嘘つきが語る真実
「ちょっとたばこ吸ってみて」
ある日の稽古中、演出家にそう言われたことがあります。
私は非喫煙者です。
過去に何度か興味本位で試したことはありますが、激しくむせ返っちゃってダメでした。
稽古場は全館禁煙で、演出家も実際に吸うように言ったのではなく
『吸うふりをしてみろ』
と指示したのです。
人差し指と中指でたばこを挟み、それっぽく口元に近付けて「ふぅ~」と肺に入れた空気を吐き出しました。
すると、
「全然ちがう!」
という怒号が飛んできました。その後もたばこを吸う人の真横で観察させてもらい、そっくりそのまま喫煙する真似をしてみたのですが
「え、何を見てんの?!全然違うけど!」
と、お前がなに見てんだよ、と言い返したくなるのを何度もぐっと堪えて、半泣きで煙の立たないたばこを咥えました。指が震えちゃって、持つことだけに必死でした。
あのときの悔しさは鮮明に残り、今でも喫煙者を見る度に”苦い思い出”として蘇ります。
私は指、口、眉の曲げ具合、鼻の動き、それらを完璧に再現しているつもりでした。
もうこれ以上寄せることは出来ない。それくらい演じたつもりだったんです。
当時は分かりませんでした。
理不尽に追い込もうとしているだけなのか、本当に出来ていないのか。
意図が読み取れなくて、指示されたことにただ従うことしか出来なかったです。
それは本番前の全稽古を通してそうだったように思います。
似せようするからダメだった?
悔しかった私は、たばこを咥えた自分の姿を他の人に動画で撮ってもらいました。
すると、確かにやっぱりちょっと違うんです。
体のパーツひとつひとつをクローズアップして見るとそれっぽくは見えるのですが、
全体像としてはどこかたどたどしく、
『日常的に喫煙している人』には見えないのです。
これには困り果てました。
なにせ、『もうこれ以上寄せることはできない』くらいに出し切っちゃってたから。
そんなとき、同期の俳優の一言にハッとしました。
「本当に吸いたいって思ってないからじゃないの?」
私は、”たばこを吸う”という行為ではなく、”たばこを吸っているように見せる”ことにしか意識を向けていませんでした。
たばこなんか好きでもなんでもなくて、小道具のうちのひとつでしかなかったんです。この心のズレと、『私を喫煙者だと思え』という上から目線が、私を『やってる風』しか出来ない俳優に留めていたのだと思います。
じゃあ実際に喫煙してたばこを好きになればいいんじゃないか、というのも違うと思います。
それだと、
『シャブ中の役のために違法麻薬を使ってみる』
という理屈が成立してしまいます。
こうなるともはや俳優の一番の商売道具である想像力と創造力が、無意味なものになります。
心が動かないなら体も動かない
心を意図的に操る。
そんな魔法みたいなことをやって退けるのが優れた俳優だと思います。(ほとんどいない気がする)
「心が動いてないくせに喋ったり動くから、全部嘘になってる」
言われ続けていた言葉です。
悔しいけど、今思うと当たっていたと思います。
演劇なんて役から衣装から設定から、何もかもが既に作り物の嘘です。全力おままごとです。
嘘でも、
いえ嘘だからこそ、舞台上には誰よりも真実を語る俳優が求められるのだと思います。
伝えようとするメッセージの中には、普遍的な真実がたくさん潜んでいるから。
反論の言葉も見つからず泣くことしか出来なくて、きっとそんな弱い私の姿が余計に彼を苛立たせる要因になっていたのかも知れません。
”本当の”言葉
今、あのときの経験が『言葉を話す』『モノを書く』ということに大きなヒントを与えてくれているような気がしています。
(この人、言葉が全部嘘っぽくて薄っぺらいなー…)
と感じる人、たまにいますよね。
私自身、自分を顧みて反省すべき点はたくさんあります。
日頃から、心にもない言葉に息を費やす癖が付くと、中身のない言葉しか出て来ない”体のつくり”になってしまうように思うのです。
出来るだけ嘘のない言葉で話そうとすると、自ずと口数は減るものです。
私の尊敬する人は、プライベートでは比較的言葉数の少ない無口な人たちが多いです。
だから言葉に芯があって、重いんです。
「だったらよく喋る人は嘘つきなのか」
と聞かれると、非常に言いにくいのですが……、はい。そうだと思います。
”非常に言いにくい”のは、私自身がそうだからです。
しかしこれは良い・悪いの問題でもないと思います。
嘘にもいろんな種類があって、一概に評価出来ないからです。思いやり、配慮、良かれと思った気遣いの結果が、優しい嘘であったりもします。
でも嘘は嘘。
口から産まれたナメック星人
「あんたは口から産まれてきた」
親族にはそう言われるほど、私はよく喋ります。はっきり言ってうるさいです。
もっと秘めている方がいいときもあるのに……。と、我ながらそんな風に思うこともあります。
パッと浮かんだことを、すぐに言葉にして出してしまう。
もし、私があのまま圧倒的な俳優を目指していたならば、プライベートでは極力口数を減らすように努めたと思います。
しかし今生きているのはスポットライトの当たる舞台上ではなく、裏側も常に照らされる”日常”という舞台です。
あくまで主人公は私であって、他の誰でもありません。
そのことを念頭においたまま、どうすれば面白く生きられるか、豊かな人生に出来るか。そういうことも考えていきたいです。
真面目にふざけながら。
だからもう、
『また今日も嘘ばっかりついてるや……』
と落ち込むのはやめようと思います。
どうせ嘘つきなら、心の籠った優しい嘘を紡げる人間になりたいです。
今日からまた新たな1週間のスタートですね。
ブンブン行きましょう。🐝
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