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父 と オ カ ン の ミ ク シ ィ 「 2 2 」

【1】 2005年6月19日


 父は、僕が生まれたとき、「家康」と命名しようと企み、親戚一同の反対に遭った。次の候補がまさかの「秀吉」で、もちろん、却下からの「じゃあ、信長」––––

「……(親戚一同)」

 ふてくされた彼は、自分の子供(僕)に名前をつけるのを放棄した。

 ……。

 そんな父は、路線バスの運転手をしている。

 僕の地元のバスは、後ろから乗って、運転席横の前方ドアから降りる。料金は後払いだ。

 高校の入学日、自己紹介が始まった。
「どこ中から来ました○○○○です」的なやつ。

 番が回ってきて、名乗る。視界の端で、妙に大きなリアクションをする人影が見えた。

「君のこと知ってるかも。お父さん、バスの運転手やろ?」
(ナニ? その切り口?)

 聞けば、父は、学ラン姿の客を見かけると、たびたび「○○○○(僕のフルネーム)って知ってるか?」と声を掛け、イエスと答えた学生をそのまま(金を払わせないで)降ろしているらしい。

 僕の名前が都市伝説に––––(こんな田舎で)

 そういえば、中学のときも、同級生から「バスに乗ったらオマケしてもらったから、お礼、伝えといて」みたいなこと、何度か……その中には、父が知る由のない子も含まれていた。

 その後も、数名だが、初対面の人に同じようなことを言われ続け、そのたびクレームを入れても、豆腐に鎹、糠に釘、暖簾に腕押し––––

「そうか、喜んでたやろ!」

 と、ピュアピュアなスマイルを浴びせてくるので、結局「ありがとう」と言うハメになる。高校を卒業するまで、見知らぬ知り合いを増やし続けた父と僕。 いつか、ミクシィにも、こんなメッセージが届きそう。

「君やったんか、あの運転手の御子息は!」

 やだな。

【2】 2005年6月25日


 父から届いた携帯電話メールは、50通くらい。
 すべてのタイトルが 「げんきですか?」

 ひらがなの比率、高し。
 句読点の有無と改行も気まぐれ。

「どうぞ」→「どうど」(僕の地元ではザ行がダ行になります)
「ください」→「くざさい」(それを意識しすぎて逆間違い)

 とある日。

タイトル:げんきですか?
本文:てれびでおいしゃがこんたくとは毎日
   はずすようにといってましたしつめい
   するかもしれないのでこんたくとは毎
   日はずすように◯◯◯(ちちのなまえ)

 次の日––––

タイトル;げんきですか?
本文:さくじつこんたくとはずしたか
   てれびでおいしゃがいってたのではず
   してくざさい。あとおぼんかえるんか
   ◯◯◯(ちちのなまえ)

 会社に手紙をくれるのはいいんだけど、

「ホニャララ(株) 第4プロジュース 御中」

 って、届いたのが奇跡だからね。そもそも、ジュースに、プロもアマチュアもないから……

【3】 2005年7月18日


 鮎釣りが趣味だった父––––川で泳ぎを教えてくれた。

「よう見てなぁよ。そげな川みたいなもん、こうやって泳いだら、一発やいしょ」

(標準語訳)
「よく見ていろよ。川なんて、このように泳げば、全然、大丈夫なんだから」

「はい」

 直後、勢いよく川へと飛び込んだ父。

 20メートル近い幅を、あっという間に横断する。

 うん、でも……

 めちゃくちゃ下流に流されてるけど、大丈夫?

 飛び込んだ瞬間、すでに5メートルは流されてたけど、子供のオレ、大丈夫?

 小さくなった父が何やら喚きながら登ってくるが、遠過ぎて何を放っているのか分からない。人の子ではなく鮎の成魚が泳ぐのに適した激流の轟き––––やっと、対岸の正面まで戻った父が、再度、放つ。

「(泳ぎ方)分かったぁ?」

 ひとつも、分からへん。

 - - - - -

 その日、川には、父と、父曰く「ハイカラな釣り人」の2人しかいなかった。陽も暮れはじめ、そろそろ切り上げようかという頃、ハイカラさんから、

「この辺りにホテルはないですか?」

 と、尋ねられたんだそう。百人中(父以外の)99人があるコトに気付く状況で––––父は、普通に、ただ返答に困っていた。

 自分はいつも車中泊だし、その付近にはホテルどころか民宿すらない。この人がやって来たときのようにタクシーを呼ぼうにも携帯の電波がない。そもそも、何万円かけて来たんだ?

