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迷走『罪と罰』 不滅の名作に挑んだ45日間の記録
去年、コロナで外出がままならなくなり始めた頃、
ドストエフスキーの「罪と罰」を読んだ。
だいぶ前、何かのついでに上下巻を買い求めたものの、
ボリュームに見合った時間がとれなかったために、
そのままずるずると、紀伊国屋の袋の中に入れたままだった。
[急激な価値転換が行われる中での青年層の思想の混迷を予言し、
強烈な人間回復への願望を訴えたヒューマニズムの書として、
不滅の価値に輝く作品である。(下巻裏表紙より)
不滅の価値に輝く作品を読みもせず、
いつまでも眠らせたままでいるわけにはいかない。
工藤精一郎訳
罪と罰
上下巻各580ページである。
毎日100ページを読めば、約二週間で上下1160ページを読破出来る!
場合によっては1、5倍速にスピードアップすれば・・・
などと考えつつ、
上巻を読み始めた。
しかし!
20ページも読まないうちに、躓いた。
登場人物の名前が分かりづらい。
長い。
具体的に言えば、
主人公の名前は ロジオン・ロマーノヴィチ・ラスコーリニコフ
これが、 ロージャ
ラスコーリニコフ
ロジオン・ロマーノヴィチと変化する。
違う場面でならまだしも、同じ場面でも一人の人物がいろんな名前で登場する。
例えば
主人公ラスコーリニコフに宛てた、彼の母親からの手紙(20ページにもわたる、恐ろしく長い手紙だ)。
この中で母親は、息子ラスコーリニコフに「ロージャ」と呼びかけたり「ロジオン・ロマーノヴィチ」と呼びかけたりするし、彼の妹を「ドーニャ」と呼んだり「ドーネチカ」と呼んだりする。
1,5倍速どころか、人名が出てくるたびにつまずき、
訳が分からなくなる。
混乱の中、よたよたと読み進めていくうち、
まずはロシア人の人名構成を知らねばならない、と思った。
調べると、ロシアの人名は
苗字+名前+父称という形になっていて、
基本的に3通りある、
同じ場面で一人の人物を3通り、あるいは愛称を含めれば4通りの名で
呼ぶこともある、
ということが分かった。
自らの無知を恥じながらも、
せめて書籍の表紙裏にでも、人名の一覧とその呼称の変化を
記載してくれれば…・と恨みがましく思ったりした。
物語が進むうち、登場人物は一人、また一人と増えてくる。
私は人物の名前と、名称変化の一覧を書いたメモを手元に置き、
通常の1.5倍くらいの時間をかけて上巻を読み終えた。
読み始めから2週間以上の時間が経過していた。
この、訳の分からない混沌の中、それでも上巻を読破できたのは、
この物語が持つ力なのだろう。
しかし、
これから先、下巻580ページを読む気力が沸いてこない。
ページの端から端まで埋め尽くす圧倒的な文字数、
相変わらず長く、読みづらい人名。
どうする?
少し時間をおいてから再開、と決めたところで、
「新釈 罪と罰」という書籍の存在に気づいた。
![画像1](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/66602824/picture_pc_b6bed20537a12bd9c05ca224222c40b1.jpg?width=800)
三田誠広著『新釈罪と罰』
『罪と罰』を、視点を変えて描いたフィクションだ。
読むことにする。
原作では脇役だった人物(警察の事務官)の視点で、物語が展開していく。
推理小説のような趣もあり、
人名は適当な長さに切り揃えられ、立ち止まることなく読める。
430ページを、約10日で読み終えた。
そして、
改めてドストエフスキー作『罪と罰』下巻を手に取り、読み始めた。
驚いた。
あれほど引っかかっていた人名が、なんだかすらすらと読めるではないか。
新たな登場人物の、おそろしく長い名前も、やや抵抗はあるものの、
なんとか止まらずに読める。
それどころか、その長さに親しみさえ覚えてしまうことに、
思わず苦笑した。
『新釈罪と罰』が『罪と罰』に化学反応を起こし、
まるで生まれ変わったようにさえ感じられる。
一気に最終章までやってきた。
ここで再び、読むスピードは落ちるのだが、
それは、私が物語に深く入り込み、ところどころは繰り返し読む、
それゆえのスピード・ダウンだった。
慣れない人名、延々と続く酔っぱらいの長台詞、ひどく長い手紙
あらゆる困難は、この最終章を迎えるための試練だったのか?
やがて物語がエピローグを迎え、場面が極寒のシベリアへ移る頃、
私は、深い感動に包まれていた。
そして、長いトンネルの出口が見えてくる。
581ページ目、
余韻を残しつつ物語は終わりを告げる。
私の『罪と罰』は終わった。
数えれば、初めて上巻を手にした日から、45日が経過していた。