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【小説】肥後の琵琶師とうさぎ

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#うさぎ

【小説】肥後の琵琶師とうさぎ14

【小説】肥後の琵琶師とうさぎ14

「私が見ていたのは夢だったのか?」
 私の質問に、毛玉はため息まじりに答える。
「いや、夢を見ていたのは娘の方だ」
 ーー娘の夢?
 私は、いまいち現実味のない現状に困惑し、毛玉と景色とを見比べるしかなかった。
「娘が望んだ夢を、お前と俺が見た。娘は、哀れな琵琶師を救いたかった」
「娘が私を?」
「そうだ。娘は、見目は娘だが、お前の母だった」
 ーー私の母……。
「職を、食事を施されただろう」
 

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【小説】肥後の琵琶師とうさぎ8

【小説】肥後の琵琶師とうさぎ8

 ーー産山の神様がお待ちかねです。早く戻ってきてください……。
 仔うさぎたちからの文を読んだトビキチは、すぐに返事を書いた。文は、雁が届けてくれる。
「頼んだぞ」
 雁が飛び立った。その姿が点になり、見えなくなったところで、後ろから琵琶の音がただよってきた。振り向くと、盲目が立っていた。
「今のは……」
 盲目の問い。撥が流れる。
 盲目の目は、点になって消えた雁を、あの手紙を見据えたように、弦

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【小説】肥後の琵琶師とうさぎ6

【小説】肥後の琵琶師とうさぎ6

 産山の神様におつかいを命じられた。
 ――琵琶の音で、生命を踊らせる者がいる。産山にふさわしい者だ。産山のカゴを渡してこい。それから、この山で琵琶を奏でさせろ……。そうすれば、悪童うさぎたちのことは許してやろう……。
 トビキチは耳を垂れ、頭を垂れ、返事をした。
 ――これでチビどもの心配はなくなる。
 ひと月前、トビキチの仔うさぎたちは、山ひとつを裸にしてしまった。仔うさぎたちは食欲旺盛。その

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【小説】肥後の琵琶師とうさぎ4

【小説】肥後の琵琶師とうさぎ4

 その娘は何もかも不器用であった。
 皿を洗えば三枚は割る。洗っている最中に一枚、水切りへ移す際に一枚、乾いたものを棚に戻す際に一枚。洗濯を任せれば余計に汚す。洗剤が少ない、洗濯物を落とす、乾いたものを風に飛ばされる。本人はいたって真面目で手抜きなどもしたことがないが、とにかく上手くできない。赤子をあやすのだけは上手かったが。
 そんな娘との出会いは公民館だった。
 ーー先生、うちの娘に琵琶を教え

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【小説】肥後の琵琶師とうさぎ3

【小説】肥後の琵琶師とうさぎ3

 めくらまし、めくらまし、めくらまし。
 目眩まし、目蔵まし、目暗まし。
 私の目は、どこだ。

 幼い子らの遊び歌が響く。

 めくらまし、めくらまし……。
 目、うらやまし……。

 幼い子どもらが歌い、跳ねる。

 目が覚めた。ホウホウと鳴く鳩の声で。この鳥は意外と朝にうるさい。
 昨日、うさぎと琵琶で会話したのが夢だったように頭がぼんやりしている。ぼんやりしているが、懐が温く、毛玉の重みが

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【小説】肥後の琵琶師とうさぎ2

【小説】肥後の琵琶師とうさぎ2

 雨音が続いていた。ときおり、ひやりとしたすき間風が頬を横切る。
 カエルも鳴かぬ豪雨か。ボロ屋の戸が軋む音が悲鳴のようだ。
 私の前にはおそらく毛玉がいる。おそらくというのは、毛玉が静かで、気配もジンガイだから、なかなかはっきりとその輪郭がつかめないのだ。
「おい毛玉、そこにいるか」
 毛玉の所在を明らかにするための質問をしたところ、舌打ちのような返事が返ってきた。
「殿様気取りか、ジジイ」
 

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【小説】肥後の琵琶師とうさぎ1

【小説】肥後の琵琶師とうさぎ1

 琵琶の響き、うさぎの跳躍。あの娘は何処、私は盲目。淡くぬくいこの毛玉が、私の視界を翻訳する。私は琵琶を弾く、語る、唄う。毛玉は、踊る、踊る、踊る。

 肌を刺すような冷え込みの卯月、私は毛玉を拾った。
 琵琶を弾いた帰路、私の杖の先にぶすりと刺さったそれは、道の真ん中に倒れていたのだろう。私の視界は真っ白だったり、真っ暗だったりして、道の小石にも気がつけない。人の感じとれる類いのものでもなく、お

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