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ハッシュタグだけじゃ始まらない――東アジアのフェミニズム・ムーブメント:まえがき(2)

3月18日刊行予定『ハッシュタグだけじゃ始まらない――東アジアのフェミニズム・ムーブメント』(編著:熱田敬子/金美珍/梁・永山聡子/張瑋容/曹曉彤)は、中国・韓国・台湾・香港の4地域で沸き起こっている現在進行形のフェミニズム運動を紹介する書籍です。ここではその一部を、数回に分けて先行公開していきます。

「まえがき(1)」はこちら

なぜ東アジアなのか

本書では、5人の編者が、それぞれ研究や運動のフィールドにしてきた地域について紹介している。したがって、決して「東アジア」全体を網羅してはいない。東アジアの一部である日本は取り上げていないし、朝鮮民主主義人民共和国、モンゴル国の執筆者もいない(ただし、中国のモンゴル族については桃子(43ページ)が取り上げている)。各地域の少数民族などの記述も不十分である。

その意味で、私たちも現在の日本という場所の限界の中にいる。私たち5人はそれぞれの研究や運動を通じて出会ったが、取り上げなかった地域のフェミニストたちと出会うことは容易ではなかった。距離的に近い地域同士がつながることが難しい状況は、アジアが背負う問題である。

フェミニズムのあり方は、社会の民主化、基礎的な人権擁護の状態と深く関係している。日本はかつて朝鮮半島、台湾を植民地支配し、中国、香港をはじめとした地域を侵略した。その影響は、現在でもそれぞれの社会に残っている。韓国で日本軍性奴隷制被害の掘り起こしにつながった「キーセン観光」への抗議運動は、戦後に継続する日本の経済・性の植民地主義への批判だった(70ページ)。公娼制、姦通罪、戸籍といった日本が残した制度は、民主化運動とフェミニズムの課題となっていた。

そして、日本ではいまだに、天皇制と一体化し、私たちを血縁と家で統制する戸籍が残りつづけている。こうした、日本にいる以上逃れがたい権力構造を相対化するためには、東アジアの他地域のあり方を参照し、比較することが有効だ。私たちは、他者の視点を借りずに、自らを見ることはできない。

一例を挙げると、本書で取り上げる日本軍性奴隷制/戦時性暴力は、旧日本帝国の広範な加害ゆえに、1990年代以降、まれに見る国際的な被害者の連帯が必要とされたフェミニズム運動だった。日本にいては見えにくいが、中国、韓国、台湾、フィリピン、在日の被害者などによる日本政府を相手取った10件の裁判や、2000年に東京で開催された女性国際戦犯法廷は、1995年の北京世界女性会議に劣らず、アジアと世界の人権意識を底上げする影響力をもった。過ぎ去った過去の歴史ではない。社会構造を変えないかぎり、同じ被害がくりかえされかねない問題として捉えられたのだ。

では、日本はどうだろう。ジェンダー・バックラッシュは、日本軍性奴隷制や南京大虐殺の歴史を否定する1990年代の右派運動から始まった(*2)。美術史研究者の若桑みどりは、バックラッシュは「時代に乗り遅れた男性のヒステリックなあがき」などではなく、右派ナショナリズムがふたたび日本の国家主義化を進めるための秩序再編成なのだと指摘している(*3)。現在でも、日本社会でフェミニズムが一定の支持を得ているように見えていても、安倍晋三、山谷えり子、萩生田光一など、バックラッシュを推進した政治家たちは、権力の中枢での立場を強固にしている。台湾や香港の民主化運動への共感が、自らの反省とならずに、中国へのヘイトスピーチに変換されてしまうような社会がある。

そして、トランスジェンダーに対する排除に積極的に加担する「フェミニスト」がいる状況は、日本のフェミニズム自体を反省的に見つめる必要を感じさせる。フェミニズム研究者の飯野由里子は、バックラッシュに対抗する中で、日本のフェミニズム運動がセクシュアリティの問題を軽視し、保守化したと指摘しているし(*4)、日本軍性奴隷制、戦時性暴力の問題についても、日本のフェミニズムの中に歴史修正主義と酷似した議論を展開してきた流れがある(*5)。旧日本帝国の国家秩序から脱して民主化を果たした韓国などのフェミニズムがつくる新しい社会の姿に、私たちは学ばなければいけない。

*2 石楿『ジェンダー・バックラッシュとは何だったのか――史的総括と未来へ向けて』インパクト出版会、2016年。
*3 若桑みどり「バックラッシュの流れ──なぜ『ジェンダー』が狙われるのか」若桑みどりほか編著『「ジェンダー」の危機を超える!――徹底討論! バックラッシュ』青弓社、2006年。
*4 飯野由里子「反性差別と『性別二元論』批判を切り離したフェミニズムの失敗を繰り返してはいけない【道徳的保守と性の政治の20年】
*5 小野沢あかね「フェミニズムが歴史修正主義に加担しないために――『慰安婦』被害証言とどう向き合うか」中野敏夫ほか編『「慰安婦」問題と未来への責任――日韓「合意」に抗して』大月書店、2017年

共通性と差異の間で

歴史的構造とともに、現在のフェーズも無視できない。…………(続く)

→「まえがき(3)」はこちら

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編者 左から:
 熱田敬子(あつた・けいこ)
 金美珍(キム・ミジン)
 梁・永山聡子(ヤン・ながやま・さとこ・チョンジャ)
 張瑋容(ちょう・いよう)
 曹曉彤(チョウ・ヒュートン、ジェシカ )

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