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突然踊り出すおっちゃんを見たことはありますか?

 今年の6月。今から2か月前に、退院して1年が経った。あれから少なくても週に4日はジムのトレーニングに通っているし、近所の脳外科の通院リハビリにも週2~3で通っている。その成果は自分ではあまり実感できないけれど、  「歩き方が自然になった!」 とか  「前より元気そうで良かった!」 と言って貰えることが増えた。  自分が半身麻痺になるまで、“麻痺”という言葉はもちろん知っていたけれど、それがどうゆうものなのか真剣に考えたことはなかったし、考えても良く分からなかった。“ある”

    • 王手!

       私は活字が好きだ。読むのも書くのも大好きだ。口語では表現できまい言い回しも、文字に書くことでそのニュアンスをうまく表せることもあると思う。一方的に気が済むまで吐き出して、これだ!といった一文をワードに打ち込んだ後のEnterキーを押す時の気分といったら、どや顔で「王手!」と言いたくなるほどだ。言葉を紡ぐ作業は、最初はただの毛糸の塊だったものを、セーターとか手袋とか、自分の好きなように編む作業に似ている気がする。(私は手先が破滅的に不器用だから出来ないけど)  けれどやっぱ

      • 素敵女子の共通点

         私の周りには素敵な女性がたくさんいる。東京のカフェで働いていたときも、アパレル店員をしていたときも、舞台俳優を目指していたときも、いつも周囲には素敵な女性たちがいた。もちろん全員ではないけれど、私もこんな人になりたいなと思わせてくれる人の、気持ちはいつも半径3m以内にまで接近し、何かを盗もうと躍起になっていた。そして彼女たちにいくつかの共通点を見つけた。  まずひとつめに、とにかく常に笑顔。美人だとかスタイルがいいとか、もちろん容姿のメンテナンスや綺麗になるための努力はし

        • 嫌よ嫌よも好きのうち

           言葉には私が思っている以上の力があると思う。言葉の下に隠された本当の気持ちを知るには、やはりその発信元について知る必要がある。同じ言葉を使っても、本当は違う意味で用いられているケースが多いからだ。『嫌よ嫌よも好きのうち』とはよく耳にするけれど、場合によってはただ『好き』という言うよりも、言葉がその効果を発揮する場合もある。より深い心を表現したり、感情に奥行きを持たせる。誰かを傷つけるような間違った使い方をしなければ、言葉には無限の可能性がある。  しかし、近年その言葉の可

          終わりよければ全てよし

           先日、彩の国シェイクスピア第37弾『終わり良ければ全て良し』を観劇した。昨年予定されていた、小栗旬主演の『ジョン王』は残念ながら中止になってしまい、今回も緊急事態宣言の中上演が危ぶまれてはいたけれど、なんとか追加公演のチケットを手に入れた。  シェイクスピアはやっぱり凄い。これに尽きる。行間に大きな余白を感じ、演出によって異なる舞台を作ることができる。無限の可能性を秘めている。恐ろしいほど謎に満ち、ときには途方もなく距離を感じるのに、自分の中の醜さ、ずる賢さ、残酷さという

          オーダーメイドの健康法

          いつからか、『女性の永遠のテーマ』のひとつとして、多くのメディアで取り上げられるようになった”美容・ダイエット”。美の基準は人によって違うものだし、価値観もそれぞれ違う。重々承知なのだけれど、それでもやっぱり痩せたい。と思ってしまう、若くて綺麗なままでいたい。と願ってしまうのは女の悲しい性であると思う。  「人の価値は見た目ではなく中身で決まる。」そう主張するほうが”人格者”だとか”良い人”と見られている風潮も否めないし、外見よりも能力やパーソナリティーを重要視する方が尊い

          人生も恋愛も”急がば回れ”。スルメでも噛んでのんびりと。

           人生に対する私のスタンスは、私の知る他の人たちがそうであるように、年齢と経験を重ねるごとに変化する。人は日々成長し、若いうちは外側内側共に活発に変化し続けるのだから当然のことだ。一方こと恋愛においては、何度も同じ過ちを繰り返したり、過去の想い人に対する未練を断ち切れない人もたくさんいる。「あの人だけは今でもずっと自分のことを好きに決まってる。」という願いも空しく、おとぎ話のような結末を求めた少女の心を過去の想いでの中に置いてけぼりにする。  誤解を恐れずに告白すると、今ま

