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リア王〜強くイメージを持つ〜

これまで観劇してきた舞台とか映像芸術と比較したりなんかして
評論家ぶって、ちょっと格好つけたいところですが、
とんでもなくダサくなって怪我しそうなので、我慢します。

そういう取って付けたような感想ではなくて。
もっとツルっとゼロの状態で、自分がどう感じたのかを、
まだ興奮冷めやらぬうちに書きますね。

嗚呼……、でも、不安。

だって、あの衝撃をどう言葉で表現すればいいんだろう。
好きな場面・台詞が、こんなに本をはみ出しちゃってて、真っすぐにこちらに飛んでくるイメージ。
斬新でどこまでも自由になれるんだな、演劇は。
と感じながらも、古典にしかない品格と奥深さにうっとり。

すみません。
取り乱しました。

これまで気付かなかったケント伯爵の魅力


お気に入りのシーンや登場人物はいくつかありますけれど。
前回紹介した荒野のシーンもそのひとつ。
あとは、道化とリアとエドガーの「狂人トリオ」の掛け合いも。

でも、今回初めて、
「ケント、めっちゃいいな」
って思いました。

第一幕一場。
末娘、コーディリアの言葉に激高し狂い始めるリアに対して、ケントが取った行動に不覚にも泣きそうになりました。
じゅわっ。染みた。

リア、私から目を逸らさず、私を通して
もっとよく見るのです。

「リア王 第一幕一場」(松岡和子訳、シェイクスピア全集5、筑摩書房)

全権を握る王に、口から出まかせで褒めちぎり
その権威と地位、財産をむしり取ろうとする人たちの中で、
ケントは、あくまでもリアのためを思い、リアが聞きたくない言葉を放ち続けます。処刑されることも厭わず。

高橋克実さん演じるこのケント伯爵。
今までこんなに、目も耳も釘付けになったことはなかったです。
俳優や演出家によって、いろんな表現法があるでしょうけれど、
ここの
「リア!」
の一言で、心がぎゅいん!と、ギアを変えたような気がします。

主治医を殺して、忌まわしい病原菌に
診察料を払えばいい。先ほどの贈与を取り消しなさい。
さもなくば、この喉が枯れるまで、
あなたに所業は間違っていると叫び続けます。

「リア王 第一幕一場」(松岡和子訳、シェイクスピア全集5、筑摩書房)

耳を塞ぎたくなるような、目を背けたくなるような苦い真実に、
あなたに見えないなら、私が見えたものを見ろ。
と言うケントの、リアに対する愛情がこんなにも深く、こんなにも真っすぐであったことを知ったのは、昨日が初めてではないでしょうか。

震えました。

空間の密度


あとなんかねぇ、
生意気なこと言うようですが、劇場全体の空気がとろっとしてたように感じました。
「何言っとんねん」
そうね、そうなるよね。
でも、シーンが進むにつれて、そう感じちゃったんだもん。

グロスターの言う通り、人間(humanbeingと言いたい)は所詮神にとって、面白半分になぶり殺されるハエみたいなもので、そう思うともう虚無に陥りそうになるんだけれど、
要所要所で”血”が流れることで、あ、ちゃんと生きてたんだ。って思い出したり。

愛おしいんだか憎いんだか、生きたいのか死にたいのか、
もう分かんなくなっちゃって、でも結局はぜんぶ同じことで、目には見えない濃密な”何か”で、みんな繋がっているから、
不用意に動いたら、隣の席に座っている人の空気をも曲げてしまいそうで、
だから、

だからリアの叫びは私の叫びでもあって、エドマンドの叫びでもあって、

すみません。
取り乱しました。

乱れるのよ


どうしても乱されるのです。
私にも専属の道化がいたらなぁと思うのは、私自身が自分の中の狂気を認めたからなのか、全くの逆で、全然認めようとしないからなのか。
分かりません。

分かりません。
こんだけ語っておいてなんなのですが。
結局まだ、私はきっと何も分かっていません。

気付いたらリーガンが、スニーカーに履き替えてたのには笑いました。
痛かったんだ。靴擦れしたんだね。
もう、繕うの疲れちゃうもんね。

私は誰かの親であったことはないから、どうしても子の立場から物事を捉えようとしがちですが、
「心に一人のケントを!」
そう思いました。
誰かのことを慕い、敬い、愛し、そうすることで得るものは、たぶん目には見えなくて、そのことに気付けば目なんかもはや要らなくて、
視力を失って初めて気付く、本物の愛もあるんですね。
あるんですかね。
きっとあるね。

余韻から抜け出せない


あーもう一度観たい。
もう一度、あの世界に浸したい。
忘れかけていたけれど、うちら、無力で愚かな人間なのよね。
なんで着飾っちゃうんだろう。
違うものに見せようと、違うものを見ようとしちゃうんだろう。
シンプルに、愚かで未熟だからかね。
程度の差こそあれ、みんな裸の王様よね。
そりゃ孤独だわなぁ。

その中で、無に帰することに成功した人たちは、
「神」と呼ばれて崇められるのかしらん。


もっと、もっと話していたいのですが、
どんどん迷宮に迷い込んで、心が疲弊しそうで危険な気がするので、
今日はこのへんで終わっておきます。
また書くかも。
リア王、素晴らしかったです。
本日大阪千秋楽。
おめでとうございます。
公演の成功を心よりお祈りいたします。




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