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中国・浙江省のおもいでvol.6

『湖上』

 中国の地下鉄は一風変わっていた。硬貨を入れ、プラスチックのカードを発券すると、次は赤外線による荷物検査が待ち受けていた。空港と同じ警戒度の理由は、テロの防止だそうで、日本のように安全が保障されていないことを思い知る。

 駅の構内も車内も清潔で、ゴミ一つ落ちていない。乗り合わせている中国人を見ていると、服装もスマホに熱中するさまも日本人とさして変わりなかった。

 西湖へは50分ほどかかる。フェイがニヤニヤしながら、スマホの画面を見せてきた。「人狼游戏(人狼ゲーム)」と書かれてる。日本でもやったことのなかった、人狼を中国でやるとは思わなかった。それに中国人に日本のゲームを教えてもらうという不思議な現象に、4人とも笑いを隠さずにはいられなかった。ワンとO君、フェイにぼくという順番でゲームが進行してゆく。

 4人の距離が徐々に近づくいくことが何とも心地よかった。日本の大学でも、一日の大半を一人で過ごしていたぼくにとって、目的なく他人と時間を共有するのは久しぶりの感覚だったし、とても幸せだった。

 50分はあっという間に過ぎ、また荷物検査を受け、西湖駅におりたった。地下鉄から外へ出ると、大学のまわりより、遥かに濃い霞が周囲を覆っていた。神秘的かつ幻想的な景色。端の見えないほど巨大な湖上の遠くに、船のシルエットを浮かび上がらせている。

 幻想的な景色に圧倒されたまま、フェイと歩いて行くと、桟橋にでた。波が岸にぶつかっては、そこの見えない緑色の水中へと戻ってゆく。恐ろしいほどに静かな湖面に圧倒されていると、彼女たちが手にチケットをもってやってきた。まさか・・・・。時既に遅しだ。救命具を係員に着せられ、右往左往していると、彼女に手をひかれ小型の船に引きずりこまれた。

 二人ずつの船は途中まで足並みをそろえていたが、5分もしないうちに船の周りは霞がかかり、オールで水をかく音だけが響く。湖の上に男女が二人・・・・。 しかし、こんな視界ではどうやって岸にたどり着けば良いかもわからない。情けない話だが、完全にビビっていた。この視界の悪さで舟を出している中国人にも、どれだけがめついのかと突っ込んでやりたかった。

 しかし、彼女は例によって、無垢な笑顔を浮かべている。ぼくをからかっているようにも見えるし、この絶望的な状況を楽しんでいるようにも見えた。もうどうにでもなれとなかばやけくそになったぼくは西湖を満喫することにした。

 異国の地で、日本では出港禁止になるであろう環境での遊覧。おまけに知り合って1日も経ってない中国人の女の子と、二人きり。

 湖はさらに乳白色を増していった。(『中国・浙江省のおもいでvol,6「湖上」』)


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