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小説「光の物語」第71話 〜新天地 5〜

マティアスはシエーヌの地を知るため、家臣の案内で領内の各地を視察した。
この地は国内でも気候が厳しく、山や岩場も多い。
人々は無口で警戒心も強いが、いったん親しくなると情が厚いようだ。


農作物がとれるのは点在する低地だけで、主な農業は山岳地での酪農なのは他の地域と同じだ。
国をあげて始めた土地整備が進めば、農作物の収穫量ももっと上がる。
早くその日が来ることをマティアスは期待した。

険しい山道を越え、隣国ブルゲンフェルトとの国境近くにある湖にも足を伸ばす。
この湖はシエーヌを代表する景勝地で、乳色と水色が混ざったような不思議な色合いにマティアスは魅せられた。
辿り着くのは難儀だが、それだけの価値はある。
その日は絶好の天気で、きらきらと光る水面を眺めながらマティアスは爽快な気分を味わった。

と、対岸を動く数人の人影に気付く。
「あそこにいるのは?」
供をしてきたベーレンス家の家臣達に尋ねる。
「ああ・・・ブルゲンフェルトの羊飼いたちでしょう。国境はすぐそこですから」
家臣の一人が対岸に向かって手を振ると、彼らも小さな帽子を取ってその手を振り返した。
「彼らはよくこの湖に来るのか?」
「ここはこのあたりの水場でございますゆえ」

場所によっては国境など無いも同然だということはマティアスも知っている。
しかし、この地と隣国との間近さをあらためて目の当たりにした思いだった。


「おい、そこに寝るなよ」
マティアスは彼の足の上で丸くなる猫に声をかけた。
「そこに寝られると重いんだ・・・せめて足から降りろ」
上掛けの上、しかも彼の足の上に猫は寝たがるため、重い上に寝返りも打ちにくい。
寝台から降ろそうかと起き上がるが、のんびりくつろいでいる姿を見るとそれも忍びなかった。

この猫は夜中にマティアスの部屋の扉を前足でノックし、中に入れろと催促する。
そして彼の寝台をこんなふうに占領したあげく、明け方にまた扉を開けさせて出ていくのだった。
「わがまま猫め」マティアスは小声で愚痴る。「出入り禁止にするぞ」
言いながら頭をかいてやると、猫は目を閉じて耳をうしろに寝かせた。


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