見出し画像

ハッシュタグだけじゃ始まらない――東アジアのフェミニズム・ムーブメント:まえがき(3)

3月18日刊行予定『ハッシュタグだけじゃ始まらない――東アジアのフェミニズム・ムーブメント』(編著:熱田敬子/金美珍/梁・永山聡子/張瑋容/曹曉彤)は、中国・韓国・台湾・香港の4地域で沸き起こっている現在進行形のフェミニズム運動を紹介する書籍です。ここではその一部を、数回に分けて先行公開していきます。

「まえがき(1)」はこちら
「まえがき(2)」はこちら

共通性と差異の間で

歴史的構造とともに、現在のフェーズも無視できない。アジアのイメージが30年前で止まっている人は、いまだに日本では少なくない。東アジアの現在を考える際には、それぞれの地域が戦後置かれた状況から生まれる共通性と差異に目を向けることが大切だ。編者の間でも今回、互いに日本との距離に差異があることが、共同作業に豊かな広がりをもたらした。

北京世界女性会議や日本軍性奴隷制、近年のMeTooの波は、どの地域にも共通して影響を与えた。すでに民主化運動が成果を挙げている韓国と台湾では、こうした影響が結実してジェンダー主流化、人権意識のアップデートがなされた。范雲のような人物が今や政権与党の議員であることは、象徴的だ(90ページ)。韓国担当の編者からは、本書編集中に、フェミニズムを取り上げる際に個人を主役にすることには問題があるという意見が出ている(したがって韓国に関しては、運動史を紹介する部分が主となっている)。フェミニズムにスターはいらない。スター主義は、フェミニズムが批判すべき権威主義を助長する。

この意見に深く同意しつつも、その反面、中国や香港の現在に目を向ければ、権威主義的政府のもとで、運動の組織化が難しくなり、きわめて大きな負荷を引き受けた個々人が活動を続けるしかない状況がある。本書執筆中の2021年12月、香港では一斉に民主派のインターネットメディアが閉鎖され、関係者が逮捕された。香港民主化デモの写真を表紙にした本書への寄稿について、「警察が日本語を読めないように願う」と冗談交じりに言った人もいる。

両者は一見異なる立場のように見えるが、社会を変えることはそのために力を尽くす「無名の姉妹」(175ページ)の一人になることだ、という点において、香港の「リーダーなき」社会運動と、フェミニズムにスターはいらないという言葉は響き合っている。私たちは、状況に応じて、闘い方を変えるしかない。日本でも「平和の少女像」などへの攻撃は、とどまるところを知らない。ゲリラ的な闘い方は、中国や香港のほうが先輩である。

そして、セックスワーカーやトランスジェンダーを排除・周縁化しないフェミニズムをどう築くかについても、それぞれの地域の展開から学べることは多い。台湾ではセックスワークを女性への人権侵害と捉えるか、労働と捉えるかについてフェミニズムが二分された。韓国では、日本軍性奴隷制問題を追及していく過程で、人権侵害を問う厚みのある運動が形成され、米軍を相手にした性売買の基地村との連続性を知ることになり、基地村の女性たちが勇気をもって告発することができた。

特筆すべきは香港で、「平等機会婦女聯席」というフェミニズム団体の連合に、労働や移民女性の問題に取り組む団体だけでなく、セックスワーカーの団体も参加している。かつては香港でもセックスワークを労働と捉えるのかどうか対立があったが、北京女性会議をきっかけに当事者とその他のフェミニストたちの話し合いがもたれ、お互いの認識が変わったという(*6)。自らのセクシー写真を公開して保守主義と闘う黃于喬(エミリア・ウォン)の活動(138ページ)や、若年セックスワーカーの支援をする林寶儀(ボウイ・ラム)の「セックスワークを続けている少女たちはエンパワメントされていないのか?」と階級の不平等に注目する問いかけ(129ページ)は、こうした対話から生まれた。

中国でセックスワーカーの権利擁護をしていた葉海燕(23ページ)は、香港のセックスワーカー団体「紫藤」のメンバーに、「自分自身がセックスワーカーであることを受け入れられないなら、自分も差別しているということだ。それでどうして差別に反対できるのか」と言われて、自らもセックスワークをすることを決めたという(*7)。

また、フェミニズムとLGBT運動の距離が近いといわれる中国では、女性や様々なマイノリティが性を語り、タブーと性嫌悪を問いなおすヴァギナ・モノローグス上演運動の中で、トランスジェンダーの身体に対する痛みが表現されている(43ページ)。

最後になったが、本書はぜひ、自分には何もできないかもしれないと、無力感に襲われている人たちに読んでほしい。この本には、日本で私たちが差別と闘うために、真似し、応用し、参照できる同時代のフェミニストたちの知恵とアクションが詰まっている。

残念だけど、社会はすぐには変わらない。それでもたくさんの人が、それぞれの場所で、風雨に耐えて長い道を歩いている。2018年に中国で有名アナウンサー・朱軍からの性暴力を訴えた弦子の言葉で、このまえがきを終えたい(*8)。

2018年に被害を告発してから今まで、たとえこの裁判が最終的に司法的な意味での勝利を得られなかったとしても、私と同じジェンダー暴力の被害者以外にも多くの人に訴訟を見せられたのは、すでに一種の勝利だといえます。もし私たちがこの裁判を通じ、司法を前進させられたら、もし私たちがこの裁判を通して、後から来る被害者たちが司法のプロセスの中で少しでもサポートを受けられ、何かがスムーズに進められるようにできたら、それは一種の勝利なのです。歴史はくりかえすかもしれないけど、でも絶対に前に進んでいくと、何があっても信じなければなりません。
*6 香港のフェミニズム団体「新婦女協進会」(AAF)のメンバーに対する、熱田のインタビュー(2019年)による。
*7 2010年8月26日、アーティスト・艾未未による、葉海燕に対するインタビュー
*8 BBC中文ニュース、2020年12月7日「中國♯MeToo朱軍被控性騷擾案紀實:『我們都是弦子的朋友』

画像1

編者 左から:
 熱田敬子(あつた・けいこ)
 金美珍(キム・ミジン)
 梁・永山聡子(ヤン・ながやま・さとこ・チョンジャ)
 張瑋容(ちょう・いよう)
 曹曉彤(チョウ・ヒュートン、ジェシカ )

画像2


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?