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人の不幸は蜜の味だけれど、タバコはわたしの痛みに格別の甘味をくれた

タバコ。

その嗜好品はわたしの闇期を支えてくれた。


仕事で疲れ果て心がバキバキになり休職しはじめた頃、友達が日光浴がいいよと教えてくれた。

その助言に従い、晴れた日にベランダで外を眺めるということをやってみた。

それがなかなか良くて。

家の中で横になり、蛍光灯を眺めて焦燥感を募らせるより何か得られるものがある気がした。

心地よいというより皮膚を刺すような日差しが、何もかも焼き殺してくれるんじゃないかと期待した。

そして、100円ショップでベランダ用の簡易的なイスを買った。

わたしのベランダ日光浴は少し本格化した。

日光浴と空を見るということに希望を見出していた。

わたしはベランダという居場所を見つけたのだ。

サンダルを履いて外に出るというだけで、わずかな達成感もあった。

そしてベランダ日光浴に馴れてきた頃、憂鬱と暇を感じるようになった。

体内で幸せホルモンのセロトニンがたくさん生成され始めたのかもしれない。

少し快方に向かっているのではないか。

友達に感謝した。

だがそこで、そうだタバコを吸ってみよう、と思った。

わたしとタバコの出会い

わたしは単独の好奇心によってタバコを吸い始めた。

でも、会社で唯一心を許せる同期が吸っていたというのは一因かもしれない。

憂鬱な日々で新しいことなんか始める気力もなかったのに、タバコを買って吸ってみるという目標。

そこに希望というか、久しぶりの些細なワクワクを感じた。

一応、新らしいことに挑戦したという何かしらの前向きを感じられた。

わたしは人生初のタバコを買いに行き、ピアニッシモの1mmを注文した。

学生時代、コンビニでバイトをしていたので銘柄はなんとなくわかった。

おそるおそる一口吸ってみた。

「あぁ、こんなもんか」

というのが率直な感想。これが良いのか?とも思った。

キシリトールガムみたいな味がするだけで拍子抜けした。

とりあえず、買ったし勿体無いので全部吸ってみた。

全部吸い終わっても、なんか自分が想像していたタバコと違う、と思った。

わたしはそのままコンビニに行き、キャスター5mmを購入した。

コンビニ時代に、体感1番売れていたタバコだからという理由で。

早速、包みを開けてみるとハッキリとしたバニラの香りがした。

「なんか、おいしそう!」

先ほどのピアニッシモで頓挫しつつあったが、盛り返してきたぞ。

吸ってみた。

ん〜ん・・・ん

さっきより悪くはないけど。

想像していたよりも、もっと柔らかくほのかにバニラの風味がする。

1本吸い終わった。

もしかしたら、わたしにはタバコが必要でないのかもしれない。

とりあえず、全部吸ってみた。

すると、慣れてきたのか、うまく吸えるようになった。

タバコを二箱吸ったところで、成長が見られたようだ。

タバコがうまく吸えたことで、自己否定でいっぱいのわたしにできるようになったことが1つだけ増えた。

そこからなんやかんや色々な銘柄のタバコを吸ってみるうちに、甘めのタバコが好きだということに気づいた。

好きでもないガムみたいな味からはじまったタバコがおいしく感じられるようになっていた。

喫煙をしているときは、それだけに集中できる。

考え事もするけど、それは煙となってどこか遠くへ行ってくれるような気もした。

コーヒー牛乳と一緒に嗜めばもう完全優勝だ。

タバコうめぇ〜

気がつけばタバコが大好きになっていた。

ベストパートナーがいる生活

長い休養期間を経て、わたしは職場復帰することになった。

週5のリワークプログラムと受診を繰り返し、気分の安定を心がけた日々を過ごしているうちに体調も良くなっていった。

自身の病と向き合い、今後どのように再発させないように仕事をしていくか、リワークを通して同じ悩みを抱える仲間やカウンセラーと共に模索してきた。

主治医からも復職の許可が降りた。

死ぬほど行きたくないという気持ちと、行けばなんとかなるという気持ちで後者がやや優勢だった。

適当な気持ちで出社するくらいのマインドでよかったと今になれば思うのだが、久しぶりの会社は不安だった。

休職中に新社屋が完成したため、入社済みなのに初めて会社に入るみたいな状況でもあった。

新しい会社には隣に公共の広い喫煙所があった。

わたしはソロ喫煙エンジョイ勢なので広い喫煙所は助かる。

自分だけで考えたり、ぼーっとしている時間が好きなのだ。

知り合いと鉢合わせることなく嗜好品をむさぼれる。

だから、ながらタバコは好きじゃない。

復職時には部署異動があったので、喫煙と共にリハビリ勤務をなんとか乗り過ごそうとわたしは意気込んだ。

以前の業務で苦手だったエクセルも独学でなんとかやり遂げた。

今までやり方がよくわかってなかっただけで、ルールがわかればできるもんだなとかエラソーに抜かしそうになった。

そのくらい必死で食らいついていた。

フルタイム勤務まで戻れるようになった。

順調なように思えた。

最悪で最高の夜が訪れた

月日は経ち、自分の部署が主催する社内での立食パーティーのようなものがあった。他支店の研修があった後だったため、パーティーには津々浦々のメンバーもいた。

