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デッサン: 正確にものをとらえるようとする思考

「人間を描くのだけは苦手だ」よく言われる。
「風景を描くのは得意なんだけど」こういったこともよく耳にする。

しかし、ぼくは思うのだ。
デッサンが、物事を正確にとらえて描写するということなら、人間の顔が書けないのなら、風景であろうと静物画であろうと描けないのではないだろうか。

正確にものをとらえるということは簡単ではない。

風景は適当に誤魔化してもそれなりに描ける。花も適当に描いてもそれらしく見える。
ヒマワリなんて見なくてもそれなりに描けるものだ。印象を描くからだ。

しかし、陶器の壺とガラスの壺を描き分けろと言われると、たいそうな技術を要するものだ。

印象では誤魔化せないのだ。

人の顔などは少しでも比率が狂うと変な顔になる。その違和感は絵が描けない人であってもすぐわかる。

だからこそ「人間を描くのは苦手だ」と言われるのだろう。誤魔化しが効かないからだ。

ぼくの考えの中では「人間の顔が描けて一丁前」だというのがある。
絵を描くには方法がある。それを探し出すことに時間がかかる。
間違った描き方をすると、最後まで修正できずにまずいものになる。

描く手順が成功した例

描く手順は難しい。オリジナルで見つけるしかないのだ。

別の描き方を試すがうまくいかない。失敗例

何度も何度も描いて失敗して、あーでもないこーでもないを繰り返すしかない。

実践の中から理論を生み出す感じだ。きっと思考も同じだ。
それどころか、絵を描くというのは、どういった思考をするのかを試されているようにさえ思う。

考えているだけではダメなのだ。
何かで試し、どういったものになるかを表してみる必要があると思っている。

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