 気の毒に思った父は、町手まで送ることに。

「お礼に、一杯、ご馳走させてください」

 ホテルの前––––押し問答の末、結局、父がたまに顔を出すスナックへ。普段は飲めない高級酒とハイカラさんの美声に酔いしれ帰宿。部屋での2次会は丁重にお断りし、(ホテルの厚意で)駐車場にて車中泊。翌朝、駅まで送ったとき––––

「お父さん、もし、東京へ来るときがあれば、
 いつでも、ここへ連絡して下さい。
 今度は、僕が、色々とご案内します」

 改札で名刺をもらったが、おそらく一期一会。帰路につく父に、スナックのママから着電。

「なんで、Mさんと?」

 それは、誰もが知る釣り好き超有名俳優:Mさん。以降、彼が出演するドラマを欠かさず観たり、スキャンダルでワイドショーに取り上げられたときには「可哀想になぁ、人がええさけ」と、まるで、我がことのように落ち込んでみたり。

 歳のせいで鮎は辞めてしまったけど、今でも、Mさんファンであることに変わりはない。画面の中と変わらず裏表のない気っ風のいい人だったらしい。

 Mさん、父は好きだった鮎釣りも引退し、
 退屈で何もない小さな町から、いつも、
 あなたの出演作を楽しみにしています。

 あゝ––––でも、せっかく頂いた名刺は、帰り道で落としていた父。

(これを書いた当時は、ご存命だったMさん。レコード会社で働いていれば、いつか、お会いして御礼を言えるかも、なんて淡い期待を寄せていたが、2017年、お亡くなりになった。父よりも5歳年下で74歳だった。一方、父は、孫が釣り好きなこともあり、鮎の現役に復帰。今も川へ出る)

【4】 2005年8月13日


 うちのオカンは、とんでもなくキレイ好き。レベチ。

 中高生のとき、僕の家に初めて来る同級生は、玄関から居間へと続く短い廊下で、必ず、転んだ。

 なぜなら、オカンが、とんでもなく磨き上げてるから。ピカピカとかツルツルを越えて、スルンスルン。

 危ない。漫画みたいに滑って転ぶ。

床を歩くとうっすら付く足跡さえ嫌うオカンは、モップ付きのスリッパで拭き足/摺り足で移動する

 オカンのキレイ好きは、ゴミ箱にまで至る。

 居間のゴミ箱にゴミを捨てると怒りだす。ゴミ箱すらキレイに保っておきたいオカンは、すぐさま、そのゴミを回収し、台所にある(オカンの中で真の)ゴミ箱へと収集していく。台所以外の家中のゴミ箱というゴミ箱は、常に、空っぽどころかキレイ––––ってか「無」。

 友だちが自転車やバイクでやってくると、オカンは迅速に行動に移る。

 雑巾を水に浸し–––– 固く固く搾り上げ––––
 徹底的に水拭きを始める––––
 次第に、夢中になる––––
 周囲の音も–––– 一般常識も遠退き––––
 深く深くゾーンに入る––––

 そうなったときのオカンはすごい。
 とにかく縦横無尽に磨き上げる––––
 言葉通り、自由自在にだ。
 こんな感じ––––

 サドルがテカンテカンになる。
 スポークもピカンピカンだ。
 タイヤを、ものすごいスピードで回し、
 それに強く押し当てられた雑巾からは
 煙が出るんじゃないかと思うほど。
 タイヤが、不気味に黒光りはじめ、
 ペダル、フレーム、のべつまくなし––––
 仕上げは、ハンドルさ。
 もう、グリップ力、グリングリンだ。

