桜の花が咲く前に 後編

県立図書館脇の細い小道を抜け旧中村邸を駆け抜ける。ウネウネと県立美術館へ続く石段を駆け上ると本多の森ホールはもうすぐだ。息が切れる。私はネクタイを取り気道を確保した。それにしてもスーツに革靴はなんて身動きが取れにくいのだろう。

ようやく会場に着くと卒業生たちが入り口前で騒いでいた。夕子さんはどこだ!卒業生のあでやかな衣装に鼻の下が伸びそうになるのを必死に堪え夕子さんを探した。何処にもいない。もしかしたら夕子さんに会えるのは今日が最後かもしれないのに俺は一体何をやっていたのだろう。自己嫌悪に陥りながらも彼女の名前を大声で叫ぶわけにもいかず、会場前を探し続けた。

「何やってんの?」

聞き覚えのある声がして振り返ると夕子さんがいた。

「何って…夕子さんにお祝いの言葉を…」

「あらら、それはどうもありがとう」

「なんかもっとこう…感動的な感じにならないもんですかね。…いや、まあらしいっちゃらしいですけど」

「え、ナニナニ。私が感動してハグとかキスすればいいの?そんなことすると思う?」

全くもって思わなかった。とはいえ、せっかくだからと静かな所で話すことになった。

「卒業後は何するんですか?」

「明日から京都で修業よ」

「京都?修行?」

「鞍馬山の天狗に弟子入りするの」

嘘みたいな話だけどこの人ならあり得ると思ってしまう。それから、大学での思い出話をアレコレした後に懇親会の時間になったので、最後にもう一度お祝いの挨拶を述べた。夕子さんはありがとうと今まで見た中で一番の笑顔でハグをしてキスをしてくれた。私がドギマギしていると

「じゃあね。楽しかった。ありがとう」

と言ってふわりと去っていった。

夕子さんは卒業後、確かに京都の鞍馬山に行き天狗に業を習ったようだ。その後、金沢に戻り家業を継ぐのだが、その話はまた何かの機会に書くかもしれない。

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