見出し画像

「今日はもうなんか全部ムリ」

いつも朝6時半になると自ら起きてくる
小学3年の息子が今朝は起きてこなかった。

カーテンを開けに行くと、
不機嫌そうにはいあがってはきたが
気づいたら再びソファで寝ていて、
その顔に文鳥のコッチが乗っかっていても
気づいていない。

ギリギリまで寝かせてあげたいけれど、
ギリギリが好きではない彼にとって
今起こした方が親切か
チラチラと迷いながら、朝食の準備をしていた。

そして、出発30分前になりついに彼が口を開き

「今日はもうなんか全部ムリ」と言った。

私と5歳の妹は、顔を見合わせた。


     𖦞


「どうしたの?」

と聞いても返事は返ってこないので
とりあえず寝室に誘導し、
とりあえずいつものタッチケアを背中にしてあげた。
ずっと黙っていたけれどそれが終わると
「6時間授業の後に、
休憩なしでスイミングはオラには無理」
とようやく喋り出した。

そうか。そんなこともあるよね。
私だって、6時間仕事した後に、
間髪入れずに1時間泳げと言われたら吐きそうだ。

「わかったわかった、
今日はスイミングのことは考えなくていいよ」
と伝えると、再び黙る。

きっと、今日休むと次回のテストに受からないかもしれないとか、
休んだら誰かに迷惑がかかるとか、怒られるとか、
いろいろ考えているんだと思う。

      𖦞


彼は普段、あまり揺らぎがない。
基本的に出てくる言葉はポジティブで、
学校も習い事も遊びも大好きだ。
学校に行きたくない、習い事に行きたくない、
とほとんど言ったことがないと思う。

2年生の学習発表会(学芸会)のオーディションの日、
初めて「今日は学校行けない」と言って周りを驚かせた。
その日だけだったと思う。

ほんとうに。
体や心は毎日変化しているのに、
毎日同じ場所に行くって、すごいことだと思う。

今の私は、それはできない。

というか、
小さい頃の私も〈本当は〉できなかった。
だけど、休むことを許されなかったのだよ。

時計を見たら、
彼が出発する時間まであと10分だった。

「今日は少し休んで、
 後から学校に行けたら行こうか」と提案した。

      𖦞


妹はその会話をしっかりと聞いていた。
いつも並んで食べる朝食に兄がいなかったから
寂しい朝ごはんだったろう。
幼稚園の支度をして家を出るとき、
兄の寝ている寝室へ行き、
「たいちゃん、いってくるね。」
と言って手を振り、
兄に何度もハイタッチして出て行った。

あの時彼女はハイタッチで
何を兄に伝えていたんだろう
とあとで思うと胸がキュッとなった。

「おにいちゃん、がんばって」 だったのか
「わたしもがんばるね」 だったのか

小さなその手で何かを伝えようとしていた。


   𖦞


娘を幼稚園に送り戻ってくると、
彼は朝食を食べ終わっていた。
2時間目から行くという。

一緒に家を出て、私はついでにコーヒーでも買いに行こうと思った。
通学路を久しぶりに歩いた。
いつもの下品でおしゃべりな彼は静かな青年の顔をしていたけど、
時々手を繋いできたり、腕を掴んだりしてきて、
何年か前まで毎日こうして幼稚園まで歩いたことを思い出した。
体はこんなに大きくなったけど
まだ小さいあなたもいるんだ
揺らぐ心もしっかりあるんだ
ってことを
私は感じて嬉しくなった。

「体が動かないっていうのは、
自分の体とか心からの大切なサインだよ。
そういう時は、ちゃんと休む勇気を持とうね。」
と親らしいというか、大人らしいというか、
偉そうなことを言ってみた。

結局学校までついて行かされ校門の前で、
「じゃ、頑張って」とさっぱり別れようとした私の口から
とっさにこんな言葉が出た。

「頑張らなくていいよ!
 もう十分頑張ってる。もう百点だわ!」

その言葉は、まるで誰かに言わされたように
私の思考とは別に口から出てきて不思議に思った。

その後数メートル歩いたあと、私は、
今自分が言った言葉が、
再び自分に返ってきたような体験をした。

「もう十分頑張ってる。もう百点だよ。」

その言葉はもしかしたら、私が小さい頃、
お母さんから言ってもらいたかった言葉だったかもしれない。

自分の放った言葉に、私はじんわりと抱きしめられるような気持ちになった。


       𖦞


今朝、息子が
「何もかも今日は無理」と言ってくれてよかった。

そんなことを考えながら、
アイスコーヒーをぐびぐびと飲んで
ふふふと笑って私は仕事を始めた。


おわり



↓私の好きな息子のお話。



この記事が参加している募集

#子どもに教えられたこと

32,921件

#子どもの成長記録

31,423件

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?