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永遠の命

「ねえ、君。人は皆、永遠の命を持っているって知ってるかい?」

男は薄暗いバーのカウンターで、隣に座った見知らぬ男に話しかけた。グラスの中の氷がカランと音を立てる。男は、くたびれたスーツに身を包み、どこか疲れたような表情を浮かべていた。

「永遠の命?まさか。人はいつか死ぬさ」

隣の見知らぬ男は、高級そうな腕時計をチラリと見せながら鼻で笑った。

「そうじゃないんだ。考えてもみてくれ。君が生きていると感じるのは、君が意識を持っているからだ。もし意識がなくなったら、君は生きていると言えるかい?」

男は首を傾げ、グラスの中の琥珀色の液体をゆっくりと回した。

「それは…どうだろう。生きているとは言えないかもしれない。でも、心臓が動いていれば生きていると言えるんじゃないか?」

「確かに、心臓が動いていることは生命活動の証だ。しかし、意識のない君は、ただの肉塊に過ぎない。まるで壊れた機械のように、ただそこに存在するだけだ。そんな状態を生きていると言えるだろうか?」

男は言葉を失い、グラスに口をつけた。ウイスキーの苦みが舌を刺激する。

「では、意識のない状態の自分は、死んでいるのか?それも違う気がする」

「その通り。意識のない君は、生きているとも死んでいるとも言えない。存在しないも同然だ。しかし、君が生きていたという事実は、君の意識の中に永遠に残る。それが君の永遠の命なんだよ」

男は目を閉じ、過去の記憶を辿る。楽しかった思い出、辛かった思い出、様々な感情が蘇ってくる。

「つまり、私の永遠の命は、私の記憶の中にあるのか…」

「そうだ。君が経験したこと、感じたこと、考えたこと、それら全てが君の永遠の命を形作る。たとえ肉体が滅びても、君の意識は永遠に生き続ける。まるで、本に書かれた物語のように」

男は静かに頷き、グラスを傾けた。

「面白い考えだ。永遠の命が記憶の中にあるとしたら、それは素晴らしいことかもしれない。しかし、もし嫌な記憶ばかりだったら…」

「それは君次第だ。生きている間に、どんな物語を紡ぐか。それは君自身が決めることだ。だからこそ、人生は貴重なんだ」

男は深く頷き、グラスを空にした。バーの薄暗い照明が、二人の顔をぼんやりと照らしていた。男は、永遠の命について考えながら、新たな物語を紡ぎ始める決意を胸に、静かにバーを後にした。

#ショートショート #パンダ大好きポッさん #名も無き小さな幸せに名を付ける

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