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大槻香奈個展 『死んじゃいけない星』 / インタビュー

白白庵での個展は三年ぶりとなる大槻香奈。
その間に起きた制作スタイルや心境の変化、作品に込めた夢と祈り。
白白庵だからこそ、というこの個展について、作家本人の視点から語られます。どうぞお楽しみください。




『死んじゃいけない星』


ー『死んじゃいけない星』というタイトルについてお伺いします。

まず、今回はステートメントを作ってないんです。

『死んじゃいけない星』というタイトルに絡めて話すと、例えば私自身やいろんな人に対しても死の気配みたいなものが近づいてることを察知した時、それが動機となって作品を作りたくなるんですけど、そこにはコンセプトも何もなくて、本能的なものでしかないんです。戦争とかコロナで人の死が身近になった感覚はもちろんあるんですけど、それはきっかけにしかすぎなくて。そういったことと関係なしにずっと誰かの死の気配を感じて生きてきたように思うんですね。
ステートメントに戦争を持ち出した途端作品が全部、「コロナ禍からの戦争があって『死んじゃいけない星』」って物語に回収されて終わっちゃう。それは今の時代、感情的にも現実的にもある意味で本当に正しいことだけれども、そもそも私は戦争のもっと手前でずっと「誰も死んでくれるな」って祈りを抱えて生きていましたし、とは言えそんなことって人に話したりはしないし、話せないんですよね。

だからステートメントという形ではなく「創作テキスト」という形で私のnoteに公開しています。

https://note.com/kanaohtsuki/n/n6ef69a97ce96

それに本来的な自分の芸術活動っていうのは、もう子供時代から既に始まっていたんじゃないかと思っていて。潜在的に自分のテーマが最初にあってそれを絵にかいて形にするってことは幼いころからやっていたと思う。何かのきっかけでそれが売れるようになって、仕事としての責任の取り方みたいなことを後々覚えていって、後付けでもステートメントの書き方を覚えたり、社会的なスキルを身につけて職業としての芸術家っぽくなっていくんですけど。
今年40才になって、職業的な芸術家としてのキャリアもある程度あって、「仕事」としてできるようにはなっていても、根本的に考えてることって子どもの頃からあんまり変わってないなって思うんですね。「原点に戻りたい」じゃないですけど、一度コンセプチュアルな部分をステートメントとして提示することから離れようと思ったんです。
そうでないと、多くの人が私の作品を単純な「仕事」的に解釈をするでしょう。根本的なところに関してそうは思ってほしくないんですね。

ー言葉の表面的な部分でなく、もっと深いところで作品と向き合ってほしい、ということですね。

芸術を求めている人たちって本来それを必要としているはずなのに。難しいですね。
もっと言えば「死んでくれるな」なんてことをステートメントにしたって、身勝手であんまり意味がないとも思います。
ステートメントを書くときには「この作品・展覧会は世界のみんなに関係してますよ」という説明の仕方をしますけど、今回の個展から発信するものは「死んでくれるな」という祈りで一方通行な発信。誰かに受け止めてもらえることは期待しないし、自分の祈りがどのような意味を持つのかも分からない。


大槻香奈『いのりWAVE 003』

それでもこうやって投げかけないと、日本の芸術はもっと終わっていくな、と思います。こうやってわがままな形で自分の祈りのためにやったことが、何か未来を作ろうとしている若い人に響いてくれたら良いなって。

今私が気にしているのは自分の展覧会を見てくれる10代とか小学生の子たちなんです。子どもたちに「自分も描けそうだな」って思っていて欲しいんですね。割と思われやすいタイプではあるんですけど。
現代アートの作家みたいに大きなお金をかけなくても図画工作レベルのハサミとクレヨンと画用紙、水彩絵の具とか、「君たちが持っている道具で既に芸術はできるんだ」、ってことを無言のメッセージとして伝えたいんです。

二年くらい前から『個人的物語』というシリーズの小さなドローイング作品を作り始めましたけど、あれだって百均の画用紙とかに、クレヨンや色鉛筆で描いちゃってるんですよ。広告チラシを使った作品シリーズだって、使い捨てでタダ同然のチラシでもちゃんと水張りすれば絵の具でも絵が描けちゃうし、画材のいろんなレイヤーが重なることでチラシという支持体が厚みをもって段々特別になっていく感じが楽しいんですよね。そういうことで夢を見てるんです。

子どもの時に使える画材って限りがあるし、自分で買えるわけでもないから。でもその中でいろんな技術とか考えがあってものを作ると、すごくいいものができるよってことを知ってて欲しくて。


