色あせる星条旗の魅力 アフガンからのアメリカ軍撤退
アメリカの魅力が消えかけている。逃げていくようなアメリカ軍のアフガニスタン撤退を見て、そう感じた。2001年にアメリカが始めたアフガン戦争が現地時間2021年8月31日未明の軍撤退をもって終結した。退き方はあまりにも稚拙だった。
先日、タリバンについての考えを、ノートを開始して初めての記事として公開した。記事の中で「タリバン=悪」という決めつけでアフガニスタンを見たら情勢を見誤るんじゃないかという考えで書いてみた。
アメリカよりもタリバンの方が治安維持の面で優れているのではないかという視点からだった。それとは別に、アフガン戦争の終結の仕方で、アメリカに対するなんとなくのすごみというか、雰囲気というか、言葉で表しづらいけど、厳然としてそこには存在している大切な「何か」をアメリカが放棄したような気がしてならない。
かなぐり捨てて逃げた
アフガニスタン情勢が安定しない中、逃げるように撤退期限の当日ギリギリにカブールの国際空港から航空機を離陸させてタリバンとの合意を履行した。夏休み最終日に無理やり宿題を終わらせたかのごとく、どう見てもみっともなかった。そもそもテロをはぐくむような環境をなくすため、民主主義を定着させようと“努力”してきたアメリカが諦めた姿は、今までの犠牲や戦費、ひいては主義、主張すらかなぐり捨てたことにほかならない。
そもそもこの時期にアメリカがアメリカ史上最も長い戦争を終わらせる決断に至った背景には、来年に迫る中間選挙に向けて目に見える成果がほしかったバイデン大統領の焦りがある。戦争をいやがる国民の声が高まっていたとの世論調査もある。それに応えただけに過ぎないと言えば、そういうことだ。確かに政治家が国民の要望に応えるのは、重要なことで、アメリカも例外ではない。というか、民主主義勢力の盟主を自認するアメリカにとっては当たり前だ。
なんとなくすごいアメリカ
でも盟主だからこそ問題になる。私自身は、アメリカ合衆国という国がそんなに好きではない。傲慢で、高飛車で、というイメージがつきまとう。ただ、極東の島国にいる私にさえ、そう感じさせるのは、アメリカに引きつける何かがあるからで、だからこそ私はアンチみたいになってるのだろう。「ロサンゼルスで仕事してます」と言われるとなんかクリエイティブでかっこいい感じがするし「東海岸に留学してました」と言われるとなんか頭良さそうに感じる。実際そういう人が身近にいるからなのだが、そういうイメージを世界中にばらまくのは、実は本当に難しいことだ。多くの人の憧れの対象になるのは、本当に価値のあることだ。デパートにあるハイブランドと似ているかもしれない。
日本だって少し前に「クール・ジャパン」とか言っていたけど、もう今やほとんどの人が覚えてすらいない。政府が旗を振ったって、心から獲得したいと思ったって、いくら金を使ったって、簡単に得られるものではなく、意図的にやればやろうとするほど嘘くさく聞こえて、遠ざかってしまうとも言えるかも知れない。
そのかけがえのないアメリカのイメージを今回の撤退は、相当傷つけた。盟主ではなく、普通の国のような振る舞いをした。憧れを抱かせるような行動ではなかった。個人的には撤退はすべきだったと思うが、もっと慎重に時期や情勢を見極めてからにすべきだった。軟着陸を模索する余地は大いにあったはずだ。いまだに国家主義的な国は世界中に多く存在していて、民主主義を確立していない国はまだまだある。そういう国で「アメリカ的なもの」に憧れを持つ人たちに対して、今回のアフガン撤退は大きな失望を与えた。「結局、かっこいいこと言ってても最終的には見捨てるんですか。もう特別な国じゃないのね」という意識を強烈に意識づけた。アメリカは特別感を自ら投げ捨てた。
ちょっと学問的に言うと、ここまで言ってきた特別感は、アメリカの政治学者ジョセフ・ナイが唱えた「ソフトパワー」と言えるかもしれない。ソフトパワーは一朝一夕に醸成されるものではない。アメリカのソフトパワーが世界最強だからこそ、世界中の人がアメリカに引きつけられるし、アメリカという国が注目を集める存在でいられる。だから優秀な人材がアメリカに集まり、莫大な富を生み出す。その流れがさらに魅力を高め、また世界中から優秀な人材を集めて、雪だるま式に膨らんでいく。もちろん軍事や経済といったハードパワーも増強する。アメリカが世界一であり続けるゆえんだ。いくら中国が大きくなったとは言え、2020年のGDPは、アメリカの半分にも満たない。中国にはアメリカの4倍以上もの人と10倍以上の歴史があるのに、だ。
対中戦略というけども
この人を引きつけ国力を高めるサイクルを維持するためにアメリカは民主主義という理想を世界中に訴えてきて、専制主義的な国に対して制度変革を促してきた。もちろんハードパワーを使うことも多いが。
なのに今回、アメリカは撤退を急いだ。理由は、中国に対抗するのに国力を集中させるためだと言われている。その分析は間違っていない。ただ中国は撤退につけいって「アメリカが混乱だけをばらまいた」とのプロパガンダを流す。ある程度的を射た指摘だ。混乱させただけだから、タリバンがアフガニスタン国民に一定程度支持された。
なにより中国はこういうチャンスを狙っていたと思う。「『なんとなくすごいアメリカ』は幻想だ」いう証拠を探し求めていた中国に、格好の獲物を与えた形になっている。中国にとってはしめしめだ。そしてその捨てたソフトパワーを最も欲しがっているのは、ほかならぬ中国だ。対中戦略に注力するための撤退が、中国に塩を送る結果になるという皮肉だ。アメリカのイメージが毀損されたから中国のイメージが上がるわけではないのは言うまでもないが。
もちろん、アメリカの世界最強のソフトパワーが全部なくなるわけではない。引き続き世界最強であり続けている。でも今回の撤退失敗は、必ず後を引き、多くの人のイメージに残る。今後再び国際協調路線に回帰しようとするときに、必ず批判される材料になる。その度に世界中が思い出すし、説得力を持つ。だってみっともなく帰っていく様子を世界中でみんなが見たんだもん。
アメリカが、対中戦略へ注力との言い訳で、自国の選挙に提示するための成果として国民の希望を叶えようと急いだ結果、国内的にはバイデン政権の支持率は下がったし、国際的にもアメリカのイメージは低下した。選挙のために一つの国を見捨てたとなると、いよいよ選挙制度や民主主義自体への疑問すら浮かぶだろう。結局、さらに多くのものを失ってしまった。
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