 で、一旦、それを遠巻きに眺める。
 言うまでもないが、1周、2周で、
 満足するオカンではない。

 サドル、スポーク、タイヤ、
 ペダル、ハンドル––––

 テカン、ピカン、クロビカン、
 ギンキラ、グリン––––

 テカピカクロビギングリン。
 テカピカクロビギングリン。

 ––––お気づきだろうか?
   オカンはゾーンに入ると、
   順番などお構いナシなのだ。

 こうして、自転車のタイヤとペダルにあった雑菌は、ハンドルに集約される。

 キャッキャッとお礼を言い、
 ギラギラになった自転車で、
 意気揚々と帰っていく友人たち。

 なんか、ごめんな。

 でも、僕なんて、
 毎日、それ乗ってんだから、
 多分、大丈夫なんだよ。

 小さい頃、風呂上がり。
 真っ先にチンチン拭かれてから、
 顔拭かれてたし、大丈夫だよ。

 強風の中、玄関先を掃き、埃をまとめてから、裏庭へチリトリを取りにいくオカン。

 イタリアンで親子デートしたとき、前菜からとばしまくリのパンおかわり攻撃で、メインディッシュ前のパスタで完全キャパ越えしたオカン。

 順番素人『オカン』––––

 ハンドル→タイヤ、顔→下半身、炭水化物だけじゃなく肉 or 魚も……とかやで。

【5】 2005年8月30日


 けたたましいメール受信音。送信元欄は非登録だったので悪質な勧誘メールを疑ったが––––

「ばんごうかえましたとうろくしといてくざさい」

 見覚えのある平仮名のみの文体に、アドレスを番号と表記するあたり––––タイトルを確認。

「げんきですか?」

 変更したというアドレスを見る。

 xxxxxxxxsisunagawa37192@xxxxxxx.jp

 ……アットマークより前がリアルな本籍住所まんま。

 迷惑メールに対する父なりの配慮と予想するが、もっと大きな迷惑や犯罪に及ぶ可能性が格段に高まっているぞ、父よ。

 なお––––この話は完全なるノンフィクションですが、登場するアドレスは実在しません。

(このずっと後––––立替金が重なった夏の給料日前、金の無心をしたことがあった。ちょうど、オレオレ詐欺が流行りだしていた。

「すまん。来週には返すさけ、口座に、十万円、振り込んでくれ」
「わかった(素直)」

 数分後、父から折り返し––––

「おい!(なぜか、不機嫌)」
「はい」
「お前、ほんまに○○(僕の名前)か?」
「え?」
「お前、ほんまに○○(僕の名前)か?」

 ––––いや、それやるならさっきな。僕がかけたタイミングな。今は、あなたから僕の携帯番号にかけているんだから、確実に、僕やろ。あと、息子の名前、自ら教えてもうてるやん。その後、十数分にわたり、僕にしか答えられない質問(母方の伯父の名前など)を的確に編み出し続け、最後に「まぁ、最悪、お前が息子のボクやのうて詐欺師のオレでも、十万くらいドブに放ったとおもたらええわ!」と捨て台詞を吐き、その日のうちに振り込んでくれた。父が「ドブ」に例えた「僕の口座」に……)

【6】 2005年11月8日


 父が、満69歳になった。
 お祝いの電話をしたところ––––

「お誕生日、おめでとう!」

「誰のない?
(標準語訳:誰のですか?)」

「……いや、オトンの」

「おっ、そうかえ、おおきに。で、今日は何日なぇ?
 (標準語訳:それは、どうも、ありがとう。ところで、今日は何月何日ですか?)」

(いや、だから、あなたの誕生日……)

【7】 2006年5月30日


 父から着信があり、折り返すと「インターネットやりたいんやっしょ」と来たもんだ。

「USBある?」
「フーエスビー?」

「その横のLAN」
「その横の欄?」

 文字にすると簡単だが、音声のみのやりとりで「LAN」を「欄」と勘違いしていることに気付くだけでも数十分かかった。

 結局、地元の親友が出動し、セッティングしてくれた。そっちが息子みたい……。

「アドレス教えといて」––––5分後、携帯に「本籍住所@xxxxxxx.jp」が……アドレスの概念がこんがらがる。再び、電話して「パソコンのアドレス」と言っても、ちんぷんかんぷん。

