見出し画像

線の恋病 第6話




本当の自分とは何だろうか。スマホとパソコンを器用に両手で弄りながらも、先日、ゼミで行われた就活面接用の模擬を思い返す。その日、狭いゼミ室の中ではゼミ生達が必死に暗記事項を復唱していた。強み弱み強み強み弱み強み……。
汗を飛ばし合い、白熱するゼミ生達。
しかし、うとうと半目に聞く僕には、それはドラクエの呪文でも唱えているかの様に聞こえていた。
おそらくは雑誌かネットなんかの受け売りであろう。それをする事に本当に意味はあるのだろうか。面接通りの新採等、一体どこに居るのかと思う。しかし、弊社からすれば判断材料はそこにしか無いのだからゼミ生達も必死に呪文を反芻しているのだろう。僕が会社の社長であればこんな奴らは等しくメラゾーマであるが。
 そう考えると僕のプロフィールも同じである。まずは目に留まらなければならない。そうしなければ何も始まらないのだ。目に留まりさえすれば、僕も弊社に合わせてゆく。実際に惚れてもらいさえすれば、僕の嘘はただの気の利いたジョークになるのだから。 

「えーっと、車の画像がこれで……」

Googleを進むマウス音が小気味よく部屋を満たす。マウスを進めるたび、嘘を考えていると言う自覚すら薄れてゆく。
プロフィール上の僕はどんどん厚手に着飾っていく。なるほど冬に似合いの装いだ。



鉄ちゃん いいね0   登録してから16時間
初めまして、鉄ちゃん言います。よく笑う外資系社長です。去年、夢だった自分の会社作りました。
趣味はバーに行く事です。好きなお酒はウォッカです。そして、よく友達と海や山に行く事も好きです!車とかも好きで、画像に載せてる車よく乗ります。今は修理出していますが……。最後の景色は僕が好きな景色です!
こんな僕ですが、仲良くして下さい。   」

虚像の僕。何処にも居る筈の無い僕をそっと電子端末の中に送り出す。
僕はスマホの電源を爪でぎゅっと強く押す。気づけば時計の針は午後の3時にとまっていた。時計を見た途端、疲れが一気に体を駆け抜けた。ベットまでの距離が途端に遠く感じる。僕はそっとソファに体を預ける。

 瞼の上からLEDの強い彩光が目を刺した。僕は勢いよく目を覚ます。反射で手に持ったままのスマホに目を遣る。黒い液晶には僕が映るだけ。

「そうか。眠ってしまっていたのか」

微睡みながらも、キッチンに向かい水を一杯流し込む。久しぶりに使うコップは少し埃の味がして咳き込んだ。落ち着かない。リビングに戻り、時計を見ると針は午後9時にまで進んでいた。
 あれから僕の嘘は一体、どうなってしまったのか。バレて袋叩きにされているのか、それとも童貞臭い僕の嘘にはやはり誰も寄り付いてはいないのか。
スマホを持つ右手親指に力を入れる。スマホは青白い光を放つ。いつもと変わらないホーム画面。すると、

(ヴー、ヴー、ヴー)

聞き慣れない着信音に僕の体が固まる。 
恐る恐るピンクのアイコンを開く。

(鉄ちゃんさんへ、「いいね」が3件届いています。受理しますか?)

気づけば、僕の手は勝手に動いていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?