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金沢妖手帖

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金沢は決して奥の奥を見せない。ほんの少しだけ覗かせるだけである。
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#創作

小瓶と金平糖

その日の月夜さんの部屋はカエルだらけだった。私は恐る恐る部屋に入った。

「お義姉さん。これは一体なんなんですか?」

月夜さんは私が怖がっているのが面白いらしくクックックックとずっと笑っている。

「あー面白い。やはりあなたと家族になれて良かった。夕子は元気?」

「そりゃあ、もう。すいませんね今日出張で京都に行ってます。」

カエルが1匹私の頭に乗っかり大あくびをした。これが月夜さんのツボだっ

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桜の花が咲く前に 後編

県立図書館脇の細い小道を抜け旧中村邸を駆け抜ける。ウネウネと県立美術館へ続く石段を駆け上ると本多の森ホールはもうすぐだ。息が切れる。私はネクタイを取り気道を確保した。それにしてもスーツに革靴はなんて身動きが取れにくいのだろう。

ようやく会場に着くと卒業生たちが入り口前で騒いでいた。夕子さんはどこだ!卒業生のあでやかな衣装に鼻の下が伸びそうになるのを必死に堪え夕子さんを探した。何処にもいない。もし

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桜の花が咲く前に 前編

3月になったばかりのある日、夕子さんから写真付きのメールが送られてきた。

これ、明日着るやつ。いいでしょ。

夕子さんが鮮やかな振袖と袴を着ている写真をぼんやり眺めながら最初は何のことかわからなかったが、しばらくしてああそういえば卒業式かと気付いた。

いいですね。ご卒業おめでとうございます。

返信するとすぐに返事が返って来た。

明日、13時に北陸電力会館

その場所は卒業式がある会場だった

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夏月

前期の試験が終わり夏休みで実家に帰るため金沢を脱出する友人がいるなか私はまだ金沢にいた。というか帰省する気が無かった。今年の夏の暑さは尋常ではなく炎天下の中、しばらく立っていると気が狂うような気がした。こういう日には冷たい炭酸の飲物が飲みたくなる。私は片町に繰り出し、行きつけの安酒を飲ましてくれる居酒屋で思う存分炭酸を飲んだ後、どこをどう歩いたのか皆目わからないが橋場町の橋の上にいた。橋の下では浅

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月読み4

「お使い、ありがとうございました」

インク壺を渡すと月夜さんはふくふくと笑みを浮かべた。どうやら喜んでいただけたようだった。

「あの、それとこちらが領収書です」

領収書を貰っておくなんて我ながらファインプレーだった。25000円しっかり請求せねば。そうでなければ私の明日は暗い。月夜さんは領収書をちらと見て

「あぁ、手数料分をお渡しするのを忘れていましたね」

そう言うと立ち上がり本棚から本

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月読み3

 「日進堂」というのがその店の名前だった。隠れ家的店というより隠れ過ぎて辛うじて存在しているような店のように見えた。そもそもネットで検索してもわからない。このご時世に、である。

ようやく見つけ出した頃には夜になる一歩手前だった。別に約束しているわけでは無いけれど月夜さんが言った夕暮れ時に訪れないと何かよからぬことが起きそうな気がしたのだ。

店内に入ると無数の金魚が空中を気持ちよさそうに泳いでい

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月読み2

 その部屋は家の離れにある茶室のような小部屋だった。日も暮れた頃、離れを訪れると入口に白い提灯がぶら下がっていて明かりが灯っていた。暗いので提灯が闇夜に浮かんでいるようでここが現代なのかわからなくなりそうだった。

「お邪魔します」と小声で木の引き戸を開ける。部屋は予想通りの4畳半で両壁には本棚が隙間なく並べてあった。本棚にはパッと見た感じ私にはとても理解出来そうにない難しい本がびっしりと詰め込ま

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月読み

アルバイトの帰り、なんとなく古い街並みが見たくなり主計町をフラフラ歩いてみた。春休みももうすぐ終わり春の香りが少しずつ強くなりその匂いを風が運んで来て私の鼻をくすぐった。夕方に近づき闇が主計町の古い街を染め芸鼓さんが稽古する三味線の音色が現実と幻想の境界線を曖昧にしていく。

「あら、こんばんは」

幻想の世界を漂っていると急に声をかけられ驚き振り向くと見たことのある女性が立っていた。女性は着物姿

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春の夜の夢-下-

 夕子さんは木箱を開けた。中には綺麗な掛け軸が入っていた。

「これ、私が作ったの。なかなかいいでしょ」

夕子さんは床の間に掛け軸をするする掛けながら言った。彼女が言うように掛け軸は立派なものだった。しかし、奇妙なことに掛け軸には絵が描かれていない。不思議に思って尋ねると夕子さんは「これからその意味がわかる」としか教えてくれなかった。

夕子さんは部屋の縁側に続く引き戸を少しだけ開け行灯の蝋燭に

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春の夜の夢‐中‐

夕子さんの自宅は東山の細く怪しい小道を抜けたところにある。夜にその小道を歩くの実に恐ろしい。とろんとした暗闇が足にまとわりつきそのまま闇の中に落ちてしまいそうだった。なんとか自宅にたどり着くと夕子さんが細長い木箱を抱えて待っていた。夕子さんは私を認めるとその木箱をぐいと私に押し付けた。

「さあ陽太君、楽しい楽しいデートの始まりだよ」

夕子さんはそう言うとスタスタと歩き出した。私はその後をトボト

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春の夜の夢‐上‐

夕子さんは最近、私のことを名前で呼ぶ。

「陽太君、何してるの?」

「陽太君、週末忙しい?」

「陽太君、お腹空いた。パン買って来てよ」…これは違うな。ただのパシリだ。とにかく私は夕子さんに名前で呼ばれることにすっかり慣れてしまった。

ある日、図書館で私にしては珍しく勉学に励んでいたら隣の席にいつの間にか夕子さんが頬杖をついて座っていて驚いて思わずのけぞった。

「珍しく勉強してらっしゃる…。

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金沢百鬼夜行‐下‐

ひとしきり筆を走らせた後、男のペンはパタリと止まった。腕に止まっていた天使はいつの間にか消えている。

「またダメだ」

男はうなだれた。ここ最近、天使が腕に腰かける時間が短くなったのだと言う。理由はわからない。

「きっと俺が天使の力を借りて有名になりたいなどと変な野心を持ってしまったためなんだ」と消え入る声で呟き頭を掻きむしった。

「西島さん」

夕子さんは優しく男にささやいた。「恐らく天使

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金沢百鬼夜行‐中‐

その男は喫茶店の窓辺に座り外の景色を眺めていた。男は何か見ているようで何も見ていない。その姿はまるで抜け殻そのものだった。

男の目の前には原稿用紙と万年筆が置いてある。原稿用紙には一文字も書かれていない。私と夕子さんは男の目の前の席に静かに座る。店員が注文を取りにやって来た。夕子さんは紅茶を頼み私はコーヒーを頼んだ。その間も男は空疎な目つきで窓辺を眺め身じろぎひとつしなかった。

「夕子さん、こ

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金沢百鬼夜行‐上‐

夕子さんの実家でモノノケを見せてもらって以来、どういうわけか彼女は私に話しかけてくるようになった。恐らく私と夕子さんは秘密を共有した仲になったからだと思う。私としては憧れの女性と親しくなれて嬉しい限りだった。そんなある日、サークルが終わり帰り支度をしていた私に夕子さんが

「週末何か予定ある?」

と尋ねた。その週末はアルバイトも休みだったので特に予定は無いと告げると彼女は「じゃあ、ちょっと付き合

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