大槻香奈『知恵の輪』

ーチラシ作品はついに掛軸にもなりましたね。

これが大人の遊びですよ。笑
チラシの裏に子どもの頃からよく絵を描いていましたけど、それを大人になって掛軸にできたという楽しさがあります。
子どもに夢を見せたいみたいなのはずっと思ってるんですよね。自分の子供の時の夢を今の自分が叶えてあげているだけかもしれませんが。

本気の大人の遊びをやることで人間本来のことや、芸術本来のことをいろんな人に思い出してほしいですし、夢を持ってやっている芸術には小さくとも社会を動かす力があることを示したい。それをステートメントにしちゃうと言葉だけのものになってスルーされてしまうかもしれない。だから展覧会に実際来てもらわないといけないなって。
今は自分が感情的/感覚的にものを作ることが圧倒的に正しいフェーズにいると確信していて。こんな展覧会は長いお付き合いのある白白庵だからこそできることで、皆さんには「信じてください」としか言いようがないんですけど。
数年後に振り返ったときにすごく大事な展示になっているはずです。


近年の活動 / 「うつわ」の拡がり


ーステートメントなしでも展示ができると思えたのは活動の変化の関係もあるんじゃないかと思うんです。今は絵画作品以外で思想をアウトプットする媒体もありますよね。

前回の白白庵個展の後から『日本現代うつわ論』を作り始めて、「ゆめしか出版」というチームもあるから、大事なことを自分ひとりで言葉にしなくても良くなったのはあるかもしれません。
自分のテーマとして掲げていた「うつわ」がみんなごとになったという感覚もあって、読者の方々とも、「うつわ」という言葉を介してのコミュニケーションが可能になって、拡がりを見せているところに一つ安心をしてます。私一人で全部喋らなくても伝わっていく。小さいかもしれないですけど、一つの現象が生まれたんです。
昔から言ってますけど、私は作品を作ることで現象を作りたいんですね。自然的なあり方に近い社会現象というか。
それが緩やかに広まって行っているのを見て、一回「仕事」の部分から離れて芸術に集中しよう、と思えたことは大きいです。


大槻香奈『お喋りのあと』

ー最近では配信プラットフォーム「シラス」での番組も始まりました。

『大槻香奈の芸術お茶会』というタイトルでスタートしました。セミナーとかの形にせず、月に複数回の配信で、お茶会という体裁でゲストをお呼びしたり、制作の様子をお見せしたり。自分の芸術活動をそのまま動画にしているので、根本的な物事を伝えられる可能性と意義を感じています。

『死んじゃいけない星』出展作品について


制作アプローチの変化

ーその中で制作アプローチの変化もあったかと思いますが、現在の技法的なテーマはどのようなものでしょうか?

コロナ以降、自分の絵画をちゃんと描こうというフェーズにいます。あまり実験的なことをせずに、子どものように一生懸命描いてるって感じなんです。コロナ前は自動筆記的に描いてみたり、スピード重視だとどうなるかとか、リヒターのアプローチに共鳴して写真とペインティングを行き来しての思考実験とか、空間そのものへのアプローチをコンセプチュアルにしてみたりとかをずっとやってました。
今は子どものようにただ純粋に絵画を一生懸命描く、ただそれだけを考えて描く。コンセプチュアルなことを抜きにしても、物体として良いぞっていう絵画を自分が作れるのか?というフェーズに変わったんです。工芸的と言っても良いかもしれません。

実験的なことをするとどんどん新しい技法や形態に移ってしまうんですけど、新しいものには未知の不安がつきまといます。コロナ禍という不安の時代にそれは求められてないと思ったんです。純粋にモノとしての良い絵画、確かさのあるものを自分はどれだけ作ることができるんだろう、と。
だから実験的なことはやってなくて、むしろ「絵の上手い子どもが頑張ったら描けるんじゃない?」みたいな描き方をしているんですよ。その範疇で成熟した自分でしか描けない領域に踏み込むんです。
この作品(下記画像『死んじゃいけない星』)だって技法的にはもしかしたら中学生でも描けるかもしれない。でも子どものままでは叶えきれない経験値と思考のレイヤーを自分は持っているはずなので。


大槻香奈『死んじゃいけない星』

この作品のモチーフは子どもに限らず大人でも誰でもみんな知っているものです。セーラー服の女の子、青空で入道雲に飛行機雲、みたいな。少女ポートレートもそうですけど、ありふれたモチーフしか描いてないんです。
その地点から、これからの未来を生きる若い人たちにどれだけ夢を与えられるんだろうと考えています。
自分も描けるかもしれないと思って、「描いてみたらこうはならない。なぜ?」みたいなところからスタートして、「目に見えてるものは同じでも、感じ方が違うってどういうことだろう?」とか、「人生には何があるんだろ」うとか、「世界には自分の知らないことが沢山あって、何を知っていけばいいんだろう?」とか。