これは業務なので自分なりにそそくさと動き、それっぽい雑談に勤しみ、それを終えたら帰るつもりだった。

会社の飲み会はもう御免という気持ちがあった。

だから、復職後は隣の部署と合同で行う宴会を全て不参加にしていた。

仕事をした後に、大勢で飲食をする気力がなかったのだ。

主治医にも1日淡々と過ごせるだけで充分だと助言してもらっていた。

だから、ノリも空気も読めない人と思われてもいいやと思い、全部断っていた。

でもその日は、強引に二次会に誘われることになった。

本当に行きたくなかったけど、新入社員時代のOJTの先輩がいなかったので、まぁいっかという気持ちの緩みがあったのかもしれない。

また、同じ会社だけど電話とメールでしかやり取りをしたことのない人と話してみたいという気持ちがあった。
もちろん、そういう人達の仕事は心がこもっていて丁寧だ。

なーんていう理由で、今日はあんまり疲れてないし、奢りだしな。くらいの気持ちで行ってしまった。

連れて行かれたのは居酒屋風バルのようなお店で、部長は既にメニューからは撤廃されたというガーリックトーストを注文していた。

余談だが、太客になれるような店でもないのに、大衆店のバルでこういう常連感を出すヤツは大概小物だ。

社内パーティーが業務内だとしたら、この二次会は一次会に相当する。

適当に相槌打ってサクッと帰ろうと思ってた。

でも、そういう気持ちとは裏腹に、普段社内では会えない同じ会社の人としゃべってみたいとも思っていた。

なので、既に知っている人を避けた席を陣取って座った。

先手必勝!これで今夜は楽しめるかもしれないと自分の戦略にイイネを押した。

自分の位置取りに満足していたのも束の間、
目の前に、元上司である課長が意気揚々と鎮座した。

はにゃ?

「最近、たるんでるよね」

はにゃ?

そこからは怒涛の勢いで説教がはじまった。

その内容は現在の勤務態度から、休職したことに対する嫌味みたいなものから、容姿に及ぶことまで。

ゾッとするほどの笑顔で、罵詈雑言はパイ投げのように無遠慮に何度も投げられた。止まることを知らない。しかも投手はシラフである。そして、現在の上司ではない。

あぁ、この人は私にこれを言い放つためにわざわざ足を運んでこの席を選んだのか〜〜〜人事部から病んだ若手が出たらさぞ上司はおもしろくねぇよな〜〜

なんて今では振り返られるが

真正面からパイ投げされたにも関わらず、背中から刺されたような感覚がした。

それは、今まで自分自身と主治医の精神科医、臨床心理士、カウンセラー、家族、友達、知人、同僚と一緒に治療をしてきた軌跡を打ち砕く言動であったからだ。
これから淡々と仕事を続けていくという希望を踏みにじった。

わたしは激怒した。

激怒したかった。本当は、その場で。でも、できなかった。

復職後、必死に自分なりのやり方やペースを探って、仕事に取り組んできた。

迅速な事務処理で、従業員から「妻が感激しています」とメールをもらったこともあった。

主治医の先生に、良い調子ですと言ってもらえていた。

与えられた仕事を一生懸命やってきた。

だからこそ、こんなこと言われる筋合いはねぇと言い切れた。

だけど、なんだテメェ!!と啖呵を切ることはできなかった。
勢いまかせに「このハゲー!!!」と言っても国民がバンザイして許してくれるくらい酷いことを言われたけど。

復職後、仕事量は減らしてもらっていたのでそのときは言えなかった。

目に見える大袈裟な頑張ってるアピールが足りなかったか?
わたしは一介の会社員でしかないことを痛感した。

業務内容や部下の負荷量を把握して調整できないお前にも責任があるのに。単語でしか業務を割り振れねぇくせに。他のみんなも辛く思ってるのに。と、言い返せることはいくらでも出てきた。

しかし、わたしはそこで謎の守備を発揮し、その場では受け流す人間をなんとか取り繕うことができた。

しかし、二次会を解散した後ひとりになると、涙が一気に溢れてきた。

悔しい。ムカつく。本当に嫌な奴。

最寄駅まで帰ってきて、さらに涙が出た。地元に着いてほんの少しホッとしたからか。

すかさず駅の喫煙所に駆け込んだ。

やっと、わたしはセブンスターに火をつけた。

いつも通り、火がついた。

いつも通り、ひと口、吸って

吐いた。


あぁ、うめぇな。


いつも通り、またひと口、吸って

吐いた。


あぁ、こんなにうまかったっけ、これ。


こんなには心はグチャグチャなのに、君は過去1うめぇよ。

あっという間に1本吸い終わってしまい2本目、3本目と吸い切った。

とても甘くて、とてもかぐわしかった。

どうして?

めちゃくちゃ泣いて怒り狂っているから五感が研ぎ澄まされている?

単純にちょっとアルコール入っているからまさかの酔った?

理由はわからないまま、わたしの強い悲しみと怒りにはガツンとした旨味が加えられた。

タバコによって。

突然の苦痛に押し潰されないように、空気を読んで旨さマシマシにしてくれたのかな?

痛いけど、すごく甘い。 なにこれ人生?

少しだけ救われた。

1年後、退職した。

それでも、あの日のタバコの味は忘れられない。



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