フィン・マックールが率いた戦士団フィアンについて

これらの物語の近代の批判的読者は、すぐに次のように感じるだろう、この煌びやかな蜃気楼の中に、事実の裏付けを探すことは徒労であると。しかしその蜃気楼は、この種の文芸に対する極めて稀な才能を有する詩人たちと語り部たちによって作り上げられたものであるからして、かつてアイルランドとスコットランドのゲール人の想像の世界を深く支配していたのである。(Myths And Legends Of The Celtic Race, pp. 254-255、拙訳)


アイルランドで最も有名な英雄であるフィン・マックールを語る上で、彼が率いた戦士団フィアンは欠かすことができない存在です。本記事では前回の「フィンの生涯」に続いて、この戦士団について説明をしていきます。


1.フィアンとは何か

1.1.名前

主格単数形フィアン(fían)、主格複数形フィアナ(fíanna)で、英語でも日本語でもフィアナ(fían(n)a)と表記されることが多いですが、以下ではこの単語の基本形である「フィアン」で通します。属格形はフェーネ(féinne)で、この語形に由来して、英語では、フィン・マックールを中心とした伝承群が "Fenian Cycle" と呼ばれます。日本語ではこれに由来して「フィニアンサイクル」と表記されることが多いです。この語は元々普通名詞でしたが、後代の伝承ではフィンが率いた戦士団のみを指す固有名詞となりました。

1.2.フィアンの長

フィン・マックール(フィン・マク・クウァル)は、戦士団フィアンのリーダーとして知られています。フィンの父親クウァルも同じフィアンの長であり、このフィアンにおいて、フィンとクウァルを含む「バシュクネの一族」と、クウァルを殺したゴルの属する「モルナの一族」とが、団長の地位を占めてきました。そして上述の通り、ゴルがクウァルを殺し、反対にゴルはクウァルらとの戦いで片目を失ったため、この二つの一族の間に敵対関係が生まれたのです。

1.3.フィアンの生活

フィアンは普段、狩りや戦い、略奪、スポーツ、料理、詩作をして暮らしており、アイルランドの王権の(現実・超常両方の)脅威からの防衛を担うことになっていました。また、若者を大人へと(特に狩猟、戦闘、礼儀作法、そして詩的創作において)育成するという側面もあったため、「騎士道精神」に通ずるものがあったとのことです(Celtic Culture, s.v. Fían)。フィアンは「騎士団」と認識されることも多いですが、理由の一つにはこのことが挙げられると思われます。

1.4.伝説と現実のフィアン

フィンと彼のフィアンは空想の産物ですが、フィアンそれ自体は現実に存在していました。中世初期に成立したアイルランドの法律である「ブレホン法」には、どのトゥアス(小邦)にも属さず、土地を持たず、まさに「社会の狭間」で生きる人びとの存在が言及されています。フィアンとはまさにこのような集団、社会になじまぬ放浪者たちの集団でした。このようなフィアンは、紀元前300年にフィアハズというアイルランド高王により初めて組織されたと言われていますが、これは恐らく伝説でしょう。

伝承の中でのフィアンは、上記のような狩りや戦いに興じる一方、異界への冒険に巻き込まれ、敵と戦い、貴重な物品を手に入れ、宴で飲み食いします。物語を見てみると、しばしば彼らが狩りをしている最中に異界へ紛れ込んだりする始まり方をしています。そして、多くの点でフィンと彼の戦士達は、「キルッフとオルウェン」といったウェールズの伝承における、アーサーと彼の宮廷に類似しています(Celtic Culture, s.v. Fiannaíocht, §2)。

1.5.入団の試練

フィアンの入団には厳しい試練が課され、高度な戦闘技術と器用さ、そして詩的能力が求められます。例えば、ある試練ではまず応募者が穴の中に半身を収め、盾とハシバミの枝だけを持ち、その周りから9人の団員達が槍を投げ、一つでも傷を負うと失格となりました。また別の試練では髪の毛を編まれ、森の中を団員たちに追いかけられ、以下の条件のどれかを満たすと失格になりました。追い越されること、傷を負うこと、手に持った武器が震えること、編んだ髪が木の枝に引っかかること、枯れ枝を踏み折ること。さらには眉の高さの枝を飛び越えたり、膝の高さの枝をくぐったり、速度を落とさずに足から棘を抜いたりといった身体能力が要求され、それだけでなく20冊もの詩作に関する書物に通暁していなければなりませんでした。