 数日後、ミクシィの日記––––コメント欄に異変が……父のパソコンスクール通いは、着実に実を結んでいる。

22「○日に、東京へ行きます
   よろしく」
僕  「はい。なぜ、この日記に?
    今度、メッセージの送り方教えます」

 オカンと共同でミクシィを始めたらしい––––「22」と書いて「夫婦」と読む。僕への紹介文も追記されている。

 関係:息子
「電車の運転士に、成らすつもりが東京に行ってしまいました
 落ち込む、今はあきらめ、よろしくお願いします」

 初めて知る事実を、なぜ、ここに……

 会社のアドレスにも父からメール––––漢字表記や改行があり、携帯電話のものより、幾分、読みやすい。

「今、○○さん、が来てくれています
 これからご馳走を食べに行ってきます
 お昼ご飯を抜いています ビールが美味しいど(※)」

 なぜ、これを会社のメールに……

 そして、事件は起こった。

 突然、こんな長いタイトルの––––

「突然申し訳ありません。○○○(僕の地元)でストリートミュージシャンをしている者ですが」

 以下本文。

「少し前に○○○駅で歌っていたところ、かわいがってもらっているバスの運転手の○○○○(僕の名前)さんのお父さまに、○○(僕が勤めているレコード会社名)で働く○○○○さんの名刺のコピーのような紙を頂きました。 僕らは、プロデビューを目指して頑張ってるので、これは大きなチャンスかもしれないと思い、大変迷惑だと思ったけれどメールを送らせていただきました」

 とりあえず、デモテープを送ってもらうとして––––それよりも、名刺のコピーのような紙って、何?––––あと、僕の名前は知っていても父の名前を知らないから「○○○○さんのお父さま」という表現に至ったんだろうな。

 後日、この日記のコメント欄––––

父「毎日駅で歌ってる気持ちのよい若い二人よく話をしますよろしく」
会社の先輩「○○○(僕の地元)にうちのスカウトマンがいたなんて知らなかった」
地元の友人「スカウトされに、駅へ行こうっと」
父「バス運転手スカウトマン忙しい、コピー1枚会社のコピー機で何枚にも増えます」(これで、やっと、僕の名刺をA4に拡大コピーして撒いていることが発覚)
僕「頼むからやめて」
父「ハイ辞めます」
僕「その漢字で書くと、本職の運転手の方を辞めて、スカウトマンに専念するみたいになるやん……」

 ちなみに、父は、最近、転校したらしく、次のパソコンスクールの名前は「やればできる」……(父に関しては)不安しかない。

 - - - - -

(※)僕の地元はザ行をダ行にして話す––––

 昔、上司に「既存の方法ではダメだと思う」と提言したら、まったく通じなかった。

「キドンって、どんな方法だよ?」
「ですから、既存(キドン)の方法です」

 江戸っ子の「額広い」が「死体白い」になるのと一緒。1引く1が「デロ」になったり、オドウニ、ダブトン、ドウリ––––肝試しで「ゾクゾクする」と言ったつもりが「ドクドクする」になって「たぎってんの?」と、祭殿列、いやもとい、最前列にされたこともあった。

【8】 2007年11月8日


 今朝、ミクシィからメールが届いた。

□■ 本日の誕生日ミクシィ:友人に今日が誕生日の方がいます。日頃の感謝をこめて、お祝いのメッセージを贈られることをおすすめします!

■名 前 : 22さん(男性)70歳

 友人じゃなく、父な。
 でも、よくやった! ミクシィ!
 完全に忘れてた。

 早速、電話––––

ムスコ「もしもし、親父、きょ」
オトン「一升瓶で2本、手に入ったど!」
ムスコ「えっ? ってか、親父、きょ」
オトン「えっ! って、こないだ頼まれちゃあったやつやいしょよ」
ムスコ「あ、あ、あの親父、きょ」
オトン「こないだ、頼まれちゃあった、シークァーサーの梅酒よ」
ムスコ「きょ」
オトン「あったよぉ、そっちで買えやんのやて。業務用にしか卸してないんやな」
ムスコ「……そう、ありがとう。でね、親」
オトン「あれ、送れるかいなぁ? 割れるんちゃう?」
ムスコ「……」

オカン「送れるよぉ、大丈夫やで、お父さん(遠め)」
ムスコ(オカンや)

オトン「そうか、大丈夫か(すでにムスコ無視、近め)!」
ムスコ「……」
オカン「そうそう、あの子に(従姉の)結婚式あるんやさけ、髪切れって言うて(遠)」
オトン「なんで?(遠……って、受話器に向かえよ)」
オカン「そら、あんな気持ちの悪い、長い……(遠)」
オトン「ほやな、分かった(遠)」
ムスコ「……(諦)」
オトン「おい、今度の結婚式よ、頭、派手にしてこいて(激近)」
ムスコ「……(なんでそうなる!?)」
オカン「何言うてんのよ(怒のため少々近)!もう、何言うてんのよ(怒のため少々近)!」
オトン「分かったかぁ? 派手によぉ(近)!」
オカン「何言うてんのよ(怒のため少々近)!」
オトン「派手にやどぉ(近)!」
オカン「何言うてんのよ(怒のため少々近)!」