大人向けの言葉で作品について語る機会はたくさんありましたけど、「死んじゃいけない」ってなると弱いものを思い浮かべるし、子どもの話に自然と繋がってくる感じはします。最近は「中学生の時に作品を見てました」っていう声も聞くんですよね。みんな大人になって自分に伝えに来てくれる。だから今でも、こちらに聞こえてこないだけで、SNSをやっていない年齢の子どもたちにも自分のメッセージは届いてると信じられるんです。


ドローイング作品の変遷

ーコロナ禍ではドローイングの『個人的物語』シリーズに力を入れてましたね。

ドローイングって落書きみたいなところから始まるんですけど、これもやっぱり子供に夢を見てほしいという気持ちがあります。
でも私は子どものころ「子どもに夢を与えたい」って言ってる大人が嫌いだったんですよ。その子どもって誰のことなんだよ、わざわざ言わなくていいから勝手になんかやっててくれよっていう。だから子ども達に直接は聞かれたくないんですけど、本当に思ってます。絵画なら無言のメッセージにしやすいですよね。

大槻香奈『きこえるほうへ』

小学三年生の時に七夕のお願い事で「世界で一番大きな絵が描けますように」って書いたんですよ。自分の自由帳に描いている絵が、芸術家の絵みたいにでっかくなることには夢があったんですよね。でも自分の子どもの頃の夢を叶えるみたいに、ドローイングのニュアンスのまま大きくするのってすごく難しいんですよ。単純に大きくすると画面が薄まって大味になっちゃう。
作品って描こうとする内容に対する大きさが大事なんですよ。写真でもそうです。なぜそのサイズなのかということに意味が生じる。大きくするだけなら技術的には可能でも、中身を伴った作品として成立させるのは別の話。ものすごく時間がかかるし、練習が必要です。いきなりやってもうまく行かないのは分かってたから、小さいものから始めてちょっとずつ大きくしていったんです。時間をかけないといけない。

ー『きこえるほうへ』もこの延長ですね。

あれで40号、まずはそこまで大きくできました。『季節に落とし物』(2022年)はその途中経過にいる頃です。やっぱり時間はかかりますけど、時間をかければできることは分かっているので諦めないでやっていこうとは思いますね。


大槻香奈『季節に落とし物』※白白庵常設作品

ー大きくして成立させるポイントとはなんでしょうか?

なんだろう?・・・自分の描こうとする内容と画面との対話の数にかかっている気がしますね。方法論はないです。
絵として良いってだけじゃなくて、ちゃんと対話を重ねた絵画になっていてほしい。とにかくわかんないから時間がかかるんでしょうね。

新作少女ポートレート


そんな風だから今回の新作は全部、いつもより完成までめちゃくちゃ時間がかかっているんです。ポートレートも1作品に二週間とか、時間配分がおかしくなってしまったんです。コロナ前は三日間で小作品12枚とか描いてた時期もあったのに。笑
だからこそ過去作品と比較しても確実に良いものができたという実感もあります。時間をかければ良い、というわけでもないですし、むしろ時間かけたようには見えないかもしれないですが。そういう押し付けがましさがないのは安心ではあります。
時間をかけたことで「頑張ってるんです!」みたいな感じになってしまうと感動から遠ざかるし、圧力によって見せるものでなく、普通のものとして見ていられることが大事です。


大槻香奈『光あるのは』

ーポートレートにもドローイングの感覚が反映されたんですね。

「落書きからちゃんと絵画になってくれ」という祈りみたいなものは大きく反映されてますね。

ーポートレートの変遷は無意識的なものでしょうか?それとも時期によってテーマ設定をしていますか?

半々くらいですね。コロナ前にやってた曖昧輪郭線シリーズは完全に意識的です。実験的なものはやはりコンセプチュアルになります。コロナ禍以降は実験ではなく、自然的なものを求めながら、自分の中の誠実さみたいなものと向き合ってます。それは小学生が一生懸命絵を描く誠実さと変わらないんですよ。ほんとにそうなんです。技術と経験値がある小学生みたいなものです。今なら小学生とめちゃくちゃ仲良くできそう。笑 


『ずっといい』

ー今回、2012年の100号作品『ずっといい』を出展される意図は何でしょうか?

