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友達が 1人もいない メッセージ ~拝啓今朝の私へ~

 私には友達が1人もいない。元気にしてるか今朝の私よ。お前に未来からこうやって手紙を送るのはもう二度目になるかな。おいおい・・・そんなプレデターみたいな険しい顔をしないでくれ。確かにお前のためはといえお前の琴線を撫でまわすようなことを言ったけどお前のためだったんだ。

 そして今日もお前のためにこうやって手紙を書いているんだ。もう職場に向かっている途中だろ。家を出て5分くらいか。だったらちょうどいい大事な話だ。いいか落ち着いてきてくれ。今から数分後にお前は脱糞する。

 ・・・私は脱糞してしまったんだ。ごめんな・・・脱糞してから今この手紙を書くまでの間ずっとなにか別の表現でこの出来事を伝える方法はないかって考えてたんだ。仮にもnoteっていう言葉を駆使した知的遊戯の場に一か月以上邪道ながらも身を置いてるからなんとかできるって思ったんだけど私の語彙力では脱糞脱糞でしかなかったんだよ。

 受け止められないよな。私もそうだったよ。臀部を中心に温もりが広がっていく瞬間にたまたまカーブミラーの自分を見たんだけど血の気の引いたアイボリーホワイトな顔色でまるで枯れ木の梢みたいに切なげに佇んでいたんだ。それが脱糞だ。

 待て。画面を閉じるな。読むんだ。確かにお前にとっては目と耳を溶接したくなるような話だろう。それにちゃんと読んでもらわないと意味がないんだよ。

 なぜならこの記事の終着点がどうなるかは分からないけどおそらくどんな結末になろうとも読者の人たちは私から離れていくだろう。ひょっとしたら女性にチヤホヤされるかもっていうアメリカのお菓子ぐらい甘い考えがあったけどどうやら無理そうだ。そりゃそうだよな。だってここまでの500文字ぐらいの間に脱糞って8回も書いてるんだぜ。どう転んだって私のモテモテなワーキャーnoterとしての道は途絶えてしまったよ。

 だから私がこの記事を書くことは負け戦の殿でしかないけど私には書かなければならない理由がある。それは贖罪だ。本来今朝の出来事は私が黙ってさえいれば迷宮入りした話だし今日の記事だって「職場の姑との仲がアラスカよりも冷えた先輩が私に延々と聞かせてくる家庭内紛の行く末が心底どうでもいい話」を書こうと思ったら書けたんだ。でもそうしなかったのは四半世紀以上生きてきたにも関わらず社会人としての摂理に反するミスを犯した私には己への戒めと同時に後世にこの惨劇を伝えていく原爆ドームと同じ役目がある。だから読むんだ。

 ・・・すまない。すっかり今朝の私である君のことを忘れていたよ。小鹿のように震えなくていい。あれ・・・まさかその震えは恐怖ではなくて腸からの宣戦布告がもうきたのか。落ち着け。そのままゆっくり匍匐前進ぐらいの足取りでいいから職場へと歩を進めろ。お前の専売特許でもある妄想も大空でのどんな自由な飛行をも可能にするほどの無限の可能性を秘めているけど今の状況ではニスぐらい役に立たない。

 それなりに生きてきたんだから今の下腹部との戦況が敗色濃厚であるっていうのは十分わかってるよな。そこでお前は起死回生の賭けに出る。そのままゆっくりと足首に鉄球でも括り付けられてるかの如く重い足取りになるけれども体への振動を抑えることでダメージを押さえる「歩く」という選択。

 そしていちかばちか自身の脚が千切れてもいいぐらいの自傷的脚力を奮起しトイレのある職場まで駆け抜ける「走る」という選択。お前は信号で足を止められている間に歩くか走るかという極めて原始的な直角形の二択を迫られるんだ。ここですでに過ちを犯してしまった私から忠告をしておきたい。



走るな



 そう・・・私は走ったことにより失敗したんだ。それも2歩目でね。だから君は歩くことを薦める。もしかしたらそれでも未来は代えられないかもしれないけどひょっとすると歩くことで事なきを得られるかもしれない。試してみる価値はあるんじゃないかな。

 もしそれで助かったなら少なくともそっちの時間軸の私である君は肛門との信頼関係に亀裂が入らずにすむかもしれない。ん?こっちの僕と肛門との関係はどうなったかだって?終わったよ。今だっておなかの調子を気にして風呂から出て本来ならキンキンに冷えたコーラを乾いた喉に流し込みたいのをぐっとこらえて7月初旬の西日本でおそらく唯一私だけが温かいココアを飲んでるんだぜ。

 とにかく僕にできるのはここまでだ。今から新しくやることができて忙しくなったから君もそこからは自力で頑張ってくれ。ん?今からなにをやるのかって?この記事を書く直前の私に手紙を書くんだよ。こんな記事書くなってね。

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