このような入団試練からわかるのは、単に身体能力に優れるだけでなく、魔術的・詩的な能力もまた求められたということです。先述の通り、初期アイルランドでは詩人とは則ち知識人であり、魔術師であり、予知者であったので、この二つの能力は同じものの別の側面なのです。ゆえに、まさに文武両道に秀でることが、フィアンのメンバーの必須要件だったのです。

1.6.勢力

フィンのフィアンは、アイルランドで最も強力なフィアンであり、多くの精強な戦士が属しました。その結果高王にも匹敵する勢力を誇り、高王に貢物を要求すらしていました。しかしその帰結として高王と対立し、「ガヴァルの戦い」でフィンの孫オスカルを含む、多くの戦士を失い、その勢力を著しく減じることになってしまうのです。

1.7.伝承の変化

フィンサイクルの物語は、長い時代にわたって語られ続けたため、非常に多くの話があり、また変化もありました。そのうちの一つにフィアンの指すものの変化があります。フィアン(fían)は、はじめは普通名詞であり、フィンのフィアン以外のフィアンも存在することを含意していたと思われるのですが、やがてフィンのフィアンのみを指す固有名詞になっていきました。また、フィンは、初期の話ではフィアンの単なるいち団員として、しかし後にはフィアンのリーダーとして、物語に出てくるようになりました(Celtic Culture, s.v. Fiannaíocht, §2)。

1.8.その他

フィアン(フィアナ)という語は近現代アイルランドでよく用いられ、最も有名なものとしては、「フィアナ・ファール(Fianna Fáil)」という、アイルランドの共和主義政党があります。現在では1926年に発足し、現在はアイルランド第2の議席数を有している大政党です。

ファール(Fáil)とはアイルランドの神話に登場する、王を選ぶ「ファールの石」(Lía Fáil)のことであり、「運命」の意味で解されることが多いです。アイルランド島そのものも、伝承の中で「ファールの島」(Inis Fáil)と呼ばれることがあります。


2.フィンのフィアンの主たるメンバー

以下では、リーダーであるフィンを除くフィアンの有名な団員について説明していきます。誰もが単独で話の主軸になり得るような、キャラの立った戦士たちです。

2.1.オシーン

フィンと、鹿になった乙女との息子(経緯は拙記事「フィンの生涯」参照)。その名は「仔鹿」を意味します。戦士でもありますが、詩人としてよく知られています。「常若の国のオシーン」において、海の彼方の楽園へと招かれ楽しく暮らしますが、帰ってきたときには数百年が経過していました。そして地に足を付けた途端に老いが現れ、盲目の弱々しい老人となってしまいました(この話は日本の「浦島太郎」にそっくりです)。アイルランドは既にキリスト教の時代になっており、老オシーンは聖パトリックに出会い、かつてのフィアンについて語って聞かせました。今に残る彼らの物語の多くは、オシーンが語り伝えたことになっています。なおより新しい伝承がそのような枠組みで語られており、古いもの(「フィンの少年時代の功業」など)はオシーンを語り部とはしていません。

「ああ気高きオシーン、王の子よ、
 この日人びとが歌に歌うのは誰の行いなのか!
 そなたの哀しみを宥め、そして我々に語りたまえ、
 いかなる奇異なる運命によりて、そなたががかくも長く生きたるかを!」
「ああパトリック、ここにお前に語るべき物語がある、
 私にとってはその古き記憶は哀しきものだが――
 あれはガヴァルの戦いの後だった、哀しいかな、
 ガヴァルの平原で斃れたのだ、我が勇敢なる息子オスカルが!」(「常若の国のオシーンの詩」;Micheál Coimín, Laoi Oisín ar Ṫir na n-Óg: The Lay of Oisín in the Land of Youth, 1896, p. 3, 拙訳)

