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修士二年生, まだまだ自分を知らない

小学6年生だった僕が,
原子力分野の研究を志して12年が経った。

気づけば大学院の修士二年生になり, 
最近は週7日, 休みなく何かしら作業をしている。


僕がやっている研究は, 主に土壌汚染について。


ただ, 小難しい話をくどくど書くと
しんどくなるのはわかっている。

日頃の家族の反応を見ていても明らかだ。


そこで, 中身の話はせず, 
そこに至るまでの過程を中心に書きたい。



原子力という忌避されがちな分野の研究を
小学生ながらに志したきっかけは, 想像に難くない。

福島第一原子力発電所の事故映像を見ていたからだ。

現場から遠く離れた京都の地で。深い理解もなく。


あまりはっきりとは覚えていないが,
当時の僕は弁護士を目指していたようだ。

卒業アルバムには, 20歳の自分に向けて
「弁護士になれているか」と
無邪気に問いかける文章が書かれていた。


詳しい理由は覚えていないが,

きっとそのくらいの時期に
いじめに遭っていたことが大きかったと思う。


小学生の頃は, 本を読むことと,
日本の歴史を学ぶことが好きだった。

今もそうだが, 好奇心の根っこは文系寄りだ。


そんな子供が煙を上げる原子力発電所の映像を見て思ったのだ。


「YES」でも「NO」でも良い。
ただ, 自分なりの意見を持たないことの方が嫌だ。

だから, この研究をしよう。


今までも, 夢を発芽させる,
他の種とは出会っていたのだと思う。

小学校ではユニセフの話だって聞いたことがあったし, 
歴史の中では男女間の格差解消の話だって出てくる。


ただ, 当時の僕に刺さったのは,
教科書でも先生のありがたい話でもなく, 

壊れた原発の映像, それだけだった。


しかし, 就職活動を始めるまで, 
なぜそこまで強い衝動を抱いたのか言語化できなかった。


そして, 研究が好きなのに原子力分野では
一切就活をしない理由もよくわかっていなかった。

なんとなくメーカーや電力会社は,
一社も受けなかった。本当に興味が持てなかった。


ただ, 原子力の研究で大学院に進んだ人間が
ビジネス職で就活をしていると

どうしても不思議に見えるらしい。
面接では, ほとんど毎回質問をいただいた。

なぜ原子力を専攻したの?


僕も聞きたいくらいだったが,
とりあえずパッと思いついた回答を答えていた。

わからないものへの恐怖を放置したくなかったから。

非常にそれっぽいが, 自分の中ではしっくりきていなかった。
原子力の外に出る理由がつながらないからだ。

たかが数年の研究で満たせる好奇心だったのか, 
取り除ける恐怖だったのか, という話になってくる。


ようやく "答えらしきもの" が見つかったのは,
面接の中で嫌いなものを聞かれた時だった。


基本的に嫌いなことはない。

仕事の好き嫌いも少ない方だと思うし, 
人間関係も "好き" か, "何も思わないか" の二択だ。


ただし, 例外的に, 強烈に嫌いな一言がある。

やっていればできたはず。

これに尽きる。この一言が死ぬほど嫌いだ。
いくら言っても前には進まないからだ。


そしてこの一言を, 小学6年生当時の僕は大量に聴いたのだ。

あんなに危ないものを…
もっと対策するべきだったのに…


無責任に, 安全地帯から後ろを振り返る発言を聞くたび, 

こんなことを言う人たちと, 同列にされたくない。

そう思ったのだ。これが根源的な衝動だった。


正論らしいことをこぼしていれば, 責任を取らなくて良い。

"正しいっぽい" 発言は, 責められるリスクを低く抑えながら自己の顕示欲を満たすことができる。

確証バイアスを深めながら, それはループしていく。


リスクをとってでも, 自分の意見を持てるように。
無責任に, 知識もなく何かを語らないように。

僕の行動原理は, テレビに映った "有識者" や
周囲の大人を反面教師にすることから始まっていた。

ここまで言語化できたとき,
自分のことがちょっとわかった気がした。


そんなことを思いながら,
細やかな満足感を抱えて今日も研究室に通う。


僕が登校する頃には, 研究室には誰もいない。


学部4年生は院試が終わり,
開放感から遊んでいるのだろうか。

修士1年生は就活真っ只中, 
夏のインターンシップに行っているのだろうか。

同期と博士課程の先輩は,
もう1つのキャンパスで実験をしているのだろうか。


そんなことを思いながら, カバンから
実験ノートを取り出して地下の実験室に向かう。


がらんとした部屋を後にしながら, 

真面目にやっているのは自分だけか…と
心を病む人もきっといるんだろうなと思った。

実際, 博士課程には孤独感からか
精神的なバランスを崩す人が多いと聞く。


僕には楽しく研究できているので, 
まだメンタル面の不安はないが, 

それはそれで不思議で仕方ない。


「なぜ自分が研究に惹かれているのか」という
最も重要な問いに答えられないからだ。

それでも僕は週7日, お盆期間も大学に登校して
好き好んで作業ができる人間らしい。

よくわからない。そんな人がいるのだろうか。


何が楽しいのか, なぜ続くのか。
そしてなぜ就職先では活かさないのか。

全然わからない。
僕は自分のことをきっと1%も知らない。


でも頑張って知ろうとも,
知らなきゃいけないとも思わない。


なんとなく見えてくるだろうという
根拠のない期待感があるし,

悩むくらいなら面白いことに時間を割きたい。


最近, 実験の待ち時間で落語を聞くようになった。

昨日は, 古今亭志ん朝の「文七元結」だった。


この歳になって急に落語に出会った。

また不思議なことが増えた。


僕は本当に何もわかっていないんだな。僕を。

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