大槻香奈『ずっといい』

私たち人間っていうのは根本的に弱い存在で、どんなに誠実に生きたいと願っていても危機が迫るとそうはいられなくなるという弱さを提示したかった作品です。震災をきっかけに顕わになった人の弱さや、自然への抗えなさだったり。何も考えられなくなって感情的なやり取りしかしなくなる姿を描いていて、「人間って愚かだけど可愛いよね」みたいな絵です。
この作品で描いたことが時代の変わり目に何回も立ち上がってくる感覚があるんです。今回の『死んじゃいけない星』は少女ポートレートが強い構成です。鑑賞者はポートレートに一対一で向き合って、そこに描かれている人間性とか内面性に触れることになるんです。人間ってそうやって近寄ってみるとそれぞれ個性が感じられて、その人特有の唯一無二さが分かるんですけど、引いて俯瞰して見た時にはみんな同じように見えてしまうし、自然現象の一部でしかないと思えてしまう。
デモ行進とか見ててもそうですね。集まって何かしてると人が粒に見えちゃう。一人一人がいろんなことを考えてるはずなのに自然現象になっちゃう。同じ人間なのに距離によって見え方が変わるんです。

ポートレートが今回主題になってるのであれば、それと真逆の視点も必要になる。この並んだ女の子たちも近づいて行くとポートレートの女の子になるんですよ。でも人はそういう風には見ない。集団の一部としての「あいつら」とか「みんな」。そこから「この人」になる。

沢山の割れた卵のモチーフによって、神様のいない世界での取り返しのつかなさをここに描いているんです。
「やっちまった!」ということがないまま大人になってしまった人には伝わらないかもしれないですけど、何かを選択して「こんなはずじゃなかった!神はいないんだ!」って思った時にそこから自分のオリジナルの人生が始まる。それが、私が作品内で言ってきた「蛹」の時期なんです。


蛹、『みんなからのなか』


大槻香奈『みんなからのなか 1/168 星空』

ー「蛹」ということで『みんなからのなか』シリーズが今回復活します。

これも2012年に震災きっかけで「蛹」というテーマが出てきた時に制作したシリーズです。青虫である私たちは大人になるためにまずは蛹にならないといけない。大人っていうのは自然になるものではなくて、なろうとしてなるものです。この「蛹になっていこう」という意思を主題にしていた頃の作品です。
構造としてはゼラチンのカプセルの中に蛹の立体が入っていて、それが額縁の中で整列しています。その中に女の子の立体が挟まっている。ゼラチンのカプセルというのは経年劣化で割れていったり溶けたりするので、いずれこの張り付いている蛹は画面の下に落ちていくんです。最初の整列している状態だと、みんなが大人になる準備をして蛹になっているのに、大人へのなり方が分からない青虫の女の子が取り残されているように見える。でも経年劣化で蛹が落ちていくと、女の子が蛹の中から出てきた蝶々に見えるようになる。時間の経過とともに捉え方が変わる作品、動く絵画です。

当時はメタボリズム建築に影響を受けて、新陳代謝とか有機的に変化していく器みたいなことを考えていて、震災で街が崩壊する中で希望のあるテーマに思えたんです。
その建築概念を作品に取り入れたいな、と思ってこの形になりました。
当時この作品は好評でした。今の自分の身を溶かして蛹になって、ゼロから始めるということで響いたんです。やっぱりゼロからやるってすごくしんどいし、死んじゃうかもしれない怖さも前提としてあるんです。でも私たちは生きているので、時間が解決してくれる問題も確かにあって、そこに希望を持っても良いんじゃないかと思うんです。
蛹のカプセルは割れるように仕向けなくても勝手に割れていくし、放っておけば勝手に変わっていくものなので。時間が解決してくれるんです。生きていく意思も大事だけど、自然的に救われていくこともあるから、それを忘れないで、という優しいメッセージも同時にあるんです。だからちょっとお守りっぽい作品ではありますね。

『死んじゃいけない星』なので、一つの希望の形として、お守り的な意味合いで機能するかな、と思って再構築しました。

蛹になるってことはそのまま死んじゃう可能性もあるんです。蛹の中では身を溶かしているので、自分の人生を生きることは危ないことなんです。今の時代、みんな自由に生きて良いんだってことになってるんですけど、その危険に対しては本当は助け合わないといけないはずなのに、一人で生きていける社会構造になっている。でもそこにはやっぱり無理があって人間が死にやすい環境にもなってる。
私は自分の人生が始まっちゃった瞬間を描いているんです。人生で一番孤独になる時期というか。小学生で気づく人もいれば20代や30代でやって来るかもしれないし、おばあちゃんになってから絶望するかもしれない。それがどのタイミングでくるかは人それぞれで、思春期的な時期はみんな違うんです。その人生の落とし穴みたいなポイントに向かって芸術をやることに意味があると私は思う。そこでどこか救われていてほしいんです。孤独になりやすい時代だからこそ私はそこに働きかけてる。


大槻香奈
左:『壊れてない星』
右:『現象的存在』

~ 我憂い、君想う。 ~

南青山・白白庵 企画
大槻 香奈 個展

『死んじゃいけない星』

会期:4月27日(土)~5月6日(月祝)
*木曜定休
時間:午前11時~午後7時
会場:白白庵、オンラインショップ内特設ページ

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