2.2.オスカル

オシーンの息子です。その名は「仔鹿を愛する者」を意味し、フィアンで最強の戦士です。「ガヴァルの戦い」のあるバージョンでは、敵の高王カルブレ・リフェハルと相打ちになり、フィンはフィアンのメンバーの中で、唯一彼の死に涙を流しました。また別のバージョンでは、この地上でオスカルと一対一で戦える者などいない、と述べられています。

2.3.ディルムッド・オディナ(ディアルマッド・ウァ・ドゥヴニャ)

フィアンで最も美しい戦士です。英語化されたディルムッド・オディナという表記でよく知られています。ガイ・ジェルグ(赤い槍)とガイ・ブジェ(黄色い槍)という二つの槍を持っています。妖精に与えられた、いかなる女をも魅了する魔法の斑点(黒子と解釈されることもある)を持ちます。「ディアルマッドとグラーニァの追跡」では、高王コルマクの娘グラーニァが、老フィンと結婚させられることになったため、ディアルマッドに無理強いし、泣く泣くフィアンを離れて駆け落ちさせました。後にフィンと表面上は和解し、しばらくグラーニァと幸せに暮らしますが、最後には嫉妬の炎が燻っていたフィンにだまし討ちされ、異界の猪(元は異父弟だった)と相打ちに死にます。

2.4.カイルチェ・マク・ローナーン(キールタ)

オシーンと同じく、戦士にして詩人です。オシーンでなく、彼が語ったとされる詩も残されています。幾つかのテクストでは、フィンの甥とされることがあります。また俊足で知られており、「フィンとグラーニァ」では、グラーニァから要求された、アイルランドに住むあらゆる獣のつがいを、フィンに代わって彼が、その俊足を活かして捕まえました。「古老たちの語らい」では、オシーンと同じくキリスト教の時代まで生き残り、フィアンの事跡を語りました。

2.5.ゴル・マク・モルナ(アイド)

フィンの父クウァルの仇です。かつてはアイド(「火」の意味)という名前でしたが、彼がクウァルを殺した「クヌハの戦い」において、クウァル陣営の戦士によって片目を失い、ゴル(「片目」の意味)と呼ばれるようになりました。クウァル亡き後フィアンの長の座に収まりましたが、フィンがタラに現れるアレン・マク・ミーナを倒すと、フィンにその座を明け渡しました。フィンの死のバージョンの一つでは、彼がフィンを殺したとされています。

2.6.コナーン・マイル・マク・モルナ

名前は〈禿げ〉のコナーンの意味。しばしばゴル・マク・モルナの兄弟とされます。太っていて、頭が悪く、意地が悪く、欲深な、フィアナの中でも最も滑稽な道化役です。しかし戦いから逃げることはなく、フィンにも信頼されています。背中は人の肌ではなく、羊の黒い毛皮で覆われています。

2.7.ブランとシュキョーラン

フィンが愛する二頭の猟犬です。実はフィンのいとこです。フィンの母方のおばであるウルン(またはトゥルン、トゥレン)が、嫉妬故に魔法をかけられて猟犬に変身させられ、そのときすでに身ごもっていた子供を産みました。それがこの二頭の猟犬でした。その出自故か、同じく鹿に変身させられたオシーンの母サズヴの正体を見破っています。


3.フィアンに関する物語のあらすじ

ここで彼らが登場する話をひとつ見てみましょう。上で紹介した団員たちは、ほとんどが既にこれまで登場する話を紹介してあります。なので、まだ紹介していないコナーンの話を一つ、そしてまた別のコナーンという男が登場し、フィアンがトゥアサ・デー・ダナンと戦う話を、おおまかに語ってみましょう。

一つ目は、コナーン・マイル・マク・モルナが、その背中を覆う、奇妙な黒い羊の毛皮を得た経緯です。そして二つ目は「コナーンの館での饗宴」(Feis Tighe Chonáin)です。


3.1.コナーン・マイル・マク・モルナが背中を黒い羊の毛皮で覆うようになった経緯

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