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ノーベル賞をもらう

今日の写真は、ミンチとまいたけのトマトソースかけ手打ち生パスタです。

実現不可能な夢を見ることは無駄なのでしません。例えば不老不死とか世界征服など考えてもいません。でもノーベル賞をもらうことは可能でしょう。

ノーベル賞は、ダイナマイトの発明者として知られるアルフレッド・ノーベルの遺言に従って1901年から始まった世界的な賞です。物理学、化学、生理学・医学、文学、平和および経済学の「5分野+1分野」で顕著な功績を残した人物に贈られます。 ウィキペディア

物理学も化学、生理学、医学、経済学は、取れそうもありませんが、文学、平和であれば取れると思うのです。文学賞は2022年現在で119名の方が受賞しています。ノーベル平和賞は一番ノーベルが望んでいた賞だと思うのですが、平和の定義があやふやで戦争の無い状態にすることだとすると個人よりも団体に贈られるべきだと思いますが根本的な平和にする思いが政治家に浸透していないので平和より戦争に向かってしまいます。

平和賞の候補者から決まるのですがヒットラーが平和賞の候補者になったことからも平和賞を授与する側も平和の定義ができていないのではと思います。ちなみに平和賞の候補者は50年間秘密とされています。

ノーベル賞は死後に受賞することはありません。存命中に受賞が決まっていたならば授与されます。

創設者のノーベルは遺言で、平和賞を「国家間の友好関係、軍備の削減・廃止、及び平和会議の開催・推進のために最大・最善の貢献をした人物・団体」に授与すべしとしています。他のノーベル賞と異なり、団体も授与対象となっているのが特徴で、政治情勢の影響を受けやすく、第一次世界大戦第二次世界大戦の時期等、受賞者がないことも見られました。

当時業績とされた実績が後から欠陥があったり、効果のないものと判明したりするために失望を招くことが多発しています。そのため、賞の価値が批判されるなど受賞者選定や賞そのものの妥当性が度々指摘されており、廃止の声も上がっているといいます。

また、受賞前の実績だけではなく、受賞後の政治的情勢を誘引する目的で贈られる場合もある。賞は、12月10日午後1時(現地時間)からオスロのオスロ市庁舎で授賞式が行われます。

平和賞は団体にも授与されますから平和に貢献する団体を作れば良いのです。自分が賛同できる団体に参加すれば良いのです。自分ができる平和活動はどのようなことでしょうか?

それはまだ具体化されていません。note上で私がノーベル平和賞を取るために何ができて何をしたのかその成果を発表するノンフィクション作家になって記事にするのはいかがでしょうか?

まずは調査です。平和について戦争の悲惨さを発表してもそれは多くの方がしていますし、戦争と平和という二極化した考えでアプローチをしてもどちらかに片寄るのが人間の性です。

平和、安定、幸せについて考える力を持ってもらいたいと思うのです。
自分が争いの中で不安で不幸ならば平和について考える余裕はありません。
平和について思っているだけでは平和はきません。平和のために戦争をしていると思うのはいつまでも平和はきません。

許される戦争、許される暴力、許される暴言はありません。誰が許すのでしょうか?神が許すのでしょうか?戦争を許さない自分であって欲しいのです。

武器を持った平和軍は攻撃されたならば相手を攻撃しても許されるのです。
攻撃することを許さないのであれば武器は持たずに攻撃をすることは許さないと言うべきです。

制裁を加えるのであれば報復を許すことになるのです。
勝っている間は有利にことが運びます。負ければ逆転するのです。
平和とは勝ち負けでない方法で維持されなくてはいけません。

平和賞をもらうために平和を望んではいけないのです。そのような物語を書いてノーベル文学賞をもらいましょう。