オトン(近)オカン(少々近)オトン(近)オカン(少々近)オトン(近)オカン(少々近)オトン(近)オカン(少々近)––––

ムスコ「髪、もう、切ったわ」
オトン「なんなよぉ、切ったんかぇ(近&残念)。お母さん、切ったて(遠&残念)」
オカン「はぁ~、良かったわぁ(遠&安堵)」
ムスコ「でも、金髪。」
オトン「えっ! 金髪っ(激近&嬉)。お母さん、でも、キンッキンッやて(遠&歓喜)!」
オカン「えー、あかんて、あかんて(少々近&怒)!」
オトン「おもろいなぁ、お母さん。髪ら、なんでもええわいしょ、ハハハ(近)」
オカン「何言うてんのよ(怒のため少々近)!」
オトン「ハハハ(少々遠)」
オカン「何、笑うてんのよ(怒のため少々近)!」
オトン「ハハハ(少々遠)」
オカン「何、笑うてんのよ(怒のため少々近)!」

オトン(少々遠)オカン(少々近)オトン(少々遠)オカン(少々近)オトン(少々遠)オカン(少々近)––––

オトン「まぁ、なんせ送るわ、一升瓶2本(近)」
ムスコ「ありがとう、でよ、親父、きょ」

オカン「あっ、そうそう、あんた、あんた、聞こえるぅ? お父さん、今日、誕生日やで……(遠)」

……。

オカン「聞こえてるんか、ほんま、あの子。
    分かったぁ? お父さん、今日、誕生日やで!
    おめでとうって言うちゃってよぉ(遠)」

ムスコ「……おめでとう。」
オトン「おー、おー、おおきに、おおきに。
    何くれんの? っちゅーか、
    とりあえず、一升瓶送るわ、ほやよ。
    あと、髪の毛、金髪な(近)」

オカン オトン オカン オトン オカン オトン オカン オトン オカン オトン オカン オトン オカン ……

【9】 2007年11月27日


 実家に、無線欄––––失礼、無線LANが走った。父も「ムセンラン入れたんやいしょ」と得意気だ。

 帰省した際、ネットに接続しようとしたら、なんと、パスワードがかかっている! リアルなアドレス(本籍住所)をメアドにしてしまうというセキュリティ観念を持つあの父が……正直、これには、感動を禁じ得ませんでした。

 立派なことだと感心しながら、尋ねたわけです。

「無線LANのパスワード教えて?」
「知らん」
「知らんかったら、使えやんやろ?」
「おやじのは、自動的に入るようにしちゃあるもん」
「(もん? かわいいやないけ)最初に設定したやろ?」
「してない。〇〇くん(僕の親友)に、やってもうたもん」
「(もん? かわいいやないけ)って、また、勝手に友だちに……」
「だって、〇〇くん、エスイーやろ?」
(やればできる、お前……グヌヌ)
「全部、やってもろたもん」

(もんもんもんもん……)

 結局、無線LANが飛び回る中、50センチもない有線を繋いで、モデムの極近く、奇妙な姿勢で作業。

 本人さえも知らないパスワードなんていうルパン三世に出てきそうな超厳重セキュリティ環境で、父が、何をやっているかというと「株のトレーディング」だ。

父のパソコンデスク。というか、オコタね。なぜか、椅子はお風呂用のやつ……

 父は、高校を退学になり、職を転々としながら、十代後半、ついにバス会社に就職。ところがギャンブルにハマり……しかも「ホンビキ」……知る人ぞ知るいわゆる……そこで親分さんに気に入られた父は胴元になる……え!?

 今のように2種や大型といった限定がなく、免許を取ったらバスでも何でも乗れる当時––––「代走」と呼ばれる人微動がいたんだそう。

 体調不良などで急に休んだドライバーの代わりに運転をしてくれる人たち。父は、その1人を買収し、給料はほぼ横流し……一切、自分でバスへ乗らず、ギャンブルに全振り––––結果、大きな借金を拵え、祖母に助けてもらったらしい。

 心を入れ替えて、約1年ぶりに出社した際、所長さんから「おまえって、そんな顔だったっけ?」と言われてしまう(悲報)……そりゃそうだ。ずっと、別人が父として出勤してたんだから。

 そのせいか、父は、僕に、

「ギャンブルだけはやめとけ」

  と、言い続けた。

 でも、自分はネットでトレーディング……「○○(僕が勤めているレコード会社)の株、買おかな?」––––って、インサイダー取引に引っかかりそうなんで、やめ……ってか、なんか、ぜんっぜん、足洗えてないな!

