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残された時間と目指す未来。

下山まで三週間を切った今、小屋明けの5月から今日までの日々を振り返りながら毎日を名残惜しく過ごしている。tetonさんを始めとする新しい数々の出会い、お客様と交わしてきた『お帰りなさい、ただいま』から始まる一つ一つの会話、仲間達と交わして来た『今日のまかない何しよっか?』から始まる他愛もない会話、鮮明に思い出される数々の時間。仲間達と挑んで来た2023年尾瀬小屋の挑戦も残り僅かとなってきた。

今年5月の尾瀬ヶ原

小屋明けの頃。まだ至仏山には雪が残り、標高1400mの尾瀬ヶ原でも長袖ウェアやニット帽を身に付けていなければ凍える寒さ。まだ草葉も育たぬ露出した湿原だった景色も、あっという間に春を迎え、夏を越え、秋へと移り行く季節を五感で捉え続けてきた。例え一瞬だったとしても、玄関を開けて一歩外に出ればこの景色を見られる我々は本当に贅沢な環境にいる。毎日その場にいるとそれが当たり前過ぎて、何とも思わなくなる事もあるけれど、時より東京に下山した時に感じた、駅を歩く人達の表情や姿、都会の雑音や臭いを思えば尾瀬がいかに雄大なロケーションで我々を優しく包んでくれているかを実感する。

これだけ毎日同じアングルで景色を見ていると、草の成長や僅かな色の変化にも敏感になり感覚も研ぎ澄まされる。雨が来そうとか、夕焼けになりそう、星が見えそう、白虹が出そう。何となくパターンみたいなものもあり、大きなハズレがないくらいまでに身体に染み付く。尾瀬に居てこその贅沢な感覚だ。

解決の糸口はどこか

笑顔の裏で必要となる冷静な分析

今季は未だに至仏山も燧ヶ岳も未踏のまま小屋閉めを迎えそうな勢いの私。今年はもうこれでいいと自分に言い聞かせている。

それはそうと、山は天候が全てと言うが、それに加えてコロナキャンセル、仮予約感覚の方も多く、予約対応は困難を極めたシーズンだったと振り返る。

この数字を多いと考えるか、少ないと考えるかは人によるかと思うが、僅か4ヶ月にして実に2,400人のキャンセルがあった。うち、台風によるキャンセルは300人程度だった為、いかにキャンセルが日常的にあるかという事がお分かりいただける数字です。

キャンセルをコントロールしながら、食材調整や人員配置などをしなければならない事からも、ヘリコプターの荷揚げ直前は特に神経を尖らせた。主食のコンフィは在庫過多だし、レストランの品数は3割の品数に絞らなければ余った食材はすべてゴミになる。小屋閉めに向かえば向かうほど、更に絶妙な調整が必要となる。グルメを売りにする山小屋としては品切でお客様の期待を裏切る訳にはいかない。その狭間をぐるぐる行き来している。

満室でお断りしたお客様がいた傍らで、結果的にキャンセルで何室も空室が出る事は日常茶飯事だったし、それは例え常連のお客様や知人が相手であっても例外ではなく、断腸の思いで満室お断りをする事もあった。今後も継続的な利用者意識の向上と並行し、利用者がタイムリーに空室状況を確認出来るような工夫やシステムが我々に求められる課題だなと感じた。まだまだやれる事がありそうだ。

皆様からの支援金

昨年に引き続き、尾瀬小屋の玄関には募金箱が設置されている。小屋へいらっしゃるお客様には既に交通費や宿泊代・お土産代で沢山お金を使って頂いているし、楽しむ為に来られているお客様に対して更にお金を募るのはどうかと思う側面もありますが、私はお客様とお話する中で『尾瀬の為に何かしたい』と想って下さる人達が沢山いる事を知り、そのエネルギーを有り難くお借りして、力の輪を広げる事が大切だと考えている。

昨年は約28万円、今年も既に20万円を越えるお金が集まっている。二年で50万円以上ものお金が尾瀬の管理団体に寄付出来ることになる。これは、全てお客様から集めたものですから決して尾瀬小屋からという事ではありません。皆様のエネルギーの賜物です。

全ての方の募金の瞬間を見れた訳ではありません。感謝をお伝え出来ないまま、そっと投じて下さったお客様も沢山いらっしゃったと思います。それでも、尾瀬小屋の考えに賛同して下さり募金して下さった事に感謝と喜びしかありません。直接会話は出来なくとも、皆様の想いを必ず汲み取り大切に使わせて頂きます。募金して下さった皆様、本当にありがとうございました。また、この活動を続けてきた結果、来年は他の山小屋でも活動の輪が広がる方向性となっていると、嬉しい報告を受けた。やはり“継続は力なり”だ。

2023年山小屋グルメを終えて

今年も我々の挑戦している山小屋グルメには沢山の声が寄せられた一年でした。『美味しかったよ』『山小屋のクオリティじゃない』というお褒めの言葉もあれば、『もっと山小屋らしい食事を出して欲しい』『山小屋にそんなの求めてない』『写真と違う』など叱咤激励を受ける事もある。

反省すべき点や改善すべき点は十分理解出来るため、これらの意見は全て真摯に受け止める。むしろ、課題を明確に投げ掛けてくれるのだから有り難いくらいだ。まだまだ挑戦は続く。

夕食メニュー

今年はホームページにあえて夕食メニューを掲載しました。それには理由があって、『食材ロス(残飯)を減らす』という狙いがあったからだ。

しかし、この方法には一長一短の考え方があって、お客様が減る可能性がありリスクもあった。前述した通り、洋食を打ち出す事で洋食が嫌いなお客様が来なくなる可能性があるからだ。特に尾瀬は年配層の利用者が多く、和食を好まれるお客様も多数いらっしゃるのは承知しており、我々にとってはある意味賭けでもあった。

取り組みの背景には、昨年の尾瀬小屋が提供していた夕食にある。宿泊者の夕食はハンバーグをメインとしていたが、食後の片付けでは残飯が非常に目につきました。それらの残飯は全てゴミとなり、ヘリコプターで下げなければならない訳ですからこれは何とかしなければならない問題だと考えた。

見晴地区の特性を冷静に考えれば、山小屋は沢山あるし、他の山小屋さんでは美味しい和食の夕飯を提供して下さるところもある。そのように視点を変えれば、和食を食べたい方は他の山小屋を楽しんで頂くという選択肢を作る事が最善な方法ではないかと考えた。

事前に『尾瀬小屋の夕食は洋食です』と打ち出す事で、洋食が嫌いな方はそもそも食べない選択肢を持つ事が出来る。無理をして食べられるおかずだけ食べて、あとは残す。といった事にはなりにくいのではと。

この方法が必ずしも良かったとは言いきれないが、このような選択をした事で、明らかに残飯は減り“一つのやり方”として可能性を感じた取り組みだと言えます。

残飯を0にする事は出来ないが、20を10に減らす事は出来る。10を5へ目指す事も出来る。そうした動きは決して止めてはいけないし常に考え続ける事が大切だ。来年の夕食も既に開発が完了しており、納得してもらえるようなご馳走を提供したいと思っている。

何をするにも全ての答えは現場に転がっているので、残り14日お客様の一挙手一投足、よーく目を凝らし来年へと繋げたい。

もっと尾瀬を好きになってもらえるように。

尾瀬小屋
工藤友弘


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