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第4話 借金完済、法人設立

2014年の決算が終わった後、オヤジに残ったお金を聞いてみた。
ない。
と一言。
まあ当然大げんかになる訳だが、無いものはない。
納得のいかない毎日。
理不尽な労働時間。
変わらない日常。
それでも、全部変えると決めた。

とらじ亭はどんどん息を吹き返してきており、アルバイトを雇えるようになった。
夏には幼なじみの後輩がフリーターをしていたので、一緒にやろうと社員を雇えるまでになった。
もう先代達の体は限界にきており、売上に対しての必要な労働力を提供できなくなっていた。
僕は相変わらず休みなしで朝から深夜まで働いた。
そんな働き方を後輩に押し付ける訳にはいかず、自分と同等の給料を与えつつも労働時間を短くして、そんな中でも一端の飲食人として独立できるようにしてあげたい。
だから、仕込みから全部教えた。
エクセルの使い方、PLの作り方。
アルバイトのシフト管理やいわゆる店長業務を一式できるように。

既存のお客様にもどんどん紹介して、自分の汗かいた仕事が目の前で報われる喜びを知って欲しかった。
そして、人を雇ったということは、次のステージを用意してあげなきゃならない。
できれば、独立よりも一緒に会社っていうのをやってみたかった。
この2年間、全部自分一人でやってたような気がしていたので、良い加減任せられる存在が欲しかった。

ベトナム人のアルバイトは本当によく働いてくれた。
最初は時給が千円だったが、日本語はよく話せないけど、あまりによく働くので時給を1,200円にしてあげた。
後輩は最初は遅刻や寝坊も多く、すぐに階段で座り込んでしまうやつで、辛いことがあるとすぐ辞めるというやつだったが、半年か1年すると目が離せるようになった。

僕はこの時、初めて人に仕事を任せることで、自分の頭の容量に空きが出てくることを知った。
それまでは何一つとして誰にも任せられず、頭の中は常にパンク状態。
体は常に筋肉痛といった感じが、嘘のように楽になってった。
1日も休むことはできなかったが、店を空けても良い感じになれそうだった。

そうなると僕のやることは一つ。
しがらみをぶっ潰す。

2015年の1月。
突然オヤジから事業譲渡の書類を渡された。
『今日からお前のものだ。』
何を言ってるんだかさっぱりわからなかったが、商工会の会計士に問い合わせると『そういうことです。』の一言。
出鼻を挫かれたが、とにもかくにもやるしかない。
お店の金はどこ?
銀行は?
『そんなものない。もうお前のものだから、お前の好きにすれば良い。』
頭から火花が出たような感覚だ。
真っ先に頭に浮かんだ言葉。
(支払いはどうする?)
僕は自分で付けてた帳簿を見せて、これだけ金が残ってるハズなのだから、それはお店のお金なんだからくれと頼んだ。
オヤジはとりつく島もない。
今日からお前が稼いでお前が払うんだよと言うだけだった。
全く意味がわからなかった。
月の半ばでの突然の引き継ぎに混乱して100万で良いから寄越せと詰め寄った。

アルバイトや社員の給料はどうするんだ?
二重の家賃は?
取引先への支払いは?

『お前のものだからお前が払うんだよ。』

気づけば僕の手はオヤジの胸ぐらを掴んで、とらじ亭上野本店の3階からオヤジを逃さないようにした。
オヤジはすかさず警察を呼んで、息子に脅されてると通報。

ウケる。

なんなんだこの世界は。
オレは夢でも観ているのだろうか。

警察が来て、事情を話し帰ってもらった。
二転三転の話し合いの末、なんとか100万円だけ店に戻してもらい、支払いを滞りなくした。
もちろん給料の支払い先には両親と祖母の分もあった。
2012〜2015年までの金はどこに行ったんだ。
頭と気が変になりそうだったが、やるしかない。
後輩もアルバイトもいる。
弱気になってなんかいられない。
とにかく必死で働いた。

もうその頃の僕は下町の焼肉屋そのもので、クセの悪い客とはケンカをするし、酔っ払いは店に入れない。
客の注文が遅いのがイライラするほど短気になっていて、こちらで勝手にコースを作ってどんどんオススメして提供。
でもおかしいんだ。
遠慮のない営業をしているのがお客様にとっては面白おかしいのかドンドン売上が増えていく。
一度来たお客様が何度も顔を見せるようになり、週末は大繁盛店かと思うほど客を断った。
チンタラ働くスタッフ達にも怒鳴るようになり、一分一秒を惜しんで金を稼いだ。
事業を引き継いで初めての確定申告の時、以前修行していたオフクロの実家の焼肉屋のママから税理士を紹介してもらった。

何と営業利益は2000万円。
経費を差っ引いた後に残ったお金だ。

会計の知識がなかった僕は税理士というプロと顧問契約することを選び、経費にできるものを計上し、税金を正しく支払った。
そして、余ったお金で2016年4月、念願の法人化を成し遂げる。
会社の銀行口座を作り、定期預金を積んだ。
あらゆる士業の手を借りて、大家さんと直契約を結んだ。