【10】 2009年3月30日


 親友の結婚式があり、帰省していた。

 そんな素振りすらなかったので、まったく何も知らずにいたのだが、なんと、今日が「父の最終出社日」だった。

 無線欄事件のときもそうだったけど、僕は、自分の好き勝手で東京へ出てしまい、ちっとも親孝行できていない。

 今回も、結婚式があったから、偶然、父に直接「有り難う」と「お疲れ様」を言うことができた。両親のそばにいない。何もしてあげられない。そんなとき、僕は、いつも、友だちに救われてきた。

 父が還暦を迎えたとき、形式上定年ということで、半年ほどバスに乗らない時期があった。ちょうど、僕も、高卒で入った会社を辞めて放蕩していた。飲んだくれた父は、行き場のない想いを、毎日のように僕にぶつけた。

 71歳になった現在––––「今度は休めて嬉しい。遊べるし」と、屈託なく笑った。働き切ってこそ、勤め上げてこそ、言える台詞だと思う。苦労をかけたおばあちゃんも、きっと喜んでるはずだ。

 荒れていた父が、かつて、僕に放った言葉––––

「バス運転手のいちばん大事なもん、分かるか?」
「安全運転やろ?」
「ちがう。お客がバスから降りるとき、いかに、心、込めて、頭、下げられるかよ。多分、一期一会なんよ」

 地元のバスは、後ろから乗って、運転席横の前方ドアから降りる。

 半世紀以上、それを続けた父ですら「多分」でしかない「それ」。どうしようもない僕だけど、父の「それ」に値する自分なりの哲学に出会える日まで、ここで悪あがいてみようと、いつも、また、思う。

(入社してすぐの1年を除き)文字通り「一生」懸命に働いて、休みには川へ連れていってくれたり(泳ぎの教え方はクソだったけど)、酒を奢ってくれたり、友だちに料理を振る舞ってくれたり、いつも帰省したら駅まで送ってくれて、僕の息子とも遊んでくれて、その息子に好かれてくれて、オカンのことをめちゃんこ大事にしてくれて、お父さん、本当にありがとう。お母さんも感謝してます。

【跋】 2018年5月26日


 ミクシィの日記は、あれから十年近く更新していない。僕の息子は、訳あって(離婚して)東京ではなく、地元で暮らしている。良かったのは、毎週のように、父とオカン––––彼からすれば、じぃじとばぁばに会えることだ。

 帰省した際の車中にて––––

父「ご飯、オムライスとヨンドイッチどっちがええ?」
孫「サンドイッチ」
父「ヨンドイッチやなくて、ええか?(ニヤニヤ)」
孫「……(無視)」
父「ヨンドやのうて、サンドでええんか?(ニヤニヤ)」
孫「……(無視)」
 少し走る。
 幹線道路から2本入った辺り。
孫「まだ、雀、来る?」
父「……(無視)」
僕「何、それ?」
孫「じぃじ、雀と友達になったんよ」
僕「え?」
孫「じぃじが呼んだら、来るんよ、なぁ、じぃじ?」
父「……(無視)」
 実家へ到着。
孫「お父さん、来て。あそこに(電柱の天辺を指さして)巣があるんよ。」
僕「へぇ。ほんで、呼んだら来んの?」
孫「そう。僕も、一回、遊んだで。なぁ、じぃじ?」
父「……(無視)」
僕「へぇ、そ
突然、父「おーい! 来いよ!(大声)」
 ビクッ!?
僕「……(唖然)」
孫「……(自然)」
大声の父「おーい、来いよ! おーい、来いよ!」
僕(想像してたのと違う……)
雀「……(無視)」
父「あかん、今日は近くにおらん」
僕「そん
突然、父、再び「おーい! 来いよ!(大声)」
 ビクッ!?
僕「……(唖然)」
孫「……(自然)」
父「どっかへ行っちゃうんやな」
孫「今日は、あかん?」
父「……(無視)」
 ガラガラ(父が玄関を開ける音)。
孫「来るときは来るんやけどね」

 そんな、土曜日。
 空は、晴れ渡っている。


【 マ ガ ジ ン 】






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