消える。(黙示録二十二、二十三章)。

生命の独楽に調和せぬものとは権力(金力、武力、多数力)を限られた自己の為に行使する暴力であり、勝手な感情に狂奔する似非宗教芸術であり、生命の全局の動きに無智である狭小な主義思想であって、早晩彼みずからの独楽の廻転に弾(はじ)き出されて彗星の如く生命宇宙の圏(けん)外に飛去って消滅する。これは無上の権威であるみずからの生命の律法の運行によって自ら裁かれる事に他ならない。此の生命の律法の独楽の裁判を最後の審判と云う。独楽の廻転に調和する操作を禊祓と云う。此の生命の独楽の運行が自覚されて意志的に知的に情的に現実に操作されて転輪している場所が、其処に何等の金力、武力、多数力の権力がなくとも、其処が世界の文明の中心である。以上の形而上の理論は三千年の歴史を通じて世界に初めて発表される所のものである。これ丈けではまだほんの序説程度に過ぎない。完結を今後に待つ。第三文明会はみずから生命の言霊の独楽となって廻転する者を普ねく全世界に募る。(昭和四十八年一月、第三文明研究八六号)

コマ



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【小笠原孝次(おがさわらこうじ)略歴】
1903年 東京都にて生誕。
1922年 東京商科大学(現在の一橋大学)にて、
吹田順助氏よりドイツ文学、ドイツ哲学を学ぶ。
1924年 一灯園の西田天香氏に師事し托鉢奉仕を学ぶ。
1932年 元海軍大佐、矢野祐太郎氏および矢野シン氏と共に
『神霊密書』(神霊正典)を編纂。
1933年 大本教の行者、西原敬昌氏の下、テレパシー、鎮魂の修業を行う。
1936年 陸軍少佐、山越明將氏が主催する秘密結社「明生会」の門下生となる。明治天皇、昭憲皇太后が宮中で研究していた「言霊学」について学ぶ。
1954年 「皇学研究所」を設立。
1961年 「日本開顕同盟」(発起人:葦津珍彦氏、岡本天明氏ほか)のメンバーとして活動。
1963年 「ヘブライ研究会」を設立。
1965年 「ヘブライ研究会」を「第三文明会」に発展。
1975年 「言霊学」の継承者となる七沢賢治(当時、大学院生)と出会う。
1981年 「布斗麻邇の法」を封印するため七沢賢治に「言霊神社」創設を命ずる。
七沢賢治との連盟で山梨県甲府市に「言霊神社」創設する。
1982年 79歳にて他界。

【著書】
『第三文明への通路』(第三文明会 1964年)
『無門関解義』(第三文明会 1967年)
『歎異抄講義』(第三文明会 1968年)
『言霊百神』(東洋館出版社 1969年)
『大祓祝詞講義』(第三文明会 1970年)
『世界維新への進発』(第三文明会 1975年)
『言霊精義』(第三文明会 1977年)
『言霊開眼』(第三文明会 1980年)

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