親戚のおじさんと、日暮里のルノアールで話し合った結果だ。
『70年間。ありがとうございました。どうか、これからは僕の挑戦を応援してください。大好きなとらじ亭を、おじさんの青春を、もっとこの世の中に発信していきたいんです。』
最後の方は泣いてしまって何言ってるのかわからなかったと思うが、おじさんは最後の手切金を受け取ると共に書類にハンコを押してくれた。
そして、事業の引き継ぎと共に、精神病で働けない親戚のお姉さんにも、生活保護を受けてもらった。

オヤジの代にお世話になった金融機関とも手を切り、一から自分で銀行と話をして、取引を始めるようになった。

ヤミ市からの挑戦。
僕はようやく、スタートラインに立つことができた。
4年前の4月1日
株式会社Zowie(ゾーイ)を設立。
資本金300万円の小さな会社。
社名に込めた想いは『大きな喜び』を与えられる会社にしたかったから。
働く人、取引先、お客様それぞれが大きな喜びで溢れれば、自然と永続することができる会社にしたい。
そんな想いがあったりします。

法人化したのも束の間、すぐに問題はあちらこちらで発生する。
両親が給料の少なさに憤慨して店に来なくなり、残されたアルバイトと後輩、僕の3人で繁盛店になったとらじ亭を切り盛りしなければならなくなり、見かねた祖母が出社して店舗を掃除中に骨折。

すぐに求人を出しても日本語の通じない外国人や、1日2日来たと思ったら音信不通になるアルバイト。
長時間労働になり、休みも週に一回しかなくなった後輩に不穏な空気が流れ、せっかく会社を作ったのにまた一から積み木を始めてる気分になった。

求人を出しても出しても人が来ない。
後輩が辞めかけた時、ギリギリでやっとひとりの応募が!
前職は福岡で焼肉屋のアルバイトをしてたらしく、将来は焼肉屋になりたいとのこと。
彼女と一緒に結婚を考えて上京してきたらしい。

もう会社だ。
個人事業主の時よりもやることがたくさんあった。
後輩の時もそうだったが、社会保険の手続きとか雇用契約書とか、就業規則を作ってブラックと言われる飲食店を変えたかった。
給料や有給休暇などの待遇も同時に見直していき、アルバイトの数も増えた。

これからだ!
今はまだ何も約束してあげられることはないが、お前達にここが任せられるようになったら新店舗を出したいと考えてる。
だから、何とか今年をみんなで乗り切って、俺に時間を作って欲しい。
後輩も2年の経験があるし、アルバイトも3年の経験があり、店のことは殆どが任せられる。
ただ、それは店主の僕が店にいればこその話。
僕が店を空けるようになり、色んな投資や事業の多角化を模索する中で、売上が落ちていった。
僕が店舗にいた時のお客様の何人からはお叱りやクレームを頂くようになり、先代達は店に来ないから常連客も離れていった。

なんなんだこれは。
せっかく作り上げたのに、すぐに壊れる砂の山のようだ。

変えたら、変え続けなきゃいけなかった。

2015年からIT化を進めていたし、遠隔でお店の様子も分かるようになっていた。
それまで1日も休まず働いてきたので、少しはゆっくり考えたかった。
なのに、半年もすると上京してきた子が辞めた。
後輩とアルバイトだけになったとらじ亭の売上はますます下がっていく。
仕込みが多すぎると現場からクレームが入り、実家の祖母を説得して家庭用の台所をセントラルキッチンにした。
取引先にもお願いして池袋の実家まで納品して頂き、両親を説得して店に来ないならここで仕込みを手伝って欲しい。
じゃないと給料は払えないと詰め寄った。

家庭用の台所、家庭用の真空パック機、家族は改めて一致団結して現場のために後方支援をする体制に。
でも、争いは絶えなかった。
現場からは労働時間や給料の相談が増え、家族からは家中がキムチやニンニクの匂いや機械の音、光熱費の値上がりを指摘され、まさに四面楚歌の状態。
妻ともケンカばかり。

その時の思考は酷いもので、まるで一人で砂漠の中をマラソンしてるような気分だった。

現実なのか?悪夢なのか?区別がつかないほど朦朧する日々が続き、お金と時間はあるのに、何一つ安心できない不自由な感覚に陥っていた。

2017年の初春。
僕はとらじ亭上野本店から電車で二駅離れた日暮里に二号店を出す契約をした。
家賃は相場よりも高く、入居ビルにはホルモン屋の老舗『山田屋』があった。
何回そのビルを市場調査しても、山田屋さん以外に客が入ってる様子はない。
でも当時の僕にはここで勝負するしかなかった。

焼肉屋の居抜きで設備は整っており、キッチンは広い。
これなら最初からセントラルキッチンを作れるから今後の展開も楽になるはずだ。

やるしかない。

ヤミ市からの挑戦を掲げたんだ。
いま目に映ってる現実、運命、限界、理不尽な状況は全て自分で変えることができる。

そう強く信じて賃貸契約書にハンコを押した。

そして、それは地獄の始まりだった。

第5話へ続く…

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