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映画『タゴール・ソングス』で国境を超える。

映画『タゴール・ソングス』(ポレポレ東中野 / 仮設の映画館で上映中)を見た。

インドの詩人、タゴール。インドとバングラデシュの国歌の作詞者であり、自作の詩にみずから曲をつけた歌はなんと、2000曲以上。それらの歌は、没後80年近くたった今でも、多くの人に口ずさまれているという。

映画は、タゴールを愛する現代に生きる人たちの言葉と歌で、タゴールの魅力に迫っていくドキュメンタリー。彼ら自身が歌う「タゴール・ソングス」は、どれも美しく、心にしみた。

映画を見終わって感じたことは、詩と、歌と、歌っている人が、あんなに一体化することってあるんだなぁ、ということ。彼らが歌うタゴールの詩は、まるで自身の内側から自然にあふれ出た祈りのようだった。そして、わたし自身も、彼らの祈りの言葉に救われた気がする。


さて、わたしがタゴールという詩人の名前を知ったのは、今から15年前に公開されたマレーシア映画『細い目 Sepet』(監督・脚本ヤスミン・アフマド)に、こんなシーンがあるから(下記リンクの予告編にも抜粋されているのでよかったらぜひ)。

主人公のジェイソンがお母さんに中国語で詩を読み聞かせている。

随你怎么说他。
但我清楚孩子的缺点。
我不是因为他好而爱他。
只因为他是我的小孩。

(どうぞ好きに言って わが子の欠点は承知です いい子だからではなくわが子だから愛する)※中国語 書き取りサポート Jun Seong Wong さん

それに対してお母さんはマレー語で詩の感想を伝えている。

Amboi, mak suka pantun ni lah.
Tapi hairan ye, orang bangsa lain, bahasa lain.. tapi isi hati kita boleh faham ye.

(この詩、すごくいいね。不思議ね、文化も言葉も違うのに、心の内が伝わってくる)※マレー語 書き取りサポート アデルさん

大好きなシーンだ。ひとつの会話のなかで複数の言語が飛び交うというマレーシアらしいところも好きだし、子を思う親の気持ちは、文化や言葉、民族や宗教に関係なく同じものだ、というヤスミン監督のメッセージにもぐっとくる。

このジェイソンが読んだ詩が、タゴールの詩だった。なのでずっとタゴールについて知りたいと思っていて、今回の映画上映は願ったり叶ったり。

そして、映画を見終わってまたあらためて、ジェイソンのお母さんの言葉がよみがえってきた。ほんとうに不思議だ。生きてきた環境も、所属している国の政治も、着ている洋服も、おのずと身に着けた文化も。そんないろいろはぜんぶ違うのに、タゴールの言葉はちゃんと心にとどく。


ちょっと話しは変わるけど、最近読んだ本『国境を生きる』(長津一史著・木犀社)に、おもしろいことが書いてあった。

現代における(政治的な)グローバル化というものは、国家としての「正統な」政治単位を確立していくこと、らしい。

えっ、とつぜん何のこと? と思われるかもしれないけど、こんなふうにイメージすれば簡単。

たとえば国境を超えるとき。わたしたちは国籍を持っているのが前提で、それを証明するためのパスポートが必要で、各国のイミグレーションで審査を受ける。いってみれば、この仕組みが世界共通化された状態をグローバル化とよぶ。

つまり、大胆にいってしまうと、国境という観点でみれば、グローバル化とは広がりやつながりではなく、分断なのだ。実際、以前は国境のこっちと向こうを自由に行き来していた国境近くで暮らしていた人たちが、グローバル化によってどちらか一方の国に閉じこめらたり、もしくは、国籍を持たないものとして移動が制限されてしまうことも多々あるという。

なるほど……政治的な意味でのグローバル化というものは、国と国を自由に結ぶものでは、決してないんだね……。


だからこそ、タゴールの詩はすごいと思う。

タゴールだけでなく、わたしが大好きなタイのドラマ『運命のふたり』やカンヌ国際映画賞を受賞した韓国の映画『パラサイト半地下の家族』やヤスミン監督の名作であるマレーシア映画『タレンタイム』はすごいと思う。なぜなら、国境とか、民族とか、そういった人間が勝手に決めた枠や線引きをいとも簡単にぽんと飛びこえて、世界中の人を楽しませているから。詩、映画、音楽、絵画、演劇、つまりはアートって、やっぱりすごい。

だからこれからもアートにたくさんたくさん触れていきたい。世界をもっと近く感じられるように。そして、世界の人々は違いがあっても同じであることをもっともっと実感できるように。

最後に、このタゴールの詩をみなさんに。映画のなかで、美しいメロディーとともに何度も歌われることばです。

もし 君の呼び声に誰も答えてくれなくても ひとりで進め
ひとりで進め ひとりで進め もし誰かが口を閉ざすなら
誰かが顔を向けて恐れるのなら それでも君は心を開いて
本当の言葉を ひとりで語れ
(タゴール「ひとりで進め」より)

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マレーシア料理、チキンルンダン。ココナッツとスパイスの鶏の煮込み。黒いのはアッサムクピンという干した酸っぱい果実。一緒に煮込むと、さわやかな酸味がコクになる。タゴールさんが食べたらどう反応するのかな。

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