          優しい神、アンパンマン。最強の人間、アッカーマン。

           本を読むことは昔から大好きだけど、漫画は数えられるほどしか読んだことがなかった。中学生の頃に人気の高かった少女漫画をいくつか読んだくらい。少年漫画はあんだか暑苦しいイメージで興味が持てなかった。そんな私が今最もハマっている漫画は、諌山創先生の”進撃の巨人”。  言わずと知れた大人気作品。私がその良さを説明せずとも日本中で、いや世界中で既に不動の人気を誇っている。物語、キャラクター、数々の謎と伏線回収、人間の本質をよく見抜き、巨人という言葉が出るだけでとても非現実的なはずな

          実る程頭を垂れる稲穂かな

           東京で舞台女優を目指していたとき、芝居のことはもちろん、俳優としての立ち居振る舞いまで、先輩の背中を見て学べる。そんな素晴らしい環境にいた私はとてもラッキーだったと思っている。”目指す”と言っても、俳優という職業は”自称”で名乗れる。けれど、私が師匠として大尊敬していたその方は、今でも、そして当時から梅田芸術劇場や埼玉のシェイクスピア劇場で活躍されていた。芝居に対する姿勢は、変態的なほどにストイックで、とても真似できるものではなかったけれど、『この人凄い!と思う人の半径3m

          結婚する2人へ

           6月中旬に、中学校以来の親友の結婚式に出席する。新婦とは中2の頃同じクラスで、私と彼女は当時からとても仲が良かった。合唱部だった私は、民族楽器部でピアノの腕も高い彼女によくピアノを教えて貰ったりもした。卒業後は別の高校に通うことになったけれど、お互い連絡を取り時間が合えば相変わらず遊んだりもした。よく二人でカラオケに行ったことを覚えている。大学生になっても、社会人になっても、年齢ととに遊びのジャンルは変わったものの、楽しい思い出をたくさんシェアしてきた。夜明けまで飲んで酔い

          原因論と目的論

           今朝のニュースで見た一場面。泥酔した中年の男性二人が、お弁当屋さんの店員に暴言を吐き、お金を投げ捨てていた。理由は、コロナ対策として電子レンジでの加熱をお断りしているという店側の接客態度が気に食わなかったというもの。一連のやりとりは店内に設置されている防犯カメラに記録されており、ニュースではその一部始終が公開されていた。客としての意見の域を超え、どう喝とも取れる傲慢な態度。まくしたてるような大声でお弁当屋さんの店員を脅していた。  コロナがテレビのニュースや新聞などの報道

          光のバトン

           幼い頃から、私にはふたつの名前があった。正確には2種類の読み方。 ”愛香”と書いて『まなか』。これは日本語読みの名前。 そしてもうひとつは、、、。  自分が日本人ではないということを知ったポイントはいつだったかさっぱり覚えていない。韓国人なのに日本に生まれ育つ。そんなグレーで中途半端とも思える場所に、あまりにも自然に、そして当然のように立っていた。そんなことにも気付かないうちから。私にとってはそれが当たり前。だってそう生まれたんだから。ほとんどの人類が、ある時期から「

          平和を謳う前に

          人間の心の構成要素のひとつとして“無意識”という概念を提唱したユダヤ人の精神科医、ジークムント・フロイト。  彼は、人間の心を一軒の家に例え、人間の"意識"を家の中の明かりに例えた。意識の光に当たっていないものは、もはやどこにも存在していないのではないかとも思われるが、実は常にそこに在る。恐怖、消したい記憶、不安、禁忌、良からぬ願望・・・。まさか自分の中にそんな感情が・・・と思ってしまうくらい残酷な自分まで。無意識の中にはありとあらゆる無自覚の“自分”が息をひそめている。

          脳出血したときの話

          なんとなく左手が痺れるな~と思い、念のために都内の総合病院でMRI撮影をし、右脳の視床下部に黒い影が見つかりました。脳の病気って一生自分には関係ないと思ってたから、びっくりを通り越して放心状態。視床(ししょう)とは、嗅覚以外の感覚を司る脳の中心部に近い部分で、日常生活を送る中で非常に重要な役割を果たす、神経の中継箇所です。場所が場所なため、脳の他の組織を傷つけてしまうかもしれないからと、外科的な治療はせずに経過観察をすることになりました。  その3か月後、